第52話 強奪の条件

 マルコの能力は奪われている、と考えていた方がいいわね……。

 彼の銀世界とその効果の『機能停止』に着目しがちだけど、基本的な能力は『氷結』だ……、陰に隠れているけど、こっちもこっちで脅威であることに変わりはない。


 銀世界はあくまでも進化先の能力。

 根本は氷の能力だ。


 しかし、マルコの能力だけを警戒していればいいという話でもないのよね……相手はあの強奪よ、複数の能力を持っている――。いつどこで、どのタイミングでどの能力を使うのか……、能力の数だけパターンがある。早いところそれを見極めないと、いつまで経っても初見の相手と戦っている感覚は抜けてくれない。


「距離を取るのは、あいつの銀世界を警戒しているからか?」


 銀世界は周囲一帯を凍らせることで、そのエリア内にいる人物を対象に、効力を発揮させる能力……、ヨートもあたしも体験しているから、その脅威も痛感している。

 と同時に、どこまでが射程範囲なのかも大体分かる。……マルコがあの時に手加減をしていなかったら、だけどね――、

 本当はもっと範囲を広げられるのであれば、あたしの警戒はこれでは足りないことになる。


 だけど離れ過ぎるのも自分の首を絞めるだけ……、相手がマルコならこれで対策になるのだろうけどね、複数の能力を持つ『強奪』相手となると、話は変わってくる。近距離攻撃を警戒して離れたら、今度は遠距離攻撃が猛威を振るうとなれば、意味がない。


 両方に適応できる対策があればいいけど、そんな旨い話はないわけで……、

 だから中間距離を保つので精一杯だった。


「中途半端になるなら、どっちかに振り切っちまった方がいいと思うけどな」

「別に、迷っているわけじゃない」


 中途半端は迷いの証拠。だけど中途半端な位置にいることこそが覚悟の上であれば。

 この位置こそが今のあたしにとっては最適解なのよ。


 目的はあんたの対処じゃない。あたしが単純に、この位置なら狙いやすいからってだけ。

 近過ぎても遠過ぎても上手くいかないものなのよ。反動が大きい拳銃を扱うようなものなのかしら。いや、撃ったことも、そもそも握ったことすらないけどね。

 ただ絶空は、扱うには繊細なテクニックが必要なの。近過ぎれば、やり過ぎる。遠過ぎれば当たらない。じゃあどこがいいかと言えば――『ここ』が良い。


「真っ二つにするつもりはない。

 腕の一本、斬り落とせればそれで戦意喪失するでしょ?」


 しないなら足の一本でもいいけど。

 これまでわざとじゃないけど、何度か斬り落としてきたのよ、最初の時よりはあたしも抵抗がなくなってきたのかもしれないわね……もちろん、褒められたことじゃないわよ?

 それでもやらなきゃやられる状況なら、遠慮なんてしていられない。


「はぁッッ!」


 あたしは小太刀サイズの木刀を振り、絶空を飛ばす。横一線の粒子状の刃が、『強奪者』へ向かっていく。彼は一拍遅れて、地面を隆起させる。

 突起した岩に絶空が当たり、問答無用で岩が真っ二つに斬れ――、絶空がそこで消滅する。


 絶対的な一撃。だが対象物は一つに限られる。そこが絶空の強みであり、弱点でもある。


 刃と体の間に異物が挟まれば、それで防御されてしまうのだから――。


 だけど、だからと言って簡単に防げるわけじゃない。刃は実際、見えにくいものだもの。針の穴に糸を通すような繊細な防御の仕方をずっと続けられる人は少ないはず……、いつか、集中力が切れるはず。そのタイミングを待っていればいい――。


 絶空に残弾数はないのだから。

 それに、


「能力は一人に一つが、やっぱり身の丈に合うのかしらね」


 多ければ良いってものじゃない。だって彼――迷ったでしょ?


「どういう意味だ?」


「もしも能力が一つであれば、避け方は絞られてくるはず。だけどあんたはこれまで奪った能力でどう回避できるのか、頭の中でぐるっと一通り回ったはずよ。数十通り、いや、百通りかしら? 防げないと分かっている方がまだ負担は少ないわよね。でも、なまじ回避できてしまう能力ばかりだから、その中でどれが最適解か探してしまう――。

 だからこそ、一拍遅れたんでしょ? 

 タイミングによっては致命的な隙にも繋がる一拍ね――」


 どう頭の中で管理しているのか知らないけど、たとえばアルバムみたいに(男の子ならカードファイル?)能力を保管し、ぱらぱらとめくって探すのであれば、多ければ多いほど、めくるページ数は増えていく。

 探す時間も同様にね――、一つの能力ならポケットに忍ばせておくだけですぐに取り出せるけど、複数となると手間は増える。


 多ければ考えることも多くなる。

 利点も弱点も。戦況によって変わるのだから。


『強奪者』――確かに中途半端に扱うと、自分の首を絞めるだけになるわね。


「ほら、隙」


 能力を切り替えるそのインターバルを狙えば、絶空を当てることは難しくないわ。


 ザンッッ! という音と共に、腕の一本が宙を舞う。

 真上、高く上がった腕が、ぼとり、と地面に落ち……、


 だけど、手応えはあったけど、違和感が残っている……。

 人間の腕にしては、軽い、んじゃないの……?


「まあ、作りものだからな」


 肩から先がなにもなくなったにもかかわらず、血が出ないのはそもそもで彼の腕ではなかったから――、なによ、粘土で作って貼りつけていたとでも?

 でも、そういうことなのだろう。

 さっきまで見えていなかった彼の本物の腕が、肩から先へ伸びている。


「それでも能力の効果で俺の体の一部として認識されている――、

 つまりは、今ので俺はてめえの絶空を、『受けた』わけだ」


「…………?」

「気にするな、こっちの話だ。だがまあ、一歩……近づいたとは思っておけよ」


 それから、彼はマルコの能力を使い、氷の剣を作り出す――そして。


 ゆっくりと、横一文字を描いた……え?


 ――まさか!?


 あたしは咄嗟に屈んで避ける。


 見えないけど感じるその粒子状の刃が、通り過ぎていく――、後ろの建物が斬れた……横一文字だから崩壊こそしなかったが、それも時間の問題だろう。

 強風で徐々にずれていくはずなのだから……そんなことよりも、だ。


 あれ、絶空に間違いない……。

 奪われた、わけじゃない……真似された……っ。


 強奪じゃない、写し取る能力!?


「目には目を、歯には歯を――絶空には絶空を、か?」


 飛ぶ刃は相殺される。

 だが一ミリでもずれれば、互いの刃は相手を斬るために飛んでいく――。

 まさか、絶空と顔を合わせることになるなんてね……。


「てめえの脅威だ。てめえが一番、知ってるだろ」


 頼りにしていたからこそ、それが敵に回った時の恐ろしさも、痛いほどに分かる。

 その分、されて嫌なことも分かるけど、でも――、


 そんな些事を切り裂いて進むからこその、絶空なのだ。


「良かったな、『能力ガチャ』が当たってよ」


「当たりかどうかなんて知らないわよ。あたしは他の能力を使ったことがないもの。最低でも二種類を持ってみなくちゃ、どっちが当たりではずれかなんて分からない。

 あんたみたいに、多くの能力を持ったわけじゃないんだからね――」


 大多数は一種類だけだ。これが基準になるわけで――、これ以下か以上かで、当たりとはずれが決まる。今のところ、当たりもはずれもなく、多数が『そうだろう』と決めつけたイメージでなんとなく、『悪印象』寄りになっている能力をはずれと仮定しているだけ。

 実際にその能力がはずれかどうかなんて、使ってみないと分からないのだから。


 まあ、たとえはずれだと仮定された能力でも、それを当たりにできるかどうかは人の力量次第である。弘法筆を選ばず――、どんな能力であれ、どちらかと言えばガチャであると言いたいのは能力側だと思うわ。はずれ能力だと言う人間こそ、はずれの能力者であり、あたしは絶対に、そんな人間にはなりたくないし、思われたくないわ――。


 だから、絶空は、あたしの方が上手く扱える!


「意気込むのはいいけどよお、俺とお前じゃあ、アドバンテージが違うだろ」

「……へえ」


「おいおい、忘れたのか? 俺は『強奪者』だぜ? 

 絶空にプラス、俺は数多の能力を使えるってわけだが――」


「……あ」


「絶空と併用される別の能力。

 絶空『単一』のてめえと俺で、勝負がつかない、なんてわけねえだろ」


 勝負はあっさりと決着を迎えるだろう――だって、


「ッ、足、にっ」


 地面から飛び出してきた太い根が、あたしの足に絡みついてきて……ッ。

 あたしは身動きが取れなかった。その瞬間に、


 はら、と視線の先で散る髪の毛があった――あたしの、髪の毛……。

 巻いていたバンダナが、はらりと落ちる。


 絶空が、あたしの首ではなく、髪を斬った――。

 それを意図的におこなったのは当然、強奪者である……。


「殺さねえように当てるにはこれが最適解だ。そして、これで条件は達成した。

 ――。さてどうする? 絶空を失ったこの場で、てめえは立ち向かってくるのかよ――身の程知らずは、嫌いじゃねえぜ?」


 分かる、分かってしまう。

 体が軽くなった、と感じるほど、絶空は重たかったのだろう。


 それがない――絶空が、あたしの手元から、なくなっている……。

 奪われた……、強奪者の、意のままに!!


「てめえには生きててもらわねえと困るからな――じゃねえと奪った絶空が消えちまう。だからさせてもらうぜ、記憶改竄……、拒んでもいいが、今のてめえになにができるだろうな?」


 彼の指先が、迫ってくる。

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