第51話 未来予想図

 ぺっ、と赤黒い唾を吐く。五堂マコトは腰を下ろし、疲れを癒す。


「炎の能力じゃ簡単には溶けねえ銀世界か……厄介だが、もうこれが敵に回らないことを考えれば、厄介さがそのまま俺の優位点になるな」


 凍った指をとんとんと叩く。ぴし、と亀裂が入り、氷が割れた。

 指の形をしていた氷が砕け、足下に落ちていく。


「条件を見破られそうになったが、まあ一撃を受けちまえばこっちのもんだからな――」


 敵として対面した以上、まず相手は敵を攻撃することを意識する。

 傷つけることを優先に考えるのだ……、説得するよりも武器を用いて相手を屈服させる方が、相手の承諾を得やすい……、変化した世界は、そっちの方が手っ取り早いという結果を大衆に見せつけてしまっている。人々の意識も変化していっているのだ。


 歪んだ、とも言えるが。


「こんな世界で、敵を傷つけないやつなんかいねえだろ――って、聞いちゃいねえか」


 マコトが立ち上がる。

 彼が椅子にして座っていたのは、倒れたマルコだった……。


「安心しろ、強奪による気絶は脱落対象外だ。起きた時、お前は変わらず十位のままだぜ――まあお前の『銀世界』は、俺のものになっちまったがな」


 マルコの手に、もう銀世界はない。

 いや、銀世界のみならず、能力である『絶対零度システム・ダウン』そのものが奪われてしまっているのだ……五堂マコトの『強奪―ゴウダツ―』によって。


「さて、そろそろ町を離れるか……ちょろちょろとネズミが俺を探ってるみたいだしよ――」


 その時、マコトは近づく足音があることに気づいた。五感を強化する他人の能力、そして相手の情報の詳細を引き出せる他人の能力で、近づく正体を見破る。


「八位……七夕ソラか……」


 曲がり角を曲がり、顔を出した少女――七夕ソラ。

 マコトは能力の精度を賞賛し、口笛を吹く。攻撃能力と違い、奪い方に少し手間がかかるが、苦労して奪っておいて正解だったと、手の平の能力を見つめる。


「絶空がわざわざやってくるとはな。

 もしかしてこいつ、意図しないお前の餌になったわけか?」


「あんた……」


 倒れたマルコを見つめるソラ……、どんな感情を持った表情なのか分からない。睨んでいるような、嫌悪感で苦虫を噛み潰したような……、少なくとも仲間に向ける表情ではない。

 向けるとしたらマコトのはずだが、彼女がマコトを認識したのはしばらくしてからだ。


「あんた、能力強奪事件の犯人?」

「もうほとんど確信してるだろ、俺が違うと言って信じるのか?」

「信じないわね。あんたが犯人だって、決めつけてる」

「間違っていたら?」

「ごめんって言えばいいでしょ」


 実際、それで済むわけではないが……、ソラの場合、絶空で襲いかかり、腕の一、二本をぶった斬った後で、ごめんの一言では、とてもではないが終わらせられないものだ。


「疑われる方も悪いと思うけど」

「いじめられる方にも理由があるってことか?」

「ないと思う?」


 強者が弱者を狙うのは、弱者がそこにいるからで――、

 そこにいる誰かが弱者であると判断したのは、理由があるからだ。


 その理由を与えてしまったのは、弱者が自身の弱さの管理を怠っていたからでもある。

 自身を強く見せるように努力をしていれば、別の弱者が目についていたはずなのだ。


 まあ、世界に二人だけの状態で、片方が強者であれば問答無用で襲われる可能性は多大にあるが……、たとえフェイクでも、自身を強く見せる努力はやはりするべきだった――。


「俺は清廉潔白を演出するべきだったと?」


「そうね。記憶改竄をしているみたいだけど……、倒れた相手にしかあんたは手をつけない。

 だからこそ、こうして対面した敵に、なにもできなくなるのよ」


「戦うしかないってことか」

「能力者が出会えば、することは決まっているでしょ」


 マコトの口が歪む。——ほぉら、やっぱり、と動いた。


「これまで奪ってきた能力、全てをこの絶空で斬り裂いてあげる」

「自信があるんだな、その能力に」


 背中を預けている、とも言える。

 そして、能力という一本槍に頼り切っている能力者は、やはり扱いやすい。

 それさえ奪えば、柱を失った能力者は、いとも簡単に瓦解するのだ。


 マコトが最も厄介だと思うのは、能力の強さじゃない――、能力がなくなったとしても、地を這い、どんな汚い手でも使って挑みかかってくる、害虫のようなしぶとさとしつこさである。


 嫌な部分がよく分かる。

 だって自分も、元はそっち側だったから――。


「次の標的はてめえだ、絶空」


 そして、強奪が、絶空に指をかける。


 ―― ――


 ソラに保護されたナン子は、その後、ビジネスホテルに連れていかれた。ここから出ないように、と釘を刺されたが、ソラは外出している……、

 ナン子を止める人間は、この場にはいないのだ。


 ――ソラも、マルコを助けにいったんだよな……。


 彼女は買い物にいってくると言って出かけたが、それを素直に信じるナン子ではなかった。脱落した元能力者……しかも十位圏内だったとしても――徹底して蚊帳の外に置かれるのは許せなかった。なにもできないかもしれない、足手まといになるかもしれない……、だけど、ただ帰りを待っているなんてこと、ナン子にはできなかったのだ。


(近くにスカイツリーがあって良かった……これで望遠鏡で二人を探せる……っ)


 一人で高くまで上がるのは少し怖かったが、自警団の団員らしき女性に案内されたことで、いくらか恐怖は和らいだ。

『絶対防御装甲』の能力がある前提で考えてしまう癖を抜くと、今度は無防備過ぎてなにをするにも一瞬、躊躇ってしまう。鎧がないことに、まだナン子は慣れていなかった。


 いつ、真下の透明なガラスが割れるか怖かったが、早く望遠鏡を覗いてしまうことで、視界を狭めることに成功する……、足下を見なければ怖くなんかない。


「……え、」


 周囲を探して見つけた見知った顔……義兄のマルコだ……。

 そんな彼がまさに今、敵である五堂マコトに、敗北する瞬間だった……。


「う、そ……うそだっっ!!」


 信じたくなかった。だけど望遠鏡の先が作られた偽物の映像でない限り、見えているのは現実である……。マルコが、負けた……? どうしてっ!?


「敵は、十位、圏内……?」


 ――だったとすれば。マルコだって無敵じゃない、同格、もしくは格上と戦えば当然、その勝率は完全ではなくなる。そもそも誰を相手にしたって、絶対に勝てる勝負などないのだから。


 ナン子はもう一度、望遠鏡を覗く。マルコの元へ向かうソラの背中が見え……だけどここで安心はできなかった。マルコの次に、もしもソラまで敗北すれば……、

 だがソラは八位だ、それに絶空という攻撃特化の能力がある――それでも、絶対ではない。


 ソラが負ける未来だって、ないわけではないのだ。


 ――どうする……うちに、なにができる!?


 ナン子があの場に駆け付けてできることなどなにもない。

 ソラの手助けをしたい、まだ負けたと決まったわけじゃないマルコを助けたい――でも、能力を持たない今のナン子がその場にいても、邪魔になるだけだ――二人の重荷にはなりたくない。


 ――うちは、今はもう、ただの一般人……っ、

 ――なんの力も持たない一般人は、こういう時に、まずなにをする!?


 危機に直面した時――危機に直面した人を見た時、さて外野はなにをするだろう。

 通報か? 大きな声を出すか? 恐らくそうだ。

 つまり――助けを求めることだ。


 ナン子にとって、今、一番に助けを求めるべき相手とは――、

 思いつく名前は、一人しかいなかった。


「……ヨート」


 一道ヨート……、あのお人好しは、今どこにいる?


 ナン子は望遠鏡を覗き、彼の背中を見つけ出す。

 すると、彼も彼で、危機に直面していたようだ。


 彼の周囲では、似たような少女が箱から溢れるように数を増やしていて……。

 だからこそ、すぐに見つけることができた。トラブルこそ、見つけやすい目印である。


「ヨートなら……きっと」


 ソラじゃない。

 ナン子は、十位圏内でもなく、強い能力を持っているわけでもないヨートを、頼った。


「ヨートなら、なんとかしてくれるッ!!」

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