第50話 強奪vs絶対零度

 被害者への聞き込みをしている内に、能力強奪事件の犯人は、記憶改竄の能力を持っていることが分かった。数人に聞いて、全ての情報が食い違っているとなると、聞き込みに意味があるとは思えなかった……それでも一致する部分があるかもしれないけど、それを信用するのもどうかと思うわね。信用した誤情報に足をすくわれる可能性は高いのだから。


「助かりました――ありがとうございます」


 若い女性の被害者と別れを告げる。「絶対に捕まえてください!」と言われたけど、あたしはそれに「うん」とは頷けなかった。守れるか分からない約束はしない主義なの。たとえ嘘でも、答えるだけで相手が安心するのだとしても、あたしはそんな中途半端なことはしない。

 言ったなら死んでも守るし、確証がないなら約束はしない――そういうルール。


「ヨートは確証もなく約束をするんだろうけどね……」


 彼の場合は確証がないと分かっても、その確証を『作る』のだ。先んじて約束をしているだけで、彼が口だけの男ってわけじゃない。……カラクリが分かっていても真似はできないものね……、あたしは不安で、そんな危ない橋、渡りたくもないわ。

 その先になにかがあるとしても。


「…………」


 はあ。

 こうしてひとけがない場所へわざわざきてあげたのに、顔も見せないの?

 分かっているわよ、あたしを見ていることくらい。


「攻撃するならもっと前から攻撃していたはずでしょ? それがないなら、そっちの敵意がないことくらいあたしでも分かるわ……目的はなに? 喧嘩じゃないんでしょ?」


「君の場合、姿を見せた途端にその八位の能力が飛んできてもおかしくないからね……、警戒はするでしょ……当然ね」


「十位、になったんだっけ……? 大切な子を蹴落としてまで」


「いいや、引き取ったんだよ……ナンちゃんを危険から遠ざけるためにね」


 城島マルコ……彼が、姿を見せた。

 あたしが斬り落とした腕は、義手で誤魔化しているようね……、まあ、見た目じゃ分からない――でも、まったく動かないのは、やっぱり不自然に見えるわね。

 謝らないわよ?

 襲ってきたのは、あんたの方でしょう?


 ここは直線の道だ。絶空を放てば勝負がつく、あたしが有利になるステージ。でも、能力のタネがばれている中で、このステージで姿を見せたということは、彼も対策はしているはずよね……、そもそも絶空自体、対策の仕方は多様にある。


 身を切れば一手、あたしは遅れを取るわけで。


「でも、あなたが十位圏内でいる以上、

 傍にいるその子は常に危険と共にいることになるわけでしょう?」


 彼の背中に隠れているのは、ナン子だった……一応、顔見知りではあるから、人見知りをしているわけではないけど、やっぱり警戒はしているみたいね……。


 ここに立っているのがあたしじゃなくてヨートなら、もっと強気に出てくるわよね。

 なめられている、とも取れるけど、でも打ち解けている、とも取れるわけで。


 ……そこがヨートの人徳かしら。


「それが分かっているから、君に頼ろうと思ったんだよ、七夕ソラ先輩」


「明空院だけの共通点でしょ。被っているわけじゃないんだから、先輩呼びはいらない」


 彼もその返答は予想していたようで、


「じゃあ親しみを込めてソラさんと呼ぶことにするよ――それで、今日は戦いたくて接触したわけじゃないんだよ……知っているだろ、僕の銀世界のことは」


 ええ、そうね。攻撃するならもっと前から仕掛けていたし、することができたと言っているわけね。敵意はないと示しながら、いつでもできると脅しているようにも思えるけど?


「これはお願いであって、命令じゃない。だから途中で投げ出してしまっても構わない。……ナンちゃんを、守ってほしいんだ。とは言っても、ナンちゃんはもう能力者じゃない、襲われることはほとんどないと思うし……、気を付けるとすれば、町を徘徊している怪獣くらいかな。

 そいつらから、ナンちゃんを守ってほしいんだよ、ソラさん」


「あなたがすればいい」

「できないから言っている」


 まあ、そうよね。この子を傷つけるほど、好き好きと言っていた彼が、あたしに預けるはずがないし――。そこまで、切羽詰まっているのかしら。


 ナン子を連れていけないほどの危険地帯に、足を踏み入れるつもり?


「すぐに終わらせて戻ってくる。だから、お願いできますか、ソラさん」


 彼の服をつまんでいたナン子が前に出てくる。


「うちからもお願いする。うちを守ってっ、ソラ!」


「……そこはお願いします、って言うのよ、ナン子」


 言われてはっとしたナン子が、「おねがいしますっ」と頭を下げた。

 無防備な姿。ここであたしが攻撃するだなんて、思ってもいないのでしょうね……。


 それだけ、信用されているわけか。

 でもそれって、あたしだからかしら? それともヨートの仲間だから……?

 まあ、いいけど。


「はぁ……。ナン子は預かっておく。

 場合によっては守れないこともあるけど、いいわよね?」


「仕方ないだろう、それは」


 不満がありそうだが、彼は無理やり納得させた様子だ。


「……マルコ、絶対に戻ってきてね」

「ああ、ナンちゃんを置いて先にいくわけないよ」


 マルコがぽんとナン子の頭を撫で、ナン子がくすぐったそうに頬を緩める……あのね、


「イチャイチャするなら預からないわよ?」

「ヨートにされないのか、こういうこと」

「してくれないわよ」

「……望んでるの?」


 ナン子の口を、両手で挟んで尖らせる。


「その口、絶空で取ってあげよっか?」

「本当にしそうだしできるから怖い!?」


 冗談よ。でも、口には気を付けた方がいいわね。


「まあ……不安だけど、頼むよ、ソラさん」


「はいはい、一度請け負ったからには、責任は持つから――、

 さっさと用事、済ませなさいよ」


「はい、必ず」


 そして、マルコが忘れ物を取りにいくように、駆け足で道の先へ消えていく。

 負けてもいいわ。生きて帰ってくるなら――なんて言わないわ。

 あなたがどうなろうとあたしは知ったことじゃないし。ただね――、


 敵を強くして負けることだけは、許さないからね。


 ―― ――


 ナン子が既に能力者でなくて良かった、とマルコは本気で思った――、もしもナン子がまだ十位であり、『絶対防御装甲ファイブ・イージス』を持っていた場合、もしもこれが奪われたら……、相手を撃破することは不可能だろう。


 少なくともマルコにはどうにもできなかった――だからこそ、今は運が良い。

 城島マルコが十位の座にいることは、マルコ側の勝ち筋に繋がっているはず。


 ナン子をソラに預け、重荷が取れたマルコが引き返した道の先に、彼はいた。


 十位圏内――『第九位』の男である。


「待たせたね……、

 あの子がいるところで襲ってこなかったことは、正直、本当に感謝しているよ」


「こっちの都合でもあるから、感謝なんかいらないな……、

 こっちとしてもお前が一人で、こうして近づいてくれたことには感謝してるってわけだ」


 五堂ごどうまこと……、彼は、いま世間を騒がせている、能力強奪事件の犯人であった。上下をデニムで揃えた青年……歳は一道ヨート、そして工藤ユータと同じ十五歳だ。茶色がかった黒髪を整髪料で多少は整えている程度であり、身なりを気にしないタイプなのだろう……、ただ上下をデニムで揃えているところを見ると、自分なりのルールの中でこだわっているのかもしれない。


 体つきは少し小太りにも見えるが、運動神経が悪いわけではない……、

 でなければ数多の能力者から能力を強奪できるほど、簡単なことではないのだから。


「……十位圏内同士の戦い、ってことになるのかな」


「ああ、そう言えばそうなるのか。そこまでは考えていなかったな……ただ俺は、お前のその『能力』が欲しかっただけなんだ――『後期ファイナル』の能力までは知らないが、鍛えればお前のその能力は、『能力無効化』に化けるかもしれないんだろ? 

 それは手に入れておきたいものだよなあ――」


 会話の後、まず動いたのはマコトだった……、これまで数多くの能力者から奪った能力――数の暴力で、マルコを叩き潰す。

 中距離砲撃の能力の、集中砲火。地面を抉った土煙でマルコの体が覆われ、見えなくなるが、これで終わるほどマルコだって脆いわけがない……。


 マコトもここで勝利を確信するほど、間抜けではなかった。

 土煙が晴れる前に、世界が染められていく――、


 そう、地面、建物、空気が、凍っていく――。

 まるで雪原――銀世界の構築である。


 ぱきん、と、マコトの指が氷漬けになる。


「なんだこれ……」


「氷像になるのも時間の問題だ……お前が持つ能力でこの銀世界を壊せるのであれば、やってみればいい――。早いところ、手の内を見せなければ氷漬けになるだけだがな」


「なるほど……じゃあこれは『攻撃を受けた』と判断されるわけか」


 マコトの口が歪んだ。


 



「さて、お前のその『銀世界』、俺が貰うぞ」

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