第48話 ヨートと『シックス』
怪獣化――、十位圏内を支持しない覚醒以前の能力者は、時間が経つにつれてその体が怪獣化していく……今のところ、おれはドラゴンになった人しか見ていないが、別の怪獣に変化してしまうことがあるのだろうか……。
ダンジョン内部で遭遇した猿(……あれは猿か?)は見たことがあるが、あれは支配者が作り出した怪獣である……、つまり人間が変化した怪獣は、ドラゴンに固定されるのではないか、と思ったが……じゃあ、これはなんだ?
狭い路地の間に、びっしりと根を張り棲みついている、この巨大な食虫植物は、なんだ!?
正確には食虫植物であるかも分からない。おれは詳しくないし……、ただ平べったい扇状の葉が、獲物を感知して閉じるその様子は、間違いなくハエトリグサに見えるけど……?
そしてついさっき、ぱくんっ、と葉に挟まれた少女がいた……真緒と背丈が似ていたので思わず真緒かと思って追いかけてみたら、別人だった――しかしあの子は『怪しい』と言わんばかりの毒々しい偽物のリンゴを取ろうとして、足をその葉にかけた結果、今の状況になっている……迂闊過ぎるだろ。警戒心がまったくないのか、あの子には。
食べられたわけではなく、まだ挟まれただけだ。
時間をかけて、今から消化していくのだろう――つまりまだ助けられるわけだ。
「助けて溶ける死ぬーっっ!!」
「あのアホさ加減……、放っておけないよなあ」
真緒を探している最中に、まさか真緒以上のアホを見つけるとは。あれ以上の子がいるとは想像もしていなかっただけに、これには面食らった。
とにかく、アホを見逃す理由はない。ソラがいれば話は早かったが、運悪く別行動中なので、ここはおれ一人でなんとかあの子を助けるしかない――でもどうする?
手の平サイズの食虫植物ならまだしも、人間を閉じ込める巨大な食虫植物の閉じた葉を、おれの力でこじ開けることができるのか?
「おいっ、内側からどうにかできないか!?」
「どうにかできていれば出れるよね!?」
それはそうなんだが……、もっと情報が欲しい。外側からだと、おれじゃあ無理だ、ということしか分からないし、その事実を補強する理由ばかりを手に入れてしまう。
見れば見るほどおれじゃどうにもできない……。
「たとえばナイフを渡せば、中から穴を開けることとかできるのか!?」
「それを思いついたなら、じゃあ外からやってくれるかな!?」
「外の方が硬いんだよ……こういうのって内側からの方が突き破りやすいって言うじゃんか」
一寸法師スタイルだ。敵が巨体であればあるほど、内側からの攻撃がよく効く。鉄壁の要塞だって、懐に入ってしまえば崩落させるのは簡単なのだ。
「ダメだよっ、中も硬いよーっっ!!」
スプーンで地面を掘って脱獄するみたいなやり方は無理か……、じゃあどうするか、手詰まりじゃないか?
「誰か呼んでこようか?」
「その間に私が溶けたら責任取ってくれるの!? あっ、だっ、ちょっと待ってっ、服っ、溶けてきてるっっ! 熱い! 熱っ!? 消化液が出てきてるよぉお!?!?」
ここから中は見えないが、パニックになっているところを見ると、どうやらピンチらしい。でも、とは言っても――俺の能力じゃ助けられないし……アビリティ・カードも真緒が持っているもので最後だ。おれの手にはなにもない――いや待て。
あの子が消化されることを、食虫植物は望んでいるが……似たような、まったく別のものを隙間から入れて溶かしてしまえば、満足した食虫植物はあの葉を開くのでは?
栄養素を欲しているのであれば、素直に与えてあげればいい……攻撃するから反発されるのであり、相手が望むものを提供すれば、自然と不要なものは吐き出すはず……。
となれば手に入れるものは決まった。
「うぇえん……」
「泣くな! 絶対に助けるからそこで丸くなって待ってろ! できるだけ服を溶かすように意識して――お前の体は絶対に溶けさせるなよ!?」
大量の食糧をかき集めて(とは言え路地裏のゴミ箱を漁って、手に入れたものだが……人間なら躊躇うものだが、食虫植物なら関係ないだろう)食虫植物の葉の中へ投げ入れる。
「くっ、
「がまんしろ、すぐにその食糧が溶けて、お前は不要だと判断されるはずだから――」
とは言ったものの、賭けではある。葉の中にあるものを全て消化しなければ開かないと言われたら、もう打つ手はない……だが、この怪獣はもしかしたら、元は人間かもしれないのだ。
内部構造こそ食虫植物でも、意識はまだ人間なのであれば……、
それくらいの慈悲はあるんじゃないかと思ったのだ。
理性がなくなり食虫植物になったとしても、人間の優しさをおれは信じている……。
だからできるだけ、おれはこの食虫植物を、燃やしたくはなかったのだ。
……まあ、燃やせば中にいるあの子も十中八九、焼け死ぬだろうけどな。
その後、消化は滞りなくおこなわれ、ぱんぱんに詰め込んだ食糧の方が先に消化された。そして、固く閉ざされていた葉が開き、中からぼとりと落ちてくる――、そう、半裸の少女がだ。
金色の髪も、残った服も、消化液でべとべとだった。色白な肌が濡れて艶っぽく見えているけど……不思議と見惚れないのは、この子のアホさ加減のおかげなのだろうか。
見た目よりも子供っぽさが目立つ。言動や仕草のせいかもな……ともあれ、全身を見てみたが、溶けているところも、怪我をしているところもなさそうだった。
「うぇ、べとべと……制服も破れちゃったし……」
「おれのシャツ、羽織っておけよ」
夏服だから薄いけど、まあ、ないよりはマシだろう。この子の服のことも考えなくちゃいけないし……、やっぱり、一旦、ソラと合流した方がいいよな……。
すると、おれの腰に、がしっと重みが加わった。
見下ろすと、女の子がおれを両手で捕縛している……、そう言えば考えてもいなかったが、この子は能力者……だろうな。怪獣化していないのだから、可能性は高い。であればどこのクランだ? そして、能力者であれば敵であることも考えるべきだった……っ。
この至近距離で、正体が分からないこの子の能力を喰らえば、おれは――、
「私の王子様……」
「は?」
「一生あなたについていくーっっ!!」
と、さらに力強くおれの腰にしがみついてくる――って、おい、押すな倒れる!
背中から倒れるおれは、彼女に馬乗りされて――、
「こういう時は、唾をつけておくべきなんだよね……」
「ちょっ、やめっ、お前はマジで本当の意味で唾をつける気じゃねえだろうな!?」
舌を出すなっ! お前の場合、妖艶じゃなくてあっかんべーなんだよ!
あと、羽織らせたシャツのボタンをちゃんと締めろ!
だからほらっ、ちらちらと破れた下着の下から、先っぽが見えてるから!!
おいおい、こんなところをソラに見られたら……飛んでくるのが罵声の前に絶空になる!
早くこいつをどかさないと――、
ざっ、という足音が背後で聞こえ、恐る恐る、後ろを見てみると――、
「なにしてんの?」
と、言ったのは。
おれに跨っている女の子と同じ顔――瓜二つ、双子? 分身? ドッペルゲンガー……?
まったく同一な、女の子だった。
「他の子が殺されているって言うのに、あなたはのん気なものだね、『シックス』」
「え……あっ、『セカンド』!?」
セカンド、と呼ばれた瓜二つの女の子が、おれを見下ろしている……、見下しているわけじゃないよな? 服を剥いたのはおれじゃないからな!? そんな抗議の視線を向けるが、彼女はまともに見てくれなかった。……責めてもこなかったけど。
それが一番つらい……。
「ねえねえ聞いて見て共感して! 見つけたの、私の王子様っ!!」
と、おれを指差すアホの子だ……王子様を指差すな。
アホの方が詰め寄ると、やっぱり、瓜二つ以上だな……、背丈も一緒。表情は違うが……片方は楽観的、片方は今にも爆発しそうな、がまんの表情をしている。
セカンド、と呼ばれた子の方は、切羽詰まっているんじゃないか……? そう言えば流してしまったが、『他の子が殺されているって言うのに』って、言っていたよな……?
不穏なワード。そして、瓜二つの子が言う『他の子』は、つまり、瓜二つどころか、三つも四つもいても、不思議ではない……。
というかシックスと呼ばれているのだから、最低でも六人はいるわけで……。
「なあ、なにが起こっ――」
ぱぁん、と、甲高い音が響き、
それがビンタの音だと気づくのに、一瞬、遅れた。
「え……?」
「のん気なだけじゃなくて、私たちを裏切るの……? 新しい王子様? マコト様を裏切って、シックスはその男の子につくって言うんだね!?」
「ちがっ、マコト様とは、別で――」
「別ってなに!? 大事なものは一つだけなの! 二つも三つも持てないんだよ! その男の子がシックスの命の恩人かもしれないけどね……、それ以前にマコト様は、私たち『青柳えるま』の、命の恩人でしょ!?」
引っ叩かれた頬の痛みよりも、彼女は心の痛みを痛感したようだ。
振り向き、おれを見る。……いいよ、と目で訴えておいた。おれは二番目だ。一番目の命の恩人への恩返しがまだなら、おれは後でいい。というか別に、恩返しなんていらない。
恩を売りたくて助けたわけじゃない。
今にも喰われそうなお前を、見捨てる方が、おれにとっては心に毒だったのだ。
……だから助けた、それだけの話だ。
「……マコト様には、セカンドがいる――」
「なに?」
「オリジナルがいる! サードもフォースもフィフスも!
私がいなくなったところで、マコト様への恩返しはできるよ!」
「だからっ、みんな殺されたって言ってるじゃん!!」
え、と――今更のようにおろおろとし出すシックス……、
残っているのは、じゃあこの子、シックスと、セカンドだけなのか……?
「オリジナルは生きているよ……じゃなかったら私たちは存在していないよ」
「だれ、に……っ、みんなっ、やられたの!?」
「分からない……」
死体だけが転がっていた、と言う。
目撃情報はなく、周囲への被害も一切なかった――まるで、人間の内側から破壊したような――
「怪獣じゃ、ないな……」
おれの呟きに、セカンドが反応した。
「うん、怪獣ならもっと雑だよ。食べ残しなく食べたとしても、そこに現れたという痕跡は残る。でも、それさえもなかったから……たぶん、もっと強い人」
そう、たとえば、
「……自警団と繋がっている、第二位、とか?」
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