第47話 赤座真緒vs青柳えるま
「違う、違います……あの人じゃありません、この人でも……」
すれ違う人たちの足下を確認していきます。前後左右、隈なく探すのは思っていたよりも難易度が高いです。しかも動いていますから、見えない部分もあるわけで……、
しかも一人あたり、両足を見るのですから、視線は大忙しです。
白いスニーカーですのでだいぶ絞られているとは言えです……、多いんですよ、白いスニーカーって……。もしかしていま流行りの色でしたっけ?
それに、あらためて観察していると気づきましたけど、足下に気を遣わない人が多いですね……、白いスニーカーの汚れを気にせずそのまま履いている人が多かったです。まあ、こんな世界に変わった後で、靴を丁寧に履いている余裕がある人がどれだけいるのか、という話になってしまいますが……。
それで言うと、白いスニーカーに茶色いコーヒーの汚れだけが付着している犯人は、綺麗好きであるという性格が見えますね。多くの能力者から能力を強奪し、手元に蓄えているがゆえの余裕の現れなのかもしれませんが。
「違います、違い――」
すると、見つけましたっ、白いスニーカー、そして茶色の汚れ!!
能力強奪事件の、犯人ッッ!!
「もう逃がしませんよ!!」
「へ?」
わたしががしっと掴んだ手は――すごく細かったです。いえ、犯人が男性、とも限らないわけですから、勝手なこっちの思い込みだったわけですが……、
女の子でもスニーカーは履きますし……。
それでも、目の前のこの子が犯人だとは、思えませんでした――。
彼女は、学校の制服にしては綺麗、と言うよりは、高級感がある生地とデザインでした……有名なお嬢様学校の制服なんじゃ……コスプレでなければそこの在学生……?
絵に描いたような金髪、まさにお嬢様と言った外見です……、
わたしと同い年くらいですか……もしかしたら年上かもしれません。
おほほほ、とはさすがに言いませんよね?
「あ、えっと……人違い、でした……っ」
咄嗟に言ってしまいましたが、落ち着きましょう……冷静に、です。
本当に人違いでしょうか。だっておかしいです、違和感です。頭の上からスカートまでは高級感が溢れているファッションで身を包んでいるのに、どうして足下だけ庶民が履くような白いスニーカーで、しかも茶色い汚れを付着させているのでしょうか。
汚れは、まあつくこともあるでしょうけど、望んでこんなスニーカー、履きますか? いえ、スニーカーが悪いのではなく、彼女の好み(これも偏見ですけど)には合わないのでは?
ファッションの全体を考えた時、そこはローファーでしょう?
ロングブーツもありかもしれません……。
と、わたしが自分ならこうする、という『わたしが考えたさいきょうのファッション』を考えていると、彼女が言いました。
改竄されているか疑うべき、と頭には入れていましたが、それよりもまず自分の耳を疑います……、なんて言いました?
「釣られたねっ、マコト様の敵!!」
社交ダンスでも踊るように、くるんと回って勢いがついた彼女の足の裏が、わたしのお腹に突き刺さります。「――がふ!?」と今まで出さなかったような声を出して、わたしは真後ろに吹き飛び、ごろごろと地面を転がりました。
す、スニーカー、で良かったかもしれません……、厚底ブーツやヒールだったら、もっと痛かったはず……。ただその場合は、彼女はここまで動けないかもしれませんけど……。
執事やメイドに身の回りの世話を全て任せているお嬢様なんて、現代にいるわけないですもんね……これくらいの運動神経はあって当然……するかしないかの違いです――。お嬢様がアグレッシブだった、じゃなく、アグレッシブがお嬢様だっただけで……分かります?
「マコト様は追わせないよっ、ここは私が立ち塞がるの! 褒められたいからね!」
「マコト様……? それが、犯人の名前、ですか……」
これは重要な情報です……この情報に手が付けられていなければ、ですけど。
でも、この子が知っているってことは――だからって、信憑性が高い理由にはなりませんか。この子も、犯人からすれば操り人形かもしれないわけで……だとしたらこの子の信頼は……あれ? じゃあその信頼も植え付けられたものですか?
もう訳が分かりませんね。
犯人自身、自分がどんな能力を持っているのか、把握できているのでしょうか。
足跡だって落として終わりではないでしょうに。
「お手上げです、降参しますごめんなさい、許してください」
「え?」
わたしは素直に負けを認めました。だってこっちには遮音もありませんし……(あったとして、この状況で使えるとは思えません)運動神経も向こうの方が上でしょう、本気で殴り合いをしても勝てるわけがありません。
だったらこの子の懐に入ってしまった方がいいのでは? と考えたわけです。
なんだかちょろそうですし、良い子のフリをすれば案外、見逃してくれるのでは? あわよくば犯人のところまで誘導してくれれば――、
「…………」
おっと、じっとわたしを見て考え込んでしまいましたね。さすがに二つ返事で信じるほどのバカではなかったわけですか……世間知らずなお嬢様に見えて経験豊富……?
「マコト様を追わないのであれば、攻撃はしないよ――約束してくれる?」
「うん、しますします、超します」
「じゃあ指切りげんまん」
お嬢様が屈んでわたしに小指を出してくる……これ、能力の発動条件だったりしませんよね? そう疑うと、彼女が首を傾げて不思議そうに……、わたしがそんなことで悩んでいる、とはまったく思っていなさそうな無害な顔です。疑うこっちが恥ずかしい……。
まるでわたしが人でなし、みたいな気持ちにさせられますね……。
正しいのはわたしのはずなのに!
おそるおそる、小指を出すと蛇みたいにがしっと絡まれました。うぅ、と嫌な顔をしたのにこの子は満面の笑みで指切りげんまんをしました。嘘吐いたら針千本飲ます――マジでやりそうな気が……、経済的にも針千本、用意できますよねえ……。
迂闊なことをするべきではなかった……と後悔です。でもこうしなければ前進できないのもまた事実です。裏切るならリスクは負うべきです、そんなことは百も承知だったはずでしょう? 今更、それに怯えてどうするんですか、赤座真緒!
ユータせんぱいを、助けるんです! 能力を、取り戻すんです!!
友達でない他人を裏切ることに、足踏みをしている場合じゃありません!!
「あの……わたしも、そのマコト様って人に会いたい、んですけど……」
言うと、お嬢様は初めて苦い顔をしました。
でもわたしを疑っている、と言うよりは、嫌、という気持ちが漏れています。
「マコト様は、私のだからダメ、絶対にあげないからっ!」
「いえ、そういうのではなく」
わたしがそのマコト様を恋愛的に狙っている、と勘違いでもしたのでしょう。それは絶対にあり得ない、と宣言することで、彼女は安心してくれたようです。
「あ、ちょっと待ってね、確認してみるから」
確認? そのマコト様に直接!? ちょっ、それはまずいです! 会わせたい人がいると連絡を取られたら、絶対にダメと言われるに決まっています! わたしの外見を伝えれば、この子に敵と認定されてもおかしくないわけで――、
「あのっ、連絡は待」
「会わせてもいいのかな?」
「いいと思う。マコト様の力になるかもしれないし」
「私たちみたいな同じ顔じゃなくて、別の顔の人も必要だもんね」
「でもマコト様の近くに別の女の子は置きたくなくない……?」
「それ、こうして私たちがいる時点で考える必要ないと思うけど」
「私は私だもん。十人でも、百人いても、私――
と、金髪お嬢様の同じ顔が、目の前にずらっと並んでいます……。
いつの間に集まった、と思うほど、まばたき一瞬でこの光景になっていました――。
姉妹? そんなレベルじゃありません、完全に同一の顔が、六人。
そしてちょっとだけ、顔に幼さが出ているのは、勘違いでしょうか……?
「マコト様はいま忙しそうだし、邪魔したくないよね?」
「じゃあどうするの、この子」
「私たちで囲んでおいて、一段落した時に合流すれば」
「ねえ待って、でも本当にこの子、裏切らないって保証できる?」
その一言で、六人がこそこそと話し合いをし始めました。一人が疑問に思えば、その場で相談できる……、一人だと見逃してしまうケアレスミスでも、六人が再確認し、思考をすれば、徹底してミスを失くすことができます……。
だから、この子が本来なら気づかなかった疑惑も、六人いれば膨らむわけで……。
六人の目が、わたしを見ました。
「マコト様と会った記憶がないのに、マコト様の力になりたいって、思うかな……?」
「それよりかは、ここでの危機を脱するための方便と取る方が自然かも」
「そのままあわよくば、マコト様から直接、能力を奪い返そうとしているとか――」
『マコト様に近づく害虫かもしれない!!』
ぎくぎくぎくぅっ!? と、図星を突かれています。
ここからどう乗り切るか、今のわたしにはできません……方便もすっからかんですね。
「いえ、あの……」
わたしの言葉を待つ六人の顔が、徐々に近づいてきて――、
わたしは戦略的撤退を選びました。逃げたわけじゃないです、撤退です!
ここは一度引いて、体勢を立て直すべきです!!
『あっ、逃げた! やっぱり、黒だったぁ!!』
後ろを見れば、六人のお嬢様が横一列に並んでわたしを追ってきていて――、
彼女の能力は、恐らくは『分身』、もしくは『分裂』でしょう……ですが、
単純に個が分散しただけな気がします。それぞれが違う考えを持っているわけではなさそうなので、意外と撒くことは簡単なのでは?
道を曲がって狭い路地に入ります。そして近くのゴミ箱の裏に隠れていれば、
どたどたどた!! と六人の足音が遠ざかっていき――、ふう、やっぱり頭脳は同じなようで。見ている部分もさほど変わらないみたいです。
だから足下に隠れたわたしを見つけることができないわけで。
「力勝負でない限り、個の分散は脅威にはなりませんよね」
「あ、見つけた、ラッキー」
と、一人が遅れて路地に入ってきました。
……っ、あれ、でもさっき、六人が走っていった気が……。
「隠れながら六人を数えていたの? 足音だけで? 間違ってるけど、賢いね!」
……確かに、見ていたわけでも数えていたわけでもない。集団で通り過ぎたから全員がそこに固まっていると思い込んでいただけだ。でも実際は、一人だけ、遅れて追いかけてきていた。そして、迂闊に顔を出してしまったわたしと、鉢合わせてしまって……。
「……なんで、一人だけ遅れてきたんですか……」
「転んじゃったの。スカートが動きづらくて――」
個性は一緒、と思っていたけど、違うのかな……それとも、タイミングが違うだけで、スカートに邪魔をされるのは、全員が同じだとすれば――、
単純にわたしの運がないのか、彼女が持っているのか、だ。
「私一人で充分ってところを、他の私に見せつけてあげるんだから!」
はぐれた五人をすぐに呼び戻さないところを見ると、分裂した個人同士で、意思疎通はできないのかもしれません――。
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