第45話 情報掲示板
「……だろうとは思っていたけどね」
「あいつは関係ないわ。単純に、組織に縛られるのが嫌なだけよ」
ぱらら、とめくられていたページが止まり、森野さんがファイルをぱたんと閉じる。
「どうしますか、団長」
「ああ、情報の開示はなしにしよう」
その言葉に激昂したのは、真緒だった。
「なんでですか!? ソラせんぱいが仲間にならないから!?
一度見せると言った以上、約束は守ってくれないと困るんだけど!!」
「森野が持っているファイルは機密情報というやつでね。自警団の仲間になってくれるのであれば身内みたいなものだ、教えることもできたが……、勧誘を蹴った以上、君たちは外部の人間ということになる。そう簡単においそれと見せていい機密情報があると思うかい?」
真緒は「うぅっ!」と今にも噛みつきそうなくらいに前のめりだった。森野さんのファイルか、それとも横暴(……でもないか)な団長か、それともソラへ突撃するか、視線をいったりきたりさせている。
「ソラせんぱい……っ、仲間になるって言っちゃいましょうよ! 情報だけ教えてもらった後に裏切ればいいんですよ!!」
「それを目の前で言うかね……、もちろん、裏切った場合はそれ相応の報いは受けてもらうし、裏切れないような対策もするつもりだ。裏切るつもりなら好きにしたらいいが、無事にこの世界を生きていられると思わない方がいいね」
自警団と言えば、この世界では警察の代わりとなっている。そんな組織を敵に回せば、力技でなくともおれたちを社会的に殺すことくらいは可能なのだろう。ソラの絶空があるとは言え、その能力が無敵であるとは言えないのだから。
弱点は多い方だ。
「ソラせんぱい!」
裏切れないなら裏切らずに仲間になってしまえばいいと考えたのだろう、真緒がソラを説得する。ソラが自警団に入ってしまえば、情報も手に入り自警団を敵に回すこともない……だが、ソラがスカウトを受け入れていれば、最初からこんなことにはなっていないのだ。
ソラが自警団を嫌う理由、か。
「理由は別に。なんとなく嫌なだけ。生理的な嫌悪感ね」
それは、おれが第四位へ抱く嫌悪感と同じなのだろう。彼がなにをしたわけでもない、別に親の仇でもないし、不正をこの目で見たわけでもない。顔が嫌い? 体型が受け入れられない? そういうわけじゃない。なんとなく――はっきりとした理由なく、ただ嫌なのだ。
だからおれは、ユータに言われても第四位を支持できなかった。
ソラも、だからそうなのだろう。
「ま、仕方ねえよな」
「せんぱいも、ソラせんぱいを説得するの手伝ってくださいよ!」
「無理だよ。頑固なソラを曲げることはできない。それにさ――、機密情報の開示ができないだけで、掲示板に貼られているような情報はおれらでも見られるだろ――ですよね、団長?」
団長は、ああ、と頷いた。
外部の人間だろうと身内の人間だろうと関係なく、見られる掲示板。
そこにある情報は、閲覧禁止になっているわけではないのだから。
「そのファイルにある情報も、そりゃ近道かもしれないけどさ、掲示板にある情報も、遠回りではあるが、同じ答えに辿り着くと思うんだ。
ソラに嫌な思いをさせてまで、近道をする必要はあるのか?」
「でも、ユータ先輩の能力が……っ」
「取り戻す。約束するよ。だからここはがまんしてくれ、真緒」
しっかりと真緒の目を見る。彼女はさっと逸らし――それでも頷いてくれた。
「約束を破ったら嫌いになります」
「まるで今は嫌いじゃないみたいだな」
「もっと嫌いになりますよ」
言い直された。やべ、藪蛇だったみたいだ。
ともあれ、真緒のわがままをなんとかなだめることに成功した。自警団の仲間になる、というのはデメリットではなさそうだが……、確かにメリットがあるとも言い切れない。
組織に属するということは、目に見えない苦労がたくさん、だからな――。
学校を思い出して、憂鬱になるし。
「まあ、気が変わったら、訪ねてくれればいつでも歓迎だよ、ソラくん」
「そうね。あ、言っておくけど、気が変わるように仕向けた場合は、今後一切、絶対に仲間にはならないからね」
「どういうことを指して言っているのかな」
「あら、言わなくちゃ分からない? たとえばヨートや真緒ちゃんを傷ける、もしくは攫った交換条件であたしを勧誘した場合、そっちの事情を知っても手伝うことはないからね」
「……知っているのかい」
「なにも。でも、あたし、というよりは絶空の能力を手元に置きたいって感じがしたから。誰かと戦争でもする気なの? なんでもいいけど、戦力を集めているのなら、今後あたしはあなたの力にはならないわ――だから、ヨートと真緒ちゃんに手は出さないことね」
「…………知っているわけではないけど、なんとなく察しているわけか。やはり君は、欲しいね。いやいや、無理やり勧誘はしないさ。気が向いてくれるまで待つよ。君は後回しにして、他の、戦力になりそうな人材を探すとするよ」
「ええ、そうしてちょうだい」
と、ソラと団長の会話が終わる。一歩も二歩も先について話している内容だった……おれと真緒はぽかんとしてしまい、会話が終わったことに気づいたのも遅かった。
ソラに言われ、はっとなる。
「ほら、掲示板を見にいきましょう……、下にあるのよね」
「はい。案内しますか?」
森野さんの提案に、
「エレベーターに乗って下りるだけでしょ? じゃあいらないわよ」
断られた森野さんはむすっとすることなく、
「では、扉を開けますね」とおれたちの後ろの扉を開けてくれた――。
「なにか困ったことがあればいつでもご相談ください。仲間になる、ならない関係なく、自警団はみなさまの味方でいることを目的としている組織ですので」
「なら、早くこの世界を元に戻してほしいけど」
「それは難しいかもね」
団長が言った。
「我々は味方でいることに特化している。困った時に寄り添えるように、困っている人を再び立ち上がれるようになるまでサポートするための組織だ。人々をまとめ、第一位へ立ち向かう一人を決めるための組織じゃない。それは別の十位圏内がしてくれるだろうさ」
「あなたはじゃあ、あき――第二位を、信じているの?
あいつが一位に立ち向かうべき、全人類の代表だって?」
「それは難しいね。彼は確かに強いが……そして強い目的意識があるが、世界についてはどうでもいいと言っているからね。この世界になってありがたいとまで思っているだろう」
能力者が生まれた世界へ変わったことが、好都合だった、のか?
「力のない者からすれば、力を手に入れたわけだからね。監禁され、暴力を受ける毎日を繰り返していた小さな子供でも、手に武器を持てたわけだ。正しいかどうかは置いておいても、その子供からすれば、その武器は自分の命を守るものだ――。
元の世界か今の世界か、その子供にとって都合が良いのは、どっちだろうね」
それは――でも、極端じゃないか?
だけど、この世界になって好都合と考える者は少なからずいるわけだ。
そりゃ、戦争地域の国よりは安全な国ではあるが、露見していないだけで、水面下ではそういう虐待が多いかもしれないのだ。ない、とは言い切れない。
だって見えないからこそ、知らないからこその、水面下である。
「だから大変なんだよ、人類の代表を決めるのはね――」
「…………」
そういった『こっちの世界が良い』と思っている人間を、変えなければならない。
元の世界が良いと思わせなければ、支持なんてしてくれないのだから。
第一位が望む、一致団結。
そんなの、不可能なんじゃないか……?
エレベーターで地上まで下りてきたおれたちは、掲示板に貼られてあった情報を見たが……、
「事件の場所と時間帯が羅列しているだけじゃないですかあ!!」
真緒が叫ぶ。そうなのだ、それが全て。
まあ、誰もが見られる情報なのだ、この程度であるとはなんとなく分かってはいたが……、
様々な地域で能力強奪事件が起きている――、
これから分かることは、複数の犯行なのだろうか、ということくらいだ。
「一人かもね」とソラ。
「なんでそう思う?」
「時間帯。被っているわけじゃないし、事件と事件の間、場所の違いを見れば、移動時間が含まれていることが分かるでしょ。だから同一犯なんじゃないの?
ただ……、証言された犯人の容姿は毎回違うけどね――」
服装じゃなく、背丈から違うとなれば、同一犯とも言えないわけで――。
「……記憶を改竄する能力を奪っていれば、誤魔化すこともできるか」
「それ、可能性は高いわね」
遡って、一番古い事件の詳細を見れば、犯人の容姿は絞れるはず……、まあこの情報を鵜呑みにするのもよくはないが。一番古い事件と言われていても、これ以前にも事件はあったかもしれないし、その時から改竄されていたとすれば、おれたちが『これだ』と思った容姿も的外れであるわけだ。
結局、この掲示板を見ているだけじゃあ、分からない。
「……被害者に聞いてみるか」
「でも、記憶が改竄されているかもしれないわよ?」
「だとしても、聞かないよりは進展しそうだろ?」
「どうかしら……虚実の情報で頭の中をしっちゃかめっちゃかにされて訳が分からなくなりそうな気もするけどね……」
今でさえこんがらがっている。
でも、ここで足踏みしているよりは、
見当違いでもいいから進むべきだと思うのはおれだけか?
「なあ真緒はどう思――」
と、やけに静かだなあと思って聞いてみれば、いなかった。
周囲を見ても、真緒らしき人影はどこにもいない――。
「あいつ……ッ、勝手にどこにいったんだ!?」
「探しにいった……って、さすがにそこまで無謀じゃないか。掲示板の情報があてにならないから、聞き込みにでもいったのかもね――それとも」
それとも……、ソラはその先を言わなかった。
「被害者への聞き込みへいったならいいけどな……」
「そうね、あの子自身が、被害者にならなければいいけど――」
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