――前編/奪われた絶空
第44話 自警団・本部塔
真下から見上げると感動するな……、やはり写真とは違う。空気感、が、やはり重視されるのだろう。観光地にいき、その世界の空気を肌で感じて、この目で見て――それでこそ分かるものがある。だからいつになっても、たとえVRがさらに進化したとしても、現地に足を運ばせる観光はなくならないのだろうな――まあ、それもこれも、全ては世界が『裏日本』から元に戻らなければ本当の意味では楽しめないのだろうが。
というわけで、いつか訪れてみたいなと思っていながら、もう数年も見逃してきた東京スカイツリーの真下までやってきたおれたち三人だ。メンバーはおれ、ソラ、真緒である。気づけば真緒がレギュラーキャラになっているが、ソラのクランではない。
どんな顔しておれたちの周りにいるのかと言えば、ソラを差し置いてリーダー面である。
そう、ここ、スカイツリーを訪れたのも、発端は真緒だった。
「今のスカイツリーは自警団本部ですから。ここで情報を集めましょう」
「まあ、ダンジョンにはなかったからなあ……」
能力強奪事件……だったか。各地で能力が奪われているようで、能力者でありながら無能力でいることを強制されている被害者が多数いるらしい。この変化した世界で無能力というのは、危険だ。対抗する術を持たないというのは、搾取されるだけである……、
だからランキングサバイバルからの脱落も同じ意味を持つのだが……、脱落すれば比較的、狙われにくくなるという見方もある。まあ、人を陥れる目的など人それぞれではあるが。
「ダンジョンよりも自警団の方が頼れるのか?」
「さあ? でも、人が集めた情報なら、信憑性もあるのでは?」
ダンジョンはランダム性があるが、正確性は保証できる。だが、人が集めたとなると、そこに意図的な虚実を入り混ぜることもできるわけで……まあ一長一短か。どちらにせよ、疑い深い人間からすれば、機械だろうと人間だろうと出された情報の真偽は疑うか。
「集まる量が多いなら比較しながら真実を導き出せるでしょ。ほら、いきましょうよ、上」
「あれ、ソラ? もしかして上がるの楽しみ?」
先行するソラがぴくり、耳を立てたように(そう見えた、猫みたいに)立ち止まる。
そして振り返り、
「……だって、きたことないから」
「おれもないなあ。地元近くの観光地っていかねえんだよなあ。子供の頃に散々いっていた場所が多いし、新しくできたとしても、見慣れた町を通って観光地って、気分が出ないし」
「そうですか? 地元近くでも良い場所ならいきますけど。
単にスカイツリーに魅力がないのでは?」
「どちらかと言えばおれの見る目がないだけだ」
スカイツリーのせいではない、決して。
エレベーターを待っていると、後ろに並ぶ女性がいた。肩にかかった金髪、黒縁眼鏡――黒いスーツ。典型的な、仕事ができるOLみたいな人だった。
脇に挟むファイルは、各地から寄せられた情報なのだろうか。
「ねえ、見過ぎじゃない?」
「この人、マジで女なら誰でもいいんですかね?」
「左右からおれを挟んでおれの陰口を言うなっ!」
くす、と女性に笑われた。確かに見ていたけど、見過ぎってほどじゃないだろ!
だって耳が尖っていたから、ほら、漫画やゲームに出てくる、エルフみたいだなってちょっと気になって――、
「初対面の女性の耳を見るなんて気持ち悪いですね、せんぱい」
「声がでかい! 聞かれたらどうす――ほら見ろ、お姉さんが耳を隠したぞ!」
誤解されたじゃないか! 変な性癖を持っていると思われたらお前のせいだからな!
複数あるエレベーター、違う場所へ変えられなかったのは、良かったけど……、やってきたエレベーターの中でお姉さんと一緒に乗るのは、少しきまずかった。
「気にしていませんから」
と、お姉さん。しかしおれが耳と言ったばかりに、全員の視線が耳へ注目する。エルフみた――って、あれ? さっきは先が尖がって見えたのに、今は丸くて普通の……。
おれの見間違いだった? 変わっているのは、のぼせたように真っ赤になっていることだけだ。……口ではそう言っていても、気にしているらしい。
「あなたの年齢だと、興味を持つ年頃ですよね?」
「だからっ、耳は性癖じゃな――」
『じゃあ胸か』
「ここで明かすと思うか!?」
ソラと真緒の、攻める視線……、真緒は分かるけどソラはそこそこあるだろ。
そしてお姉さんもスーツが膨らむくらいにはある……、って、こんなトークでエレベーター内での時間を過ごしたくない!
「もう見ないです、すいませんでした」
「いいですけどね。まあ、助かりましたし」
と、お姉さん。……? 助かった? 分からないが、まあ助かったのなら良かった。
するとスーツのお姉さんが、ちらりとソラを見た。
黒縁眼鏡をくいっと指で上げ、
「八位、七夕ソラさんでよろしいですね?」
ソラがぎょっとし、咄嗟に後ろへ跳ねる。だが、ここはエレベーターの中だ。しかも地上から離れ、かなりの高さまで上がってきてしまっている。
背中が壁に当たり、がこんっ、と揺れたエレベーターは、幸いにも止まることはなかったようだが……、こういうのに真緒は弱いらしい。気づけばおれの腕にがっしりと掴まっている。
「あなた……」
ソラが小太刀サイズの木刀を取り出し――しかしここで絶空は使えない。
エレベーターを両断する気か!
「いえ、敵意はありません。こっちは圏外の能力者ですからね、十位圏内と知って喧嘩を売るほど馬鹿ではありませんから。しかもこんな狭い中で、ですよ?」
「そうかしら。あたしの能力なら、懐に入ってしまった方が倒しやすいんじゃないの?」
「竜巻の真ん中にいた方が安全、ということですか?」
お姉さんは、そんなこと分かっていますよ、と言いたげに。
「それが分かっていながら放置しておくソラさんではありませんよね?」
「…………」
「弱点こそ、いの一番に対策するべきところです。
それを放置するなんて、自信の現れか、間抜けと言うべきですね」
「言われていますよ、せんぱい」
「いいのかそんなことを言って。ここで暴れたらもっと揺れるぞ?」
軽口を叩く真緒がびくっと怯えて、さらにおれの腕をがしっと掴んだ。
しないから、強いんだよお前の力は!
「……忘れていませんよね? せんぱいの悲鳴を、わたしは消せるんですよ」
「おれをはめる気満々じゃねえか。……いいよもう、こんな脅迫のやり合いなんて」
おれと真緒が小声で言い合っている間も、ソラとお姉さんの睨み合い(お姉さんはどこ吹く風だったが――)が続き、ふぅ、と息を吐いたのは、ソラだ。
そしてちょうど、エレベーターが最上階へ辿り着いたらしい。
「お時間、よろしければ少々、お付き合いいただけませんか?
自警団・団長が、ソラさん、あなたに会いたがっていますので」
「ん? お客様か、どちらさ――」
と言ったのは、大きなデスクの上で大量の書類を読み込んでいる銀髪の男の人だった……、体格は、細いと思うが、しかし顔以外を覆っているその重たそうな鎧のせいで、実際のシルエットが分からない。なんでそんな重装備を? なんてのは愚問だろう。
能力だけでは防御面に不安があるなら、既存の製品で補填するしかないのだ。その結果が、鎧……まあ、利には適っているのだろう。だって実際に過去、戦場で使われた道具だ。ソラの絶空でなければ、防げる能力は多いのではないだろうか。
「団長、七夕ソラ様です」
「おおっ、第八位の子か!」
ソラはきょろきょろと落ち着きがなかった。今更、人見知りだった、とは思えないし……誰かを探しているようにも見えたけど……。
「ああ、聞いている。今はいないから安心していいさ」
「そう、ならいいけど」
ソラと団長……と呼ばれた男のアイコンタクト。
そこでなにが交わされたのか、おれには分からなかった。
「私は自警団の団長を努めている……
そして秘書の
お姉さんが、ぺこり、とお辞儀をする。
「こっちの自己紹介が必要かしら。どうせ、調べてるんでしょ」
「まあ、そうだね。大体のところは。したくなければ構わないよ。
赤座真緒くんに、一道ヨートくん……で合っているよね」
おれと真緒が見合って、頷く。
ここで違います、と言う必要もないだろう。
「で、真緒くんの目的は、能力強奪事件の情報だよね? 君が信頼している工藤ユータくんの『弾幕』が奪われ、その能力を取り返したいと今は奮闘している……と」
全て筒抜けだった。隠していたわけではないが、そこまで的確に当てられると気持ち悪さがあるな……、このまま本人しか知らない個人情報を出されても驚かない気がする。
「あるよ、情報」
「ほんと!?」
真緒が前のめりになり、団長が使っているデスクに両手をばんっ、と叩きつける。
こら、失礼だろ。
真緒の頭をとん、とチョップしてやる。振り向いた真緒がむう、とおれを睨むが、今のは失礼だった、と自覚したのか、言い返してはこなかった。
「……教えてください」
「構わないよ。森野、あるだけ教えてあげなさい」
「はい」
お姉さん――あらため、森野さんが脇に挟んでいたファイルをぱらぱらとめくり、
「さて」
と、ここから本題だ、と言いたげに、団長が声のトーンを落とした。
「単刀直入に言いたい。ソラくんに会いたかったのは、スカウトなんだよ――」
スカウト。それって、つまり――、
「七夕ソラくん、自警団に入ってくれないかい?」
問われたソラは……、
即答だった。
「――絶っっ対にっ、いやっ!!」
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