第40話 銀世界を壊す絶空
たった一人でも、数十人分の信頼に匹敵するほどの質を得ている――、
強化された能力により、周辺が既に、完全な銀世界に染まってしまっていた。
そして、おれの体も。
指先だけではなく、体の芯まで。
鼓動する心臓を残し、ほとんどが凍ってしまっていた……。
唇も動かない。だから喋ることもできなかった。
くそ……っ。
手を伸ばし、そのまま。おれの視界は、白く、遮られて――
ザンッッッッ、という音と共に、景色が斬れた。
銀世界が、両断される。
「え……」
マルコが片手で、もう片方の肩口を押さえていた。
そこから先の、あるはずの腕が、地面に落下している。
白い地面に落ちた途端、水面に立った波紋のように、銀世界が元の世界の色を取り戻した。
――マルコの体力を削いだことで、能力の効果が切れたのか……?
「チッ」
腕を斬り落とされていながらも、身軽なステップで後退するマルコ。
彼がいた場所が、再び、斬れた。
……この、能力は――、
「伝言を知ってる人に当たるまで、長かったわよ……っ」
気づけばおれの足、腕が、氷の呪縛から解けていた。
ふっと軽くなった体を支えられずに、四つん這いになるおれの後ろに、彼女がいる。
むすっとした、ソラが。
「ソラっっ!」
「勝手な行動をするからこんな目に遭うのよ。クランのリーダーは、あたしよ!?」
置いていかれたことがよほど不満だったのか、いつもならわざわざ言わない『リーダー』という立場を自分から出してきた。そういうことを言って誰かを従えることを嫌うタイプだと思っていたけど……吹っ切れたのかな。
仲間はずれにされるくらいなら、自分からトップに立った方がいい、と。
わざと置いていったわけじゃないんだけどな……、
まさかおれも、こんなことになるとは思っていなかったのだから。
「ごめんって。次からはちゃんとソラのことも誘うから」
「いや、別に誘ってほしいわけじゃ――」
「どっちだよ!? めんどくせーなあ」
「助けてあげたのにその態度はなに!?」
それはありがとう、と答えると、ソラは消化不良な表情で、
「そこはちゃんとお礼を言うんだ……」と呟いていた。
当たり前だろ、ソラがこなければ、おれは死んでいたはず――。
死んでいなくとも、生殺与奪はマルコに握られたままだったはずだ。
全身凍結している状況から助けてくれたのは、間違いなく、ソラである。
さすが、おれたちのクランの女王だ。
「ちょっとバカにされた」
「まあ、リーダーってだけで、敬ってはねえからな」
「ん、あたしのことをあまり高く評価しないところは嬉しいな」
高くは評価しているけど……、本人がそれで満足ならそれでいいか。
ともかく、
腕を切断されたマルコは、傷口を凍結させ、出血を防いでいた。
それが正しい処置なのかどうかはおれには分からないが――、少なくとも出血多量で死ぬことはない、はずだ。
いや、その前に痛いはずだけど、案外、打たれ強い……?
痛みに慣れている、とかな。
「ソラ、マルコになにもされなかったよな?」
「なに疑ってるの?」
「心配してんだよ」
疑うって、なんだよ。
あ、ソラとマルコが密会していたことで口裏を合わせた、とかか?
この状況、おれを騙すために――、だとしてもメリットがないだろ。
十位圏内の二人(内の一人はついさっきなったばかりだが)が繋がり、ただの能力者のおれを狙う理由が見つけられない。結託しなくとも、おれなんかすぐに倒せるはずだ。
ついさっき、おれは殺されかけたのだから。
そして、ソラがそんな状況を救ってくれた――疑う必要はない。
「だって、あたしとあいつが会ってたこと、知ってる言い分だったから」
「まあな、マルコがソラと話したがっているとは、ナン子から聞いたし――、用事は終わったみたいだったし、だから問題なさそうだとは思ったけどさ……、マルコがナン子を落としたんだ、その前に会っていたソラになにかしたのかって、思うだろ普通」
「なにも。まあ、昔話をしたくらいかな。つまらない内容よ」
肩をすくめるソラ。それは、追及するな、の合図か。
嫌がっていることをわざわざ掘ることもない――、興味がないと言えば嘘になるが、まあぐいぐい聞くほどでもない。それはそれで、ソラは不満な表情を浮かべそうだが――、
「あ、そうでもないのか」
「なにが?」
なんでも、と答えて、再び意識をマルコへ戻す。
銀世界は途切れた。
だが、今だけだ。すぐにマルコの能力で復活するだろう――。
ソラの介入を許したのは、ソラが外にいたからだ。
しかしこうして内側に入ってしまえば、ソラも銀世界の対象になるはず……。
こうしてソラが近づいてきたのは失敗だったな。遠距離から絶空を放ち続けてもらえれば、それだけでマルコを追い詰めることができたのに――。
「それだとヨートが危ないでしょ」
銀世界に襲われ、絶空に当たれば、間違いなく、おれは死ぬだろう。
雪像状態だから修復が可能、とは思えないし……。
ソラの絶空が銀世界に影響を与えることができるなら、内側から突破することもできる!
「八位も参戦、か。さすがにきついかもね――、まあ、無理して戦う必要も僕にはないわけだ。
ひとまず僕の目的は達成できたわけだからね」
「その子を、このゲームから遠ざけることよね?」
「そうだね、そして僕が、ナンちゃんを守る。だから別に、世界が元に戻ろうがこのまま悪化しようが別にどうでもいいんだよ。
僕にはナンちゃんがいるし、ナンちゃんには僕がいるんだから――」
「依存してるわね、それとも中毒と言うべきかしら?」
「言い方は任せるよ。ただ、僕自身はそれを、愛情と呼んでいる――」
愛情? これが?
「……なんでもかんでも、危険から遠ざけ、誘導し、大切にすることが、か?」
「不満そうだね」
「大切なものを大事にするのは分かる。でも、だからって箱にしまって鎖で固めてどこにもいけないように、背伸びもできないようにするのは、違うだろ!」
「世界に足を伸ばせば危険がある。確かに君の言い分も分からないでもない。世界に目を向ければ楽しいことが他にあるかもしれない、でもね……それで死んだら本末転倒だ」
「楽しいことも苦しいことも、含めてだ。
マルコ、お前は……、ナン子の成長を、邪魔してるぞ」
自分自身で立ち上がれる足があるのに、ナン子はこれから立ち上がろうとはしないだろう。
なぜならマルコがいるから――傍にいて、守ってくれるから。
だから自分で立つ必要はないと判断してしまう。
互いがそれを良しとしているなら、おれには、おれでなくとも誰にも邪魔されない二人の問題なのかもしれない――けど。
たとえばマルコが死んだら、どうする?
ナン子は、急に一人では生きることができないはずだ。
マルコの後を追って、自殺するかもしれない――マルコ、お前は、それでもいいのか?
自分の幸せを捨ててまで死者の後を追うナン子を、上から見ることができるのか!?
「それは、いま考えるべきことなのかな?」
「お前……」
「ナンちゃんが決めることだよ」
「だからっ、お前が縛り付けているから、ナン子は発想が偏って――」
「ナンちゃんは、そこまで弱くはないよ」
ナン子は正常な判断ができる子だと、マルコは信じて疑わない。
でも間違いなく、このまま縛り付けたままじゃあ、ナン子は歪む。
マルコに守られる世界が当たり前だと認識するはずだ――。
マルコが熱心になればなるほど。
ナン子は、沼にずぶずぶと沈んでいくことになる。
「ヨート、あいつ、引っ叩いていい? あたしもちょっと、がまんできないかも」
「……古い知り合いじゃないのか? そう言えば違うって、言ってたな……」
じゃあどういう関係? とは聞かなかった。
「あいつの目を覚ますことができるなら、なんでもいいよ」
「じゃあグーの方がいいかも」
勢いで、絶空で両断しなければ、やり方は任せるよ。
あいつは、ダメだ。あいつは、強い衝撃を与えなければ、まともにはならない。
できれば二重人格のもう一人が出てきてくれれば、話しやすいんだけどな――。
裏の人格、城島マルコを。
叩いたショックで、くるっと入れ替わればいいんだけど――。
まあ、さすがにそんな原理で人格が入れ替わったりはしない……、か……?
あ。
もしかして、これって……。
そしておれは、ぎゅっと拳を握り締め、
とある策を実行することにした。
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