第41話 ダンジョン攻略

 復習だ。


 おれの能力『反転』は、同程度の大きさのものの座標を入れ替える能力。


 全体像が見えてさえいれば、おれ自身よりも大きなものでも入れ替えることは可能だ。

 ナン子のアビリティカードとおれが持つアビリティカードを入れ替えたのが良い例か。


 他にもカード同士でなくとも、カードと同程度の大きさであれば、入れ替えることも可能だった。極論、全てのものがカードの大きさになっていれば、全てを入れ替えることも可能とも言える――、そんな能力だが、使い道がかなり限られてしまっている。

 実際、オセとの戦いの時には、おれの能力はまったく役に立たなかった。

 足手まといだっただろう。あの時のMVPは、間違いなく遮音を使う真緒だった。


 だが、限定的だからこそ、はまれば無敵に思える相手にも通用する最高の能力だ。


 最強とは思わない。

 そうではなく、最高なのだ。



 能力とは、その者が持つ才能やら素質だと言われている――、それを支配者が無理やりに引きずり出し、おれたちはこうして使えている……。

 支配者が与えたのではなく、元からおれたちが持っていたもの――、だから使い方がすぐに分かるし、強化もされるのだろう、という一応の理由付けに納得もできる。


 そしてこれが、おれの才能なのだとしたら。

 限定された状況でしか効果を充分に発揮できないところは、まあ、おれらしいとも言えた。


 同程度のもの。

 全体像が把握できている。


 不安があるとすれば、はっきりとした物体ではないという点――。

 人体を入れ替えることはできないという制限があるが、おれが試そうとしている対象は、人間とは、言えない……かもしれない。まあ、やってみなければ分からないか。


 やってダメなら諦めろ。

 最初から無理だ不可能だと決めつけることはしない。


 動かず腐るなら、当たって砕けろだ!



「反転させる――」


 そう、城島マルコの二つの人格の、裏と表を、入れ替える。


 まるで回転扉のように、背中合わせに立つ二人をくるっと、回すように。


 そして、ふっと緊張感が弛緩した感覚――、きょとんとしているマルコは、


「あれ……?」


 今まで表に出ていた彼が、ナン子を守るためにはナン子自身を傷つけることも厭わない性格なのだとしたら、

 今のマルコの場合は、ナン子のためを想い、優しく抱きしめるような紳士さを持っていた。


 歪んだ愛ゆえに、本末転倒なマルコと、

 優し過ぎるがゆえに、絶対に守れる力を持っているわけではないマルコ――。


 どちらか片方が正しくて、間違っているわけではない――、二人いるからこそ、

 いるからこそ、ナン子は今、しっかりと守られているのだと思う。


 もしも、片方だけしかいなかったら。

 ナン子は潰れていたかもしれない。もしくは、既に他の能力者に殺されていたかもしれない。

 マルコの二重人格は、だからナン子のためを想い、作り出した自己防衛機能なのだ。


 互いに信頼し合うことで、能力強化をおこなっている――でも、だ。

 どちらが一本の柱として立っているのか。


 裏か、表か。

 どちらが、クランのリーダーだ?


 臨機応変に立ち回れるなら隙もないが、しかし表と裏が入れ替わったことによって軸とする人格がぶれた場合、さて、そこは大きな隙に繋がるのではないか?


 ふっ、と緊張感が戻った。紳士のマルコが、攻撃的なマルコと入れ替わったのだ。

 なるほど、お前たちの中では、そっちのマルコが柱か。


 なら、


「反転だ」


 紳士の方のマルコに、戦闘能力はほとんどないと見てもいいだろ!!



「比べたら、の話だよね」


 不用意に前に出たおれの腕を掴み、


「ナンちゃんを守るために体は鍛えているんだ――それに、格闘術もね」


 おれの体を持ち上げ、一本背負いを――、


「がっ!?」


 背中から叩きつけられる。


 そして能力で作り出したのか、

 まるでゲームに出てくるような剣の切っ先を、おれの鼻先に向ける。


「……っ」


「ナンちゃんを守るためにナンちゃんを傷つけることは僕にはできないけど、敵である君を傷つけることは普通にできるよ」


「でも、きっとお前はしないだろ」

「……どうして?」


「だって、優しいだろ?」


 図星を突かれた動揺なのか、それともおれの甘さに呆れたのか――、

 だがどちらにせよ、動揺したことには変わりない。


 その隙が、致命傷だ。


「この状況で君から目を離すわけが」

「あたしのこと忘れてる?」


 マルコが振り向いた先に、ソラが小太刀サイズの木刀を構え、


「っ、この、近距離で――ッ」

「絶空を使えるからと言って、どこでも使うわけないでしょ」


 そうだ、おれは学習したのだ。


 能力が使えるからと言って、どんな場面でどのタイミングでも使う必要はない。あるからついつい使いたくなる気持ちはあるが、無理に使おうとすればこっちが損をするだけだ。

 使えるタイミングで、使う。

 もしくは使える状況に持っていく、それができなければ素直に使わない。

 本来、おれたち人間は、道具がなくても戦えるように作られているんだから。


「明空院では、最低限、格闘術は教えてくれるの。

 きっとあんたの時よりも、あたしたちの時代は、もっとスパルタだったわよ?」


 ソラの木刀に視線がいったら、もう終わりだった。

 ソラの空いた片方の手が――掌底が、マルコの鳩尾に打ち込まれていて。



「が、あ……っ」


 体の芯を大きく揺らされたのか、マルコの膝が崩れた落ちた。


 そして、銀世界が、完全に消えた――。


 ―― ――


「う、ぅう……」

「お、真緒、起きたか」


 血を見たショックで気絶していた真緒がやっと起きた。

 戦闘中、ずっと寝ていたとは、楽をしやがって。


 まあ、起きていても一番早く銀世界に凍らされていたとは思うが……。


「……ここは、どこです……?」


迷宮ダンジョンの出口だ。おれたちが出会ったあの豹が、ボスの役割だったんだろうな。

 気付いたら出口が見えるところに出てたんだ。で、その階段を上がってる最中ってわけ」


「……あの、子は」


 きょろきょろと視線を回した真緒が、ナン子を探す。


「はぐれた兄貴と合流して、先に脱出したよ」

「そうですか……」


 たぶんな、とは言わなかった。未だにダンジョンの中をうろうろとしているかもしれない……なにもないかもしれないが、なにかあるかもしれない。

 答えが出ていない以上、残留するのもあいつらの自由だ。


 ――ソラに敗北した、城島マルコ。

 しかし、本来なら十位圏内の脱落を意味する敗北なのだが、意識を失ったマルコは、柱ではない方だ。つまり、十位圏内として登録されていない方の人格を倒したところで、ランキングに影響はなかった。


 攻撃的なマルコの方が、勝ち目がないと見て、すぐにナン子を回収し、逃亡した――。


「追わなくていいの?」とソラが言ったが、


「いいだろ。どうせ、どこかで会うはずだ――」


 あいつが十位圏内でいれば、いずれ――。


「気を付けろよ、マルコ。少数精鋭は、狙われやすいからな」


 そしてその言葉は、そっくりそのまま、おれたちに返ってくるのだった。




 ―― part3 迷宮少女 完 ――

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