第39話 銀世界
紅ナン子の脱落――同時に生まれた、新しい十位圏内。
第十位・城島マルコ。
―― ――
「なに、を――」
「ナンちゃんのために、十位圏内でいることを許していたけどね――もう潮時かなって。
苦しんでまでこの子が成長することを、僕は望んでいないんだ」
だから、気絶させたのか――、
この変わった世界で能力が剥奪された意味を、考えもしないでっ!
「バカにしないでくれ。それくらいは分かっているさ。無能力者を救済するためのアビリティカードだろう? そうでなくても、ナンちゃんには『僕』がいる。
この子がこれ以上、苦しむことも、傷つくこともないさ――」
「お前の身勝手な行動で、ナン子が傷ついているとしても、同じことが言えるのか……?」
「僕の行動でナンちゃんが? そんなわけないだろう――君はバカなのか?」
……こいつはダメだ。
自分がしたことが、絶対に正解であると信じて疑っていない。
正義を持ち、正面から突破してきた。
守りたい大切な人を巻き込んででも。
「じゃあ聞くが、あのまま、罪悪感で押し潰されそうなナンちゃんを見ていられるのか?」
見捨てるのか? と青い瞳がおれを射抜いた。
「だったらお前は、ナン子の罪を取り除けるって言うのか?」
「なかったことにはできないけど、忘れさせることはできる。僕の隣で笑っていてくれるなら、ナンちゃんに必要最低限の記憶だけを残して、リセットすることも――」
「お前好みの人形に作り変えて満足か?」
隣で笑っていてくれるなら?
それにはもちろんおれも賛成だ。笑ってくれるに越したことはない――けど。
思い出も、悩みも、嬉しさも、苦しさも、喜びも後悔も善行も罪も忘れてそこにいるナン子は、これまでと同じナン子とは思えないだろう。まったくの、別人だ。
そんな偽物が隣にいて笑っているだけで、満足なのか?
それで満足なら――お前はきっと、映像でも満足できるんだろうな。
偶像崇拝を持ち込むな。
お前が壊したのは、実在する人間なんだ。
「ナンちゃんのために、犠牲にするものを選択している……、全てを理想通りには操れないさ。
妥協が必要なんだ――、君が言いたいことは、理想論だろう?」
「だとしても」
少なくとも、だ。
「お前みたいに、最低限、残しておくべきものを捨てたりはしねえよ」
きっと、それがきっかけだったのだろう。
引き金にかかっていた指が、明確に、動いた合図があるとすれば、ここだった。
「――埒が明かないな」
ぴし、という微かな音が聞こえ、視線を落とすと――、指が。
青白く、凍っていた。
いや、まだ動く。まだ、完全には凍ってはいないが――、それも時間の問題だ。
やがて、おれの体は凍っていくだろう。
「っっ!?」
「僕の能力を知らずに向き合うのは、不用心じゃないか?」
気づけば、マルコが抱えてたナン子が、全身、白く、凍っていた。
「――ナン子!!」
「死んでいるわけないだろう? 冷凍保存だ。簡単には砕けない僕の氷でナンちゃんを守っている――お前に傷つけさせるわけにはいかないからな」
行き過ぎた愛情だ。
人体に害はないと言っても……。
白くなったナン子は、まるで石像にように――雪像のように。
生命を感じさせてはくれなかった。
「っ」
夏なのに寒い……、あいつの能力が、場を支配し始めていた。
周囲が白く、銀世界になっていく――。
「逃げられないよ」
一刻も早くこの場から脱出しなければ、おれまで雪像になってしまう!
「この世界は広がり続ける。同時に君の機能も、ゆっくりと停止していくはずだ」
―― ――
マルコの言う通りだった。
走っても走っても、銀世界は終わらない。
指先は完全に凍ってしまい、アビリティカードを掴むこともできなくなっていた。
反撃が、できない……ッ。
体の中心部分に近づけば近づくほどまだ温かいが、時間の問題でもある。
だから足の指先は、完全に凍ってしまい、走りにくく、自重を支えられない。
自分の足ではないような感覚の足を無理やり動かす――、当然、バランスを崩して、おれは転んでしまう……、幸い、その程度の衝撃で凍った部分が割れることはなかったが、足を止めれば、それだけ銀世界の接近を許してしまう。
じっとしていれば、まだ温かい部分が急激に冷えていく――。
「もう限界かい?」
「……マル、コ……ッ」
「君に呼び捨てにされるほど仲良くなった覚えはないけどね」
背後、走ったわけでもない美少年が、おれに追いついていた。
おれが遅いのか? 全力で走っていても、実際はまったく進んでいなかった?
これも、銀世界の影響か。
「簡単な話、極寒の地で普段と同程度のポテンシャルを発揮できたなら誰も防寒具なんて着ないんじゃないかな。命の危険を考慮しない場合のみ、だけどね。
寒さと暑さは体力、技術、あらゆるポテンシャルを削ぎ落す。だから道具でサポートし、人間が過ごしやすい環境に近づけるわけで――、君は今、極端な環境にいるわけだ。
まさか普通に走れていると思っていたか? 動けていると? 銀世界の影響を受けない僕と同程度には動けていると勘違いでもしていたのかな?」
「まさか――、これがお前の能力の、本当の――」
「凍らせる、というのは副次的なものだね。実際に極寒の地にいっても、たぶん動きはそこまで制限されないんじゃないかな。動いている方が温かくなるだろうし、じっとしているよりはマシになるだろう。でも、僕のこの銀世界は例外なく機能を停止させる。
君の運動能力は、いずれなくなり、生きていながら這うこともできなくなるだろう」
ダメージによってではなく、内側にあるだろう動きの歯車のみを止める能力。
どれだけ健康的な肉体を持っていても、行動のみに影響を与える力――。
機能停止の能力。
「強化していけば、きっと能力の無効化もできるんじゃないかな」
「……お前は、ナン子を、倒したんだ――、今のお前が、誰かに支持されている、とは、思えない――。ナン子以外に、仲間が、いるとは――」
「そうだね、ナンちゃん以外を信用する気はないからね。逆もまた、僕を支持するような物好きはいないだろうね――、ただ、この見た目に誘われた、光に群がる虫のような薄っぺらい人間なら、探せばいるかもしれないけど」
そうだ、こいつはまだ、能力が初期状態のままである――、誰かに信頼されることで、能力は強化されていくのだ。だったらまだ、マルコの能力は真髄までいってはいない。
だからと言って勝ち目がある、とは思ってはいないが、突くとしたら、ここだ。
「ああ、言っておくと、僕の能力は今の段階で――
「……いや、でも、お前を支持するやつは、」
「いないね、僕しかいないんだ」
どういう……?
「ナンちゃんのために、僕は全ての外敵を容赦なく叩き潰す。
そういう目的として生まれた、『城島マルコ』とする、もう一人の自分だ」
「城島マルコという人間は、ナンちゃんの兄であり、保護者だ。そう簡単に、彼女を守るために彼女を傷つけることはできないよ――そういう優し過ぎて優柔不断なやつだからな」
「だからこそ、必要だったんだ」
「僕のような振り切ったキャラクターが」
「弱いあいつは全てを僕に押し付け、沈み込んだ。ナンちゃんを救い出すその日まで。
――だからあいつは、僕だけを頼りにしているはずなんだ」
……まさか――まさかっっ!!
「二重人格も、別の人間と判断されているのか!?」
だから自分で自分を信頼することで、能力強化に反映された、と?
仲間がいないマルコが、能力を強化できたのは、
自分を強く信頼してくれている、裏の人格がいたから――。
そしてその信頼が――質が良ければ良いほど、能力強化の振り幅が大きくなる。
「僕は一人でも戦える。信頼できる人間は、ナンちゃんだけで充分だ」
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