第37話 カードバトル

「事情、話してみろよ。力になれるかもしれない」

「……十位圏内なのに、うちのこと、怖がらないんだな――」


「結局、十位圏内と言っても、ただ力を持っただけの、同じ人間だ。

 怖くねえよ。一番近くに十位圏内がいるしな――、ソラが、八位だし」


 だからと言って怖がらない理由にはならないだろ、とナン子は呆れた様子だ。


 それにしても、ナン子は素がそっちだとはな。五位のオセとは真逆だ。

 あっちは強気の自分を見せることで、他人を警戒させることを目的とし、ナン子の場合は仮面の方が優しい印象を抱かせる。

 抱え込みたくなるような弱さを見せていたのだ――、と分析してしまうと、おれはそれにまんまとはまったようだが、別にロリコンじゃないからな?


「うちの、お兄ちゃんがさ――ソラに話があるって」


「……? お前の仲間が、か?」


「ああ。だから二人きりにしてあげたかったんだ。

 そのためにヨートと、真緒と、分断させたかった」


「で、今頃、ソラは、その『お兄ちゃん』と二人きりだと」


「うん。でも安心して。お兄ちゃんは十位圏内じゃない、普通の能力者だから。

 ソラに危害を加えることはない――と思う、けど」


 思うけど。


 聞かされたこっちからすれば、不安しか抱けない言葉だった。


 確かに、十位圏内とそうでない能力者が戦えば、十位圏内が有利であるが、しかし有利であって、無敵ではないのだ。当然、戦ってソラが敗北する可能性だってある。


 ソラは、負ければ一発退場だ、

 十位圏内から引きずり降ろされ、能力を永久剥奪される。


 だけど普通の能力者は、残機というシステムに助けられている。

 たとえば一機を失うことを覚悟で正面突破し、能力の発動ラグを狙われたら――、

 いくら十位圏内でも、当たりどころが悪ければ、一発で敗北判定されることだってある。


 ソラは特に、大振りの能力だ。


 技と技の間の隙も多い。

 圧倒的な攻撃力を持つが、大きな隙も持ってしまっているのだ。


 一方的な戦いになる能力ではあるが、それはある程度の距離があってこそだ。

 拳銃と似たようなものだろう、

 手が届かない距離こそが最も脅威であるが、逆に言えば、懐にさえ入ってしまえば、ソラをどうにかすることはそう難しいことではない――。


 二人きり。


 ナン子の仲間の意図が分からない以上、決めつけることはできないが、同時に安心することもできなかった。


 一発退場のソラを、このまま放っておけるはずもない。


「悪い、ナン子。お前を疑っているわけじゃない――でも。

 ソラが心配だ。二人が会っている場所、教えてくれるか?」


「ダメだ。大事な話だって、マルコが言っていたから――」


 マルコ、それが仲間の名前らしい。


「……そっか。なら分かった、おれが勝手に探して」


「それもダメだ――させない。うちは、ヨートの足止めを任されてるから」


 ナン子がおれの腰にしがみつこうと――いや、違う。


 優しく、タックルをしてきて、


 瞬間、バチッ、と――まただ。


 全身が麻痺するような衝撃が、体を貫いた。


 痛みは一瞬だし、声を上げるほどではないが、体が、びりびりと麻痺してしまう。


 なんなんだ、ナン子のその、能力は……っ。


「攻撃するための能力じゃないんだ、うちのこれは――」


 剣でも銃でも拳でもない。

 そういった、傷つけることを目的としていない気がする。


 であれば、考えられるとすれば――。


 おれは試しに、さっき手に入れたアビリティカードを使ってみた。


 能力は、『剛腕―ゴウワン―』。

 黒いガントレットが、おれの右腕を包み込み、


「悪い、ナン子」

 と呟きながら、ナン子に向かって拳を突き出す――すると、


 衝突した途端に、ガントレットが一瞬にして砕けた。


 そして『磁場変換』により、ナン子を中心に、鉄を寄せ集める能力――。


 ナン子を襲うように、周囲の鉄が勢い良く飛んでくるが、

 ナン子に衝突したら、全ての鉄が――、

 彼女の周囲に、まるで壁でもあるように――弾かれていた。


 ――これが、ナン子の能力なのだ……ソラと真逆の、守ることに特化した能力。


「壁、いや……鎧の能力か!!」


 だから近づけたおれの手が弾かれ、

 鎧を着たまま突撃された時、おれは弾かれたのだ。


 痛みが一瞬なのは、盾であり、矛ではないから。


 体の麻痺は、最低限の攻撃性能なのだろう。


「うちはおまえを止めるぞ。マルコの邪魔をさせたくないからな。

 ソラのところに行きたきゃ、うちを倒してからにするんだな。――攻撃できるものなら」


 当てられるものなら。

 最強の盾を持つナン子が言うと、不可能に感じてしまうが――、


 でも、突破口は、必ずどこかにあるはずだ。


 ―― ――


 最強の盾を持つナン子――、

 その盾は無理やり攻撃に転じることもできるが、

 一定時間、体が麻痺する程度であり、威力はほぼ、ないに等しい。


 防御に特化しているからこそ、攻撃面においてはほとんど脅威を持たないのだ。


 盾にさえ気を遣っていれば、ナン子からダメージを貰うことはないと思って――、


「おまえ、これ忘れてるだろ」

「――あ」


 ナン子が取り出したのは、アビリティカードだった。


 ……そうだ、攻撃能力を持たない者のための救済措置として、誰でも手に入れることができるインスタントな能力が、あるじゃないか――。


 おれが、ユータの弾幕を使えるように。


 アビリティカードを使用することで、

 ナン子は最強の盾を持ちながらも、攻撃をすることができる――。



「ず、ずるい!!」


「ずるくないだろっ、おまえだって持ってるんだから!」


 それはそうだが、どんな能力もナン子の前では意味がない気がする……、

 全て弾かれて終わりだ――。

 全身、鎧で覆っているのであれば、地中からの攻撃も意味がないし――。


 鎧の内側に攻撃を入れることができればいいのだが、無理な話だ。


 まず、どうやって鎧を通り抜けるか、という障害を越えられないのだから。


「こないならこないでいいけど。うちはお前を足止めできればそれでいいんだし」


「……諦める気はねえよ」


「なら好きにすれば? うちの盾を貫けるものなら」


 手中にあるカード……、手札は非戦闘能力ばかりだ。

 唯一、戦闘用であるのは弾幕だが、これは真緒が喉から手が出るほどに欲しがっていたカードである。意識を失っているあいつの許可なく使うことは、できれば避けたいところだ。


 十位圏内の能力のように世界に数枚しかない、みたいな限界はないとは思うが――。


 って、待てよ、そう言えばナン子は、絶空のアビリティカードを持って……、


 いや、怪獣の肉片が散った後で、ナン子がカードを回収している場面を見たわけではない。

 つまり、まだどこかに落ちているはず――、それさえ手に入れれば――、


 しかし、それでナン子の盾を破れるのか? 

 それこそ本当に、矛盾が生じてしまうのではないか?


 どちらが上なのか。

 順位で言えば、八位のソラが持つ絶空の方が強いとは思うが……、

 相殺される、というのが、答えに近い予想だろう。


 絶空のアビリティカードがあったところで、おれがナン子の盾を破れるとは限らない。

 それでも、今ある手札でも、同じことだ。

 盾を破れる手段は、今のところない――。



「くそっ!」


 おれはカードを使用した――『煙幕』だ。

 視界を封じることを目的に使ったが、同じくおれもナン子の姿を見ることができない。

 でも、それでいい。

 今はそれで――とにかく時間が欲しかったのだ。


 考える時間を。

 そして、非戦闘用のカードだけでナン子の盾を破れる方法を――。


 考えろ。


 おれだからこそできる、おれにしかできないことを。


 この煙が晴れる前にっっ!



「こんな煙、すぐに吹き飛ばしてやる」


 黒煙の中から声。

 僅かに見えた光から、一瞬で、煙が吹き飛ばされた。


 これは、風、か……?


「『風魔』のアビリティカードだってさ」

「お前、それ、ハヤテの――」


「誰の能力かなんて、うちは知らないよ」


 ナン子の手にも、まだ数枚のカードがある。

 まだ溜め込んでいるかもしれないが――、まだ、絶空が彼女の手に渡っているわけではないらしい。もし、手にあっても使うことは躊躇われるか。簡単に人体を切断できる能力である。


「今の黒煙に紛れて逃げるかと思ったけど、まだ目の前にいたなんてな」

「…………、その手もあったな」


「単純に思いつかなかっただけ? ばーか」


 くす、と笑うナン子。


 ――どうして、おれたちは戦っている?


 そんなことを考えるほど、今のナン子は、傷ついて倒れるべき子ではないと思った。



 だけど、選ばないといけない。


 ナン子か、ソラか。


 ソラを選んだのであれば、おれは、ナン子を、傷つけることになる。


 そして、真緒にも謝らないとな――。



「また手に入れるから、許せよ、真緒」


 弾幕のアビリティカードを使用する。


 それを見てさっきとは別の笑みを見せたのは、ナン子だ。



「うちの盾を破れる能力じゃないだろ。一部を集中的に攻撃すればいいとか思ってるか? 

 そんなテキトーな無敵の盾じゃないぞ、うちの能力はっ!!」


「だろうな。外側からの衝撃には、無敵なんだろう――でも、だったら内側なら?」


 弾幕だからこそ、最大限の攻撃力を発揮する。


 閉鎖空間において反射し、大きなダメージを与える能力だ。


 そして、おれだからこそできて、おれにしかできないこと。

 おれが持ち、ナン子が持つもの。


 アビリティカードは、内容どうあれ、形は全て、同一だろう?


 サイズも同じだ。違いがあっても誤差で認識される――つまり。



 おれの『反転』が、機能する。



「おれが持つこの弾幕と、お前が持つカードを、入れ替える」


 弾幕は、使用しておく。

 その上でカードが入れ替われば、あとは分かるだろ?



「弾幕は、お前の鎧の中で飛び交うはずだっっ!!」



 鎧が破壊されなくとも、

 内側にいるナン子は、その弾幕をまともに喰らうはずだ。

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