第34話 新旧、顔合わせ

 当時のあたしたちには名字がまだなかった――、

 施設に引き取られた時に、あたしたちは名前を変え、

 以前の自分とは違うのだと区切りをつけた。


 あたしは、空、と。


 同時期に入った少年は、明人、と。


 そして、もう一人は――疾風はやて、と名付けられた。


 ―― ――


「……まだあったのね、明空院――」

「君の噂はよく聞くよ。創設してから初めて、歪まなかった善人だと」


「…………」

「まあ、そんな評価をされて不満な気持ちは分かるけどね」


 城島マルコ、と名乗ったわよね。

 こいつ、なにが目的なのかしら……。


 わざわざあたしを引き止めて、思い出話? でも、あたしと彼が一緒に施設にいた時代はない。年齢こそ近いとは思うけど、引き取られた時期が違うのだろう……、

 だから積もる話なんてないはずだ。同じ施設とは言え、あたしがいた時と彼がいる今とは、当然ながら環境は違うわけなのだから。


「で、なによ」

「どうして君は復讐しないのかな?」


 直球でぶつけてきた質問。

 まあ、あたしのことを知っているってことは、全部を聞いたってわけでしょうし――、


 あたしは、逃げるように里親を見つけ、明空院を卒業した。

 今の七夕家を、新しい居場所とした――過去の家を忘れるように。


 名前を変えなかったのは、

 やっぱりあたしのアイデンティティは明空院で作られたものだったからか――。


 ソラ、という名の前は……もう覚えていない。


「……それを、どうしてあんたに言わなければいけないの?」


「強制じゃないよ。単純な疑問だったんだよ――、もう一人の生きている方は、復讐をすると決め、歪んだらしいからね。今の院長は後悔していたよ――彼を手離してしまったことを」


「…………」

「仲良し三人組だったそうだね」



 あたし、明人、疾風――。

 毎日毎日、飽きずに遊んでいた。


 もう、家族というか、姉弟きょうだいみたいなものだった……。

 あたしたちと、そして、先生と――。


 黒く塗り潰された思い出だ。



「信頼していた先生は、実は明空院に潜り込んでいた、盗人だった――とはね」


 大犯罪者ではなかったとは言え、だからと言ってじゃあ良かった、とは言えない。

 実際に、彼女は子供を一人、殺しているわけだから。


 ――狙いはどうあれ、結果的に、彼女は殺したのだ――あたしを庇った、疾風を。


 そして、彼女は捕まっていない。


「この世界のどこかで、犯人はまだ逃亡中だと思うよ」

「……で? あたしにそいつを殺せって、けしかけているの?」


「そんなつもりはないよ。だから純粋な疑問だっただけだよ――、もう一人の方は、復讐心に憑りつかれているのに――君の方が目の前で殺されている分、復讐に燃えそうなのに、

 どうして切り替えることができたのかなって」



「区切ったのかい? 引き取られる時のように」


「友情の輪を、なかったことにしたのかい?

 大切なものを、捨てて出ていったのかい? だから君は、彼の死を――」




「――うるっさいわねッッ!!」


 知ったような口を利かないでよっ!

 あたしだって……あたし、だってっっ――!!


「今でも、思い出せば先生をぶっ殺してやりたいって、思うわよ……っ」


「わお、知る人が聞けば驚くセリフだ。善人の君が、人を殺す、って言うなんてね。

 君は救う側であり、壊す側ではないはずだけど」


「あたしの表面ばかり見ているからそう誤解するのよ。見なさいよ、あたしの能力。これ、個性や才能、素質とか言われているけど、じゃああたしは破壊に特化しているってことでしょ。

 自分以外を壊すことに、向いているのよ――」


「かもね」


 彼は否定をしない。それが気持ち良かった。


「信頼されるのが怖い?」

「…………」


「するのが怖いのかな。また、裏切られるから」

「だから、あんたにあたしのなにが分かる」


「君は光に見えて、真っ暗な闇だよね。危ういシーソーゲームを繰り返している……いや、もうほとんど傾いているんじゃないかな。君の隣にいる誰かさんのせいで」


「ヨートの、こと?」

「すぐ名前が出るってことは、自覚しているのかな」


「あたしの隣にいる仲間は、ヨートしかいないでしょ」


 ヨートに裏切られるのが怖い。

 ヨートに、失望されるのが怖い。


 あたしは、光でいることを、強いられている――そんなストレスがあった。


 ヨートはなにも悪くない……でも。

 彼があたしを見て真似た善性は、もうあたしの手を離れてしまっている。


 彼に自覚がないだけで、あれはもう、ヨートから生まれた、ヨートが持つ光なのだ。


「彼がいるから復讐できない? せっかく、殺しが罪にならない世界になったのに、あんな厄介なお荷物を抱えてしまって、ブレーキがかかってしまっている?」


「別に、ヨートがいなくても、あたしは復讐なんて――」


「どうかな。彼がいるから首の皮一枚で繋がっているだけで、君はいつ復讐に傾いてもおかしくはなかったと思うよ。力があれば、人は歪む――実例をたくさん見てきたんだから」


 最たるものが、明人、だと言う。


「今は殿ヶ谷アギト、と名乗っているそうだね。第二位の十位圏内。

 実際に会ったことはないけど、世界が変わる以前から、変わった後も行動に一貫性がある。復讐を果たすことだ。彼にとって好都合だったのは、力を得たことだよ。以前の世界でも、彼は頭のネジが外れていたそうでね、行動はするけど、武器が足りなかった――。

 彼は今、その足りない武器を手に入れた状態なんだ」


 ナイフよりも、銃よりも確実に相手を殺す武器――能力。


 しかも、第二位の、だ。


「立場は君と同じ。なのにどうして君だけは、復讐をしない? 一道ヨートというブレーキでなければ、なにが理由なのかな? 僕は、明空院で君たちの昔話を聞いた時からずっと疑問だったんだ――気持ち悪いくらいにモヤモヤしてね。だから、教えてほしい――」


 その理性はどこからくるんだ、と。

 彼の金色の前髪の隙間から、青い瞳があたしを射貫く。


 そんなの――、


 一つしか、ないわよ。


「『ソラは幸せになってね――』って、ハヤテが残した言葉だから」


 ―― ――


 おれたちは闘技場へ辿り着いた。


 中に入ると、多くの人間で賑わっている――、

 さて、この中にどれだけの『人間』がいるのやら。


 中央のステージには、鎖で繋がれている、怪獣がいた。大きな熊と、豹だ。大きさは実際の動物よりも一回りもでかい。人間が丸飲みされそうな口を大きく開けて吠えている。


 なるほど、ステージ上で戦わせ、どちらが勝つのかおれたちが賭けるわけか……。


 倍率は、豹の方が高いらしい。

 どっちも強そうに見えるけど、やはり怪獣の中にもランクはあるようだ。


「せんぱい、どっちに賭けますか!?」


「いや、一度、様子を見よう。システム周りもまだ分かってないしな」


 最低賭け金額が一万なのだ、試しに賭けてみよう、と思うには抵抗がある金額だ。

 こっちは中学生だぞ? お年玉で貰ったら大喜びする金額をそうぽんぽんと出せるか。


「でも、当たればお年玉十年分以上は貰えますけどね」

「……っ、誘惑に、勝て……ッ、おれ!!」


 当たれば、だ。

 はずれたら全てを失う。そう考えれば、誘惑に勝つことができた。


「とりあえず、この戦いは観戦するだけにしようぜ。賭けとか関係なく、純粋に見てみたいんだ――マジなのかエンタメなのか、見極められたら、見極めたい」


「? ああ、八百長ですか」


「そう。最初から勝ち負けが決まっているなら、たぶん、法則があるだろうし。

 次の試合でどっちが勝つのか、決めるサインがこの試合に隠されているかもしれない」


 まあ、なんの確証もない知識だが。

 漫画に影響され過ぎかもしれないな――。


「一理ありますね。大きなお金が動く試合です、運営側が操作しないのもおかしな話です」


 まあ、経営が傾くかどうかは考えていないだろうけどな。どうせ支配者が作ったサブミッションだろう。遊び心に満ちたイベント――、イカサマはなしなのかもしれないが――、


 ともかく、脇道に逸れたけど、純粋に楽しむのもありだろう。



「……イベント」

「ん、ナン子?」


 ナン子がガラスに張り付くように、ステージを見下ろしていた。まるでショーケースの中のぬいぐるみを欲しがる子供みたいだが、彼女の表情には懸念があった。


 先を読む、という鋭さで言えば、おれと真緒よりも、この子の方が勘が良い。


「ヨートたちがここに辿り着いたことで、イベントが始まったりする、かも……」

「ああ、イベントが今から始まるんだろ、ほら、闘技場で怪獣同士が――」


「じゃなくて。イベント、って言い方が分かりにくいなら、トラブル」


 トラブル。

 それはたとえば、勇者一向が町に辿り着いたら、

 決まって魔物が悪さをし始めるとかそういうお約束の……?



「うん。勘違いならそれでいいけど、もしもそうだったら――、

 このまま闘技場で試合が始まるとは思えないよ」



 そして、そのナン子の危惧は当たり――、がちん、と。


 繋がれていた豹を拘束する鎖が、弾き飛んでいた。

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