第33話 森の中のフリーマーケット
通路を抜けると、そこは外だった――。
え、でもダンジョンから脱出できたわけじゃないよな?
ダンジョン内にある、青い空――自然。
木々に囲まれ緑色がおれたちを囲んでいた。
そして緩やかな坂道を見下ろすと、広がっているのは村だった。
そこには、正方形のシートを広げ、小さなお店が敷き詰められている。
いらなくなったモノを安い値段で売っているのだろう――、
気になったのは店ではなく、店主の方だ。
白い体毛、長い腕と短足、過剰な猫背。
顔が真っ赤なそれは人ではなく、猿だ――。
ダンジョン内部で出会ったあの怪獣と、同じ……っ。
「まさか、あいつらの巣……っ!?」
「あの人たちに聞いてみようよ」
「待っ、ナン子っ、あいつらは――」
引き止めるおれの腕が、ナン子に届くことはなく、
おれの裾を掴んでいるのは、真緒だった。
おれが止まっている間に、ナン子が坂道を下っていってしまう。
「体毛の色が違います。それで判断しているわけではありませんけど……、
あの猿とさっきの猿は、別種なのではないですか?」
「それは、そうかもしれないが……」
「ひとまず様子を見ましょう。わたしたちに気づいている猿がいますけど、襲ってくる気配も、警戒している様子もありませんし。
情報収集のためだけに用意されたギミックかもしれません」
黒い方が戦闘用だとしたら、白い方は情報収集用だって?
それを否定する材料は、おれの手にはないが……。
「……分かった、話してみないと分からないからな」
でも、果たして会話ができるのだろうか。
―― ――
――できた。
白い猿は、おれたちの言葉が分かるらしい。
「残念だが、知らねェなあ。
その、能力を奪う能力者――なんて、聞いたこともねェ」
「能力が奪われる事態に関しては」
「そっちもだ。能力が奪われる、なんてこと聞いたこともねェ」
シートの上であぐらをかく白い猿は、態度こそ店主らしくはないが、おれたちも客ではないのだ、態度が多少雑でも文句は言えない。
「望んだ情報を渡せなくて悪いな。良ければオレの自慢のアイテム、安くしておくぜ」
「安くしておくって、元から高いじゃんか……」
用途がさっぱり分からない彫刻やら、冷房のリモコンのような形をした端末、どこにはまるのか分からない鍵など、フリーマーケットらしい品揃えだ。
店のコンセプトが分からない。まあ、不要なモノを売っているだけなのだろうが……、
しかもこれら一品一品が数万円もするのだ、買う気が起きないラインナップだ。
「持っておけば、後々役に立つかもだぜ? 後で必要になって買いに戻ってくるのもしんどいだろ? その時に都合良くこの場にこれるかも怪しいしな。
今、買っておいた方がいいかもなあ。お安くしておくぜ」
「強かな店主だなあ――」
黒い猿より、違う意味で怖い。
それにしても、値段だ……一万『円』じゃない。『券』なのだ。
ここで使える独自の通貨なのだろう。
「ああ、よく持ってるやつがいるな、『円』を。残念だがここじゃあ使えねェんだ。
円を券に切り替えるなら、向こうに見える闘技場が手っ取り早いぜ」
「闘技場?」
「おう、ついでにそこで賭けでもして、増やしておくのも得だぜ、と言っておく。まあ純粋に怪獣同士の戦いを、エンタメとして見るのでもいいが、どうせなら賭けで一喜一憂してェんじゃねェか? 面白い方が得だろ」
確かにそこで増やせれば、フリーマーケット内の、今後使うかもしれないアイテムを厳選して買うこともできるが、当然、負ければ一文無しになる場合もある。
さすがに賭け事で一文無しになったおれたちを助けて養ってくれる支配者ではないだろう……、仕方のない金欠であれば、補助してくれるだろうけど、自業自得による金欠は見捨てられるはずだ。
リスクはある。それでもやはり、気になっているのは、並んでいる中の一つの、鍵だ。
あれ、絶対あとで重要になりそうな気がするんだよなあ……。
「でも、たかが鍵に六万も――」
「あり得ないですよ、こんな鍵、なにに使うかも分からないのに。バカですか」
真緒は冷静だった。これ、ユータが言っていたとしたら、こいつはなんとしてでも鍵を手に入れようとするんだろうなあ、と思ってしまう。素直で、そっちの方が気持ち良いけどさ。
「でもさ、闘技場に興味はあるな。覗くだけでもいいからいってみようぜ」
「そうやって……、男の人は賭けごとが好きですよねえ。あのですね、逆転して大金持ちになるよりも、地道に積み重ねた方が確実で安全なんですよ。
面白いつまらないではなく、お金を貯める一番の近道は、結局のところ、堅実ですから」
「おっと、そう言えば」
おれにくどくどと説教をしていた真緒が、切れ気味に「なんですか」と店主を睨む。
「金を積めば口が軽くなるやつもいる。覚えておくといい――、
オレはさっきお前らの質問に『知らない』と答えたが、
金次第じゃあ、返答は変わるぜ――」
え、それって……。
情報を、売り買いしているってことじゃ――、
「せんぱい、闘技場で一発逆転っ、稼ぎますよっっ!!」
「変わり身が早ぇよ!!」
情報の取り置きをお願いしますっ、と真緒が店主に伝える。
その後、張り切る真緒に引っ張られるまま、おれは闘技場へ向かうことになり――、
「待て待てっ、ナン子とソラを置いていく気かっ」
ナン子はお店に並ぶぬいぐるみを見ていた。……欲しいのか、と聞くのは野暮か。
もしも稼げたら、買ってやってもいいかもしれない。
なんというか、年相応にぬいぐるみを欲しがるナン子は、癒しである――。
「ナン子、移動するぞ」
「うんっ」
「ソラは――」
周囲を見るが、ソラらしき人影はなく――、
探そうとしたが、意外と人が多くて見つけられない。
ほとんどがNPCだとは思うが……、
聞き込みをしてお金を要求されたらバカらしいな。
ソラもおれたちを探しているだろうし、恐らく、闘技場の存在を知れば、間違いなくおれたちがそこへいったと予想できるだろう。
闘技場にいれば、後からソラと合流できる気がする……、
ソラの推理力に期待して、ここは別行動を取ることにしよう。
もしかしたら、ソラもソラで、手離せない状況にいるのかもしれない。
それに、十位圏内だ。たとえ危機だったとしても、ソラなら乗り越えられるはず――。
「ソラはいいのか?」
「まあ、大丈夫だろ。一応、伝言だけ伝えておくか――」
店主に伝言を残す(金を取られそうになったが、これくらいいいじゃないか、と押し通してなんとか無料で伝言を頼むことができた。稼げたらここで買い物をすることを条件に出されたので、本当の無料ではなかったが、それくらいなら安いものだった)。
森の中のフリーマーケット。
そこから出て、まるで砂漠のように広がる砂を踏みしめ、遠くにぽつんと見える闘技場へ向かう。幸い、現実の砂漠ほど暑くはない。
気温もちょうど良く、風がある。過ごしやすい環境だった。
「せんぱい、絶対に稼ぎますよ!」
「気合入り過ぎだ。そういうやつが大損するんだよ」
特に、欲望しか見えていないやつとかな。
―― ――
「あれ、ヨート?」
森から出ようとするヨートたちの背中が見えた。
商品を物色している内に、離れてしまっていたらしい。
あたしを置いていくの? と少し寂しくなったけど、遠出するわけじゃないって意識があれば、あたしを置いていく可能性も、なくはない……けど。
なんだか、真緒ちゃんと一緒になってから、ヨートがあたしに冷たい気がする……しかももう一人、あの子が増えてからさらにあたしの優先度が下がってない? いいんだけど、文句はないんだけどさあっ。面倒くさい女って思われたくないしっ!
だからと言って、じゃあ別行動を取る理由にはならないわけで。
すぐにヨートたちを追いかける。
大した距離ではないので、走ればすぐに追いつけると思う――、
「少しいいかな」
と、視線の先に立ち塞がったのは、少年だった。
同年代か、一つ下か……、整った顔立ちの、金髪の男――。
ネクタイを締めた、清潔感がある服装だから、怪しい感じはしないけど……。
でも、胡散臭さはある。
ナンパ? 悪いけど、あたし、今からいかなくちゃいけないところがあるの。
NPCかと思ったけど、あたしを足止めをする役目を持つって、限定的過ぎると思った。
だから、このダンジョンにいる、参加者だろう。
「どいて。二度目は言わないわよ」
「止まってくれないと困るんだ。こんな機会はそうそうないからね――、
君とお話をしたかったんだよ――七夕ソラさん」
「二度目はないと言ったけど?」
あたしを知っているなら、能力のことも知っていると見るべきね。
となれば、絶空のことも当然、把握しているはず。
であれば、小太刀型の木刀を取り出すだけで、脅しになる。
しかし彼は、両手を上げるだけで怯えがなかった。
あたしが、結局のところ手を出さないことを読んでいるのかしら。
死なない程度に攻撃することはあるわよ?
「止まってくれないなら、手っ取り早く用件を言った方が早いかな」
「なに」
用件があるならさっさと言いなさいよ。
「――
「……、――っ!?」
「初めまして、僕は
現在の明空院の在籍者と言えば、止まってくれるかな?
元明空院・在籍者の、七夕ソラさん?」
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