第32話 残機1
水面から顔を出したのは、ランドセルが似合いそうな小さな女の子だった。
紫色の髪を、左右で縛った髪型をしている。
水に落ちたのだから当たり前だが、着ていた衣服はぴったりと肌に張り付いてしまっていた。
少し大きめのサイズの服だ――、
メンズだったりするのかもな。
ということは、この子の保護者、もしくは兄貴が近くにいるのかもしれない。
「げほっ、ごほっ」
「大丈夫か?」
小さいとは言え、足が底につくほどの深さしかない。溺れることはないだろう、とは思ったが、まあ、黙って上がってくるのを見ているのも、居心地が悪い。
だったら、一度濡れているのだから、また水に入ることに抵抗はなかった。
手を伸ばすと、反射的に、女の子がおれの手を取ってくれた。
「うわー、せんぱい、女の子だと分かった途端に一目散に助けにいきましたよ」
「……真緒ちゃんと仲良いから、もしかしてと思っていたけど……え、ロリコンなの?」
「ソラせんぱい、それはわたしがロリだと言っています? どこ見て言ってます?」
真緒に詰め寄られたソラが、あたふたと身を引いていた。なにしてんだお前らは。
女の子の手を引き、陸地まで誘導する。
過保護過ぎか……?
でも女の子もおれの手を必要以上にぎゅっと握ってくれているし……、
不安なのかもしれない。
頼られていながら途中で手を離すのは裏切っているのとなにが違うんだ?
「おかえりなさい、ロリコンせんぱい」
「ロリコンじゃねえ」
女の子と手を繋いでいる時に言うんじゃねえよ。
「うげえ」
と、女の子が苦虫を噛み潰したような表情を――ほらもう!
誤解されてるじゃないか!
「おれはっ、ロリコンじゃない!」
否定したところで信用されないことは分かっているので、すぐさま女の子を真緒に託す。
女の子が、え、とおれを見たけど……ん? 警戒しているんじゃないのか?
「ほら、おれはこれ以上、近づかないから、その二人――お姉ちゃんに事情を話してみろ」
「……おま――、お兄さんも、くればいい」
今、おまえって言いかけなかったか?
「だって怖いだろ。だからあんな表情をしてたんじゃ――」
「お兄さんはロリコンなの?」
「違うっ、ロリコンじゃない!」
「だったら、一緒に――、まだ、お礼だって言えてないし……」
強くは誘ってこないが、おれがいかないことに不安を抱いている様子だった。
……まあ、助けたのはおれだしな。責任は、最後まで持つべきか。
「せんぱいって、ほんと、よく懐かれますよねえ」
女の子とおれを見比べながら、くすくす、と笑っている後輩。
たぶん、外から見ればお前もそう見られていると思うぞ。
実際はどうあれ、困ったから助けてくださいとおれに頼むくらいなんだから。
―― ――
「ねえ、あなたのお名前は?」
ソラが屈んで、女の子に訊ねた。
目線を合わせる、という気を遣えるのは、ソラらしい。
おれと真緒は、そういう配慮は一切、思いつかなかったからな。
「
「あたしはソラ。で、そっちの子が真緒ちゃん。で、ヨートよ」
「ソラ。真緒、ヨート――」
「むっ、どうして呼び捨てなのですか、年下のくせに」
「年上に見られてないんじゃねえの?」
この子と大して年齢差もなさそうだし。
「制服を着たことがあるかどうかで、色気が変わってきます。わたしは大人ですよ!?」
「大人、ね……」
笑いをこらえたつもりだったが、漏れていたようだ。
「バカにしてっ!!」
弱々しい右拳がおれの胸に当たった。全然、痛くねえ。
「いいだろ、呼び捨てにされてもさ。距離が近いって証明だと思うけど」
「じゃあ、ヨート――むぎゅっ」
反射的に、おれは真緒の両頬を片手で掴んでいた。
ぎゅむ、と真ん中に寄った頬のせいで、唇が飛び出ている。
「――呼び捨てにすんな」
「お、怒ってるじゃないですかあ!」
「お前はダメだ……なんか、腹が立つし」
理不尽っ、という抗議は受け付けない。
ひとしきり真緒で遊んだ後、両頬を解放してやる。
満足だ……。
「傷物にされました……ユータせんぱいの、ものなのに……」
「ユータなら許してくれる、大丈夫だ」
「弾幕でボコボコにされてしまえばいい」
正直、弾幕に関してはトラウマに近いので、あまりされたくはない。
……大丈夫だよな、ユータなら笑って許してくれると思うけど……。
そうこうしている間に、
ソラが女の子――ナン子から事情を聞いていてくれたらしい。
つまり、こうだ。
「お兄ちゃんとはぐれちゃったんだ……だから、助けて」
ん、了解した。
―― ――
「ねえ、ヨート」
「ん?」
さっきの場所から移動しているおれたち四人。先行するのは、ナン子と真緒だ。
ナン子がどうやらある程度はこのダンジョンに詳しいらしく、案内してくれている。
まあ、さっきから何度も行き止まりに当たっているため、ナビとしては優秀ではないが。
そんな移動中に、ソラがこそっと、おれに耳打ちをしてきたのだ。
「あの子がどこのクランなのか、聞いておくべきじゃないの?」
「んー、いや、いいだろ。どこのクランでもどうせはぐれた親――じゃないか、兄貴か。
と合流させることに変わりないし。ここであの子を疑って、信用を失うのも嫌だしな」
「でも――」
「いいよ、どこだって。大抵が四位じゃないのか? あ……でも確か、子供は三位を支持しているって聞いたことがあるな……三位のクランなのかもな」
とにかくナン子がどこのクランなのか、今から聞く気はないことを伝えると、ソラも納得してくれたようだ。どちらかと言えば言っても無駄、というような諦めの雰囲気ではあったが――、
結果は同じ。
「覚悟はしていたから、いいけどね」
「……悪いな」
「謝るなら聞きなさいよ、まったく」
言いながらも、ふふ、と笑ってくれた。
「あっ、あった!」
と、ナン子が前方を指差した。
そこにあったのは、券売機のような――、機械、なのか?
それっぽくはないが、黄土色の機体の中央には、手の平を乗せる用の枠がある。
その周囲は小さいが、画面だろう。
『手の平を置いてください』と、細い画面の中を、時計回りにぐるぐると文字が回っている。
「なんだこれ」
「残機がもらえるんだ」
と、ナン子が説明してくれた。
一台につき、一機、能力者に与えてくれるらしい。
当然、十位圏内は貰えず、一度この機体から残機を貰った能力者も貰うことができない――、
エラー表示が出てしまうのだ。
試しにナン子が実演してみせてくれた。
一度受け取っているらしいナン子は、脇の画面が真っ赤に染まる、エラー表示が出ていた。
「やり方は分かるよね? ここに、手をこう――」
「それくらい分かるって。……手、洗った方がいいのかな?」
「洗えるならその方がいいと思うけど――、
水は? タオルは? ないならそのままでもいいと思うよ」
きっぱりと「できる」と言った後に、色々と不安要素が出てくるものだ。
躊躇うおれの脇から、えい、と真緒が手を伸ばし、
機械に手を置く。
すると、脇の画面が青く染まり、補給中、とのアナウンスが出た。
そして、画面が白くなる。
その後、『残機1』という表示が出た。
「これで、わたしは一回負けても脱落はしないってことですよね」
「そういうことだよな……?」
「でも死んだら生き返れないよ?」
ナン子が怖いことを言う。いやまあ、そりゃそうなんだけど……。
あくまでも、残機が適応されるのは気絶までだ。
とりあえず、これでおれの目的は達成された――、
アビリティ・カードも手に入れたし、あとは――、
「ユータせんぱいの能力を奪った犯人の情報を探すだけです!」
情報、ねえ。でも狭い通路ばかりで、情報なんてどこにも――あ。
「ナン子、知ってたりするか?」
「知らない」
食い気味で言われた。
だけど、――でも、とナン子の言葉はまだ続く。
「この先に、村があるよ。そこで聞けば分かるかも」
「村?」
「うん、この通路の先だと思う――今度はたぶん、合ってると思うから!」
そのセリフを何度も聞いて、何度も行き止まりに当たった側からすると、信用できないセリフだった。だが――、ナン子のナビもなくおれたちだけで進んでも、どうせ辿り着けないだろうし(相当な運がないと迷ったままぐるぐると回っていそうだ)、
ここは名誉挽回の気持ちも込めて、ナン子に頼ってみよう。
―― ――
先に進むヨートたちを追いかける前に、試しにあたしも機体に手を置いてみる。
当然、脇の画面は真っ赤に染まり、エラー表示が出た。
十位圏内だから、残機が貰えないことは分かっていたから、当然だけど……、気になるのは、既に残機を貰った能力者と十位圏内が置いた後に出るエラー表示が同じかどうか、だ。
細かいことかもしれない。エラー表示は、そのままエラーである全てのケースに当てはまり、この画面が出るのかもしれないけど――もしも。
エラーの内容によって、個別に表示が決まっていたとしたら。
あたしのエラーとあの子のエラーが同じ画面だったのは、もしかして、だけど……。
「まさか、ね」
「おーい、ソラ。早くこないと置いていくぞー?」
ヨートの声に誘われて、あたしは懸念を振り払って、ダンジョン内部を進む。
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