第31話 vs潜む怪獣
猿の手の平から、球体型の衝撃波が撃ち出された――真下に、だ。
叩きつけるように真下へ飛んだ衝撃波が水面を衝突し、高い水飛沫を上げる。
まるで水のカーテンのように、視界が塞がれた。
そのカーテンが下りた時にはもう、猿たちは壁を伝って移動していた。
「囲まれた……ッ」
ユータの弾幕を持つ猿は、その能力のトリガーの仕様上、すぐに分かるが、他の猿たちはまだ持つ能力のことを把握していない。
誰がどんな能力を持っているのか。
それが分からなければ対処ができない……っ。
もしも弾幕の能力を知らず、開始一発目に衝撃波を頭に喰らっていたら、それで終わりだった――、その危険性はもちろん、他の能力にも当てはまる。
初見殺しの能力を発動されたら、どうしようもない――。
姿勢を低くした猿が、素早い動きで近づいてくる。
くっ、こいつは、どんな能りょ、
「――うぐっ!?」
おれの腹部に突き刺さっているのは、黒い体毛に覆われた、猿の腕。
握られた拳が、全力でおれの
肉弾、戦、だと……?
こいつ、能力を、使っていない……?
腕を引き抜いた猿が、今度はくるんと横に回転し、かかとをおれに顎にヒットさせる。
ぐわん、とバランスが崩れる。しばらく、どっちが地面で天井なのか、分からなかった。
「せんぱい!?」
真緒の悲鳴。
――くそ、おれは、バカだ。そうだ、当たり前のことじゃないか――ッ。
能力を持っているからと言って、じゃあ能力を使うとは限らない。
おれだって、おれでなくとも能力者であれば誰だって。
能力とそれ以外の戦法で戦うのが普通だろう。
駆け引き、なのだ。
能力を使うのか、使わずに戦うのか。
そういう当たり前の戦法があることを、おれは今だけ、なぜ抜け落ちてしまったのか……。
相手が猿だからか? 怪獣だからか――支配者が用意した作り物だからか?
だったら尚更、警戒するべきだったのに――。
おれはあいつらを、心の中では下に見ていたというわけか。
「足をすくわれたな……」
この油断で死ななかったのは運が良かった。
生きていれば、まだやり直せる。対処ができる。
『げら、げrげrげrげrげげrrrrrr』
奇声を発し出した猿たち……笑っているのか?
それとも意思疎通をしているのか。
これが会話だったとして、おれには解読できない。
「せんぱい、あの猿たちにバカにされてますよ?」
「え、あいつらの会話――そうか分かるのか……」
真緒が持つ、遮音の能力のおかげか。
「なんて言ってる?」
「一番弱いのはあの男だ、ですって」
「おれ狙いかよ! ――いや、でも好都合か?」
囮になれるってことじゃないか。
おれに集まっている内に、ソラが絶空で処理してくれれば――、
「警戒されてるわね」
小太刀を構えたソラは、絶空を使えていなかった。使えないこともないが、高い攻撃力の代わりにかなりの大振りになる。身軽な猿は絶空を悠々と避けてしまうのだ。
絶空を放った後のソラは、二度目の絶空を放つことができない。
つまり、無防備になる。
だからなかなか、絶空を撃つことができないでいた。
「ならやっぱり、おれが囮になって――」
「ヨートを巻き込んじゃったら意味ないでしょ!」
それは――、もちろんお互いに気を付けはするものの、しかし能力の性質上、間違えちゃった、がそのまま死へ直結するものだ。
ソラも容易には撃てないだろう……。
精神的なハードルが高過ぎる。
「じゃあどうすれば……」
「あ、でも、数匹はさっき倒したのよ。たぶん、倒した猿が持っていた能力なんだと思うけど――アビリティ・カードが、そこに落ちているはず」
ソラの言う通り、猿たちの足下に、きらり、と光る長方形のカードがあった。
アビリティ・カード。
他人の能力を使うことができる――ただ、能力の全てを使うことはできないし、何度も使える代物ではないらしい。カードが砕ければ、効力は発揮されない。
それでも、実戦向きではないおれや真緒、そして絶空を封じられたソラからすれば、あって困ることはないアイテムだ。
落ちているそれは回収したいが、しかし猿たちの足下にある……、
あれを取りにいくための能力が欲しいところだった。
「せんぱい、わたしがあの猿たちを引き付けるので、その間に回収をお願いします!」
「あ、こらっ!」
真緒が「げらら」と呟いた。あいつらの言葉を読解したのかもしれない……、
聞いた猿たちが真緒に視線を向けた。どんなことを言ったんだ、真緒のやつ……。
ともかくおれを意識する猿はいなくなった。
今の内にアビリティ・カードの回収だ。
落ちているカードを拾う……二、三枚か。
その中に、期待してはいなかったが、やはりユータの弾幕はなかった。
「よし、回収したぞ真緒――」
振り向けば、
真緒は猿たちに組み伏せられ、衣服を剥かれる直前だった。
「ユータせんぱいが、先、なのに……ッ」
真緒の頭が猿の大きな手の平で押さえつけられた。
口が地面と密着し、喋ることもできない――。
痛みで歪む表情、半分ほど閉じたまぶたの中から見える潤んだ瞳。
目尻に溜まった涙を見て――おれの中でぶちんと、切れた。
「ヨートっ、後ろ!!」
別の猿がおれの背後にいたらしい。
肩をがしっと掴まれ――しかしどうでも良かった。
それに、助かった。お前がそこにいてくれて。
真緒の頭を掴む猿の笑みは、さっき見た笑みと同じだった。
ユータの弾幕を持つ、あの猿――、
「お前は、こっちだ」
確証なんてなかった。
だけど、おれは通用するものだと勝手に結論付けていた。
そう、能力が――『反転』が。
お前は生物じゃない、支配者が用意した、『ギミック』だろ。
だったら、おれの反転は通用するはずなのだ。
同程度の大きさのものを、その場で入れ替える能力――、
お前たちは、個性こそあれど、種は同じ。体格に差はなく、であれば重さも身長も同程度であると言えるだろ――、なら、反転の条件範囲内だ。
おれの背後にいるやつと、真緒の頭を押さえているやつを、入れ替える。
ふっ、と、視界が変わったことに戸惑う猿が、おれを見てきょとんとしている――、
その顔に。
おれは握り締めた拳を叩きつけた。
ごぎぃッッ、という鼻っ柱が折れた音、感触。
地面を滑る猿は、瞳を濡らしながらおれを睨みつけている――。
「真緒に気安く触ってんじゃねえ」
「せんぱい……」
「真緒を守れなかったら、ユータに合わせる顔がねえんだよ!!」
「真緒ちゃん、伏せて」
真緒が伏せたと同時、真緒の目の前にいた猿が、両断された。
絶空。
ソラの能力が、場を席巻し始めた。
「怖がっていたら、守れるものも守れないわよね。失敗を恐れていたら、なにも成し遂げられないわよね……。間違って当たったらどうしよう、じゃないわ――当てない。
味方に当てないことを意識すれば、そう難しいことじゃないわ」
猿たちが初めて、怯えを見せた。
げらら、と笑う猿はいなかった――、
「ユータの弾幕は、ユータが使ってこそだ。
お前らじゃあ、ただの、猿真似でしかねえよ――」
ソラの絶空により、ほとんどの猿を撃破することに成功した――。
地面に散らばったアビリティ・カードを回収していく。
十数枚も手に入れることができた。
「あとはこいつだけだな――」
ユータの弾幕を持つ、猿だ。
「せんぱい」
真緒の声に、なにも聞かず、おう、とだけ答えて、ここは譲る。
真緒も、アビリティ・カードをいくつか手に入れたのだ――、
遮音だけでは撃破できなくとも、カードを使えば簡単に……。
そして、小さな悲鳴と共に、最後の猿が姿を消した。
その姿を、アビリティ・カードに変えて。
「ユータせんぱいの……」
真緒がカードをぎゅっと抱きしめる。
別に、ユータが使える能力であって、それがユータであるわけではないのだが……。
「いいんです、水を差さないでくださいよ」
はいはい。
満足感に浸っている真緒は放っておき――やっと一段落だ、と思った途端だった。
後ろ、水面に、どぼんっ、と落下してきたものがあった。
おれたち三人が、一斉に音の正体へ目を向ける――。
張り詰めた緊張感が、やがて弛緩した。
見えたのは、女の子だった。
ランドセルが似合いそうな、小さな――。
後に、彼女はこう言うのだった。
「お兄ちゃんとはぐれちゃったんだ……だから、助けて」
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