第30話 奥で出会う黒い奴ら

 坂道を滑り、落下した場所には明かりがあった。

 真っ暗闇だったのは、単純に地下の光が地上まで届いていなかっただけらしい……、

 それだけ、距離があったということ――、


 これ、地上に戻れるのか……?


「とりあえず、お前ら下りろ」

「進んで下敷きになるとは――やっぱり尻に敷かれていますね、せんぱい」


「誰が進んでなるかっ。ソラはともかく、お前に敷かれてやるもんか!」

「あたしはいいんだね……?」


 一足早くおれの上から降りていたソラが、周囲を観察する。

 狭い通路に、等間隔にランプが設置されている。

 前に後ろに道が続いている――、一本道だった。


 そしてその先はここからでは見えない。

 進む方向が二つあるが、さてどちらかが当たりではずれ、でないことを祈るばかりだな……、

 どっちの道もどこかに続いていればいいのだけど――、


「よし、おれたちは前に進むから、真緒は後ろな」

「せんぱいは一人で前に進んでください。ソラせんぱいはこっちです」


 真緒がソラの腕にしがみついた。そしてぐいっと引き寄せる。


「ふざけんな、ソラがいなかったらおれ、死ぬ自信があるぞ! 

 襲われたら反転の能力じゃ対抗できねえんだからさ!」


「そんなのわたしも同じですよ、遮音でどうやって敵を倒せって言うんですかっ!」


 真緒に奪われないように、ソラの手首を掴んで引っ張る。

 するとおれが引いた力の分、真緒がまたソラを引き寄せた――こいつっ!


「ソラはこっちだ!」

「わたしの方です!」


「ねえ、あたしの意見は……?」


 くすぐったそうな表情を浮かべるソラは、案外、頼られているこの状況が気持ち良いのかもしれない――それでも、それに浸るばかりではなかった。


 おれか真緒か、もちろん、叱るとしたらおれだった――。


「ヨート、あんたの方が年上なんだから、対抗心を燃やさないの」


「でもさ、ソラが取られたらおれ、命の問題に関わるんだが……」


「二手に別れる必要、ある? 三人でいけばいいでしょう? 進んで、行き止まりだったら戻って、別の道に進めばいいだけなんだから。急ぐ理由でもあるの?」


「いや……」

「じゃあ三人で進む、決まりね」


 ソラが、「真緒ちゃんもね」と微笑むが、


「…………」


 真緒はむすっと不満そうだった。


「真緒ちゃん、置いていこうか?」

「っ、ついていきますっ!!」


 真緒がびしっと敬礼をした。

 おれから見えなかったが、ソラはどんな顔をしたんだ……?


「さっ、三人で進みましょうか」


 先導するソラの後ろをついていく時、隣に立った真緒に聞いてみた。


「ソラ、怖いのか?」

「……優しい、ですよ?」


 ちょっとした間が気になるんだよなあ……。


 ―― ――


 一本道がしばらく続いている。分岐点もない。

 緩やかに湾曲はしているものの――だからこそ先が見えない。

 いつまで続くのか、という恐怖もある。


 等間隔に壁に設置されているランプ、これがまた変化のない形状、位置なので、さっきから景色が一切、変わっていない。基準にできそうな目印もないので、落下した場所からここまで今、どれくらいの距離を歩いたのか、全然分からなかった。


 となると、先が見えないから一旦戻ろうか、とも言いにくい。

 ここまで進んでしまったなら、あるか分からないゴールを目指すしかない。ここで引いて、実は数十メートル先にゴールがありました、じゃあ、悔やまれる――。

 こういう思考がギャンブルにハマっていく原因なのだろうけど。


「しんどいな……」


 なにも起きないからこそ。

 トラブルの一つでも起こってくれれば、まだそれの対処をしようと気が紛れ――、

 いやいやダメだ、暇潰しにトラブルを欲していたら末期だ。

 こういうことを思った途端にトラブルって起きたりするんだから――、


「…………」

「おい、真緒、置いてくぞ」


 立ち止まった真緒が、後方をじっと見つめている……、まるで宙を見る犬や猫のように。それが電子機器から出ている赤外線だったりしたらいいが、真緒の能力は、遮音だ。

 普通なら聞こえない音を聞くことができる――、つまり、


「せんぱい」

「やめろ、言うな」


 嫌な予感がする――、

 だって、おれにだって聞こえてるぞ、この音!?


「狭い一本道、後ろから聞こえてくる、水の音――、もしかして、浸水してます?」


 後方、湾曲している道の先から、青い水の塊が押し寄せてきていた。


「に、」


 逃げろッッ、と叫ぶ前に、おれたちはあっという間に波に飲み込まれた。

 

 ―――

 ――

 ―


 幸いにも、出口が近かったようだ。


 狭い通路から広い空間に出た。瓶の栓を抜くように、きゅぽんっ、とおれたちは通路から押し出された。真下に溜まっていた水に落下し、手足をばたばたさせて浮上する。

 水面から顔を出すと、ソラが手を伸ばしているところだった。


「真緒は!?」

「ヨートの後ろ」


 振り向くとおれの背中にしがみつく真緒がいた。


「せんぱいだけ助かろうなんてさせませんからね……っ」


 良かった、途中ではぐれたりしなくて。


 ソラの手を掴み、水中から出る。

 しばらく水の流れは止まらなかったが、循環しているわけではないらしい。

 器をひっくり返したように、水の量には終わりがあった。


 ちょうど、目の前の窪みに浸される程度の量だったようだ――まるで池である。


「急になんなんだよ……、そういうトラップだったのか?」

「違いますね、あれ、見てください」


 真緒が指差すと、おれたちが押し出された穴からこちらを見ている者がいた――、

 いや、人ではない。あれは、猿だ。


 ただし、動物園などで見慣れたあの猿じゃない……、大きさはおれたちと同程度、だが猫背なのか、身長は低く見える。黒い体毛、長い腕、短い足――、真っ赤な顔。


 見せた笑みと一緒に、鋭い牙も見えた。


 穴から出てきたのは一匹だけではなかった。

 二匹目、三び――いや、さらに増えていく。


「ダンジョンに棲む、怪獣ですか……」

「怪獣って、竜だけじゃないのかよ!?」


「わたしも噂程度でしか知りませんよ。あの猿が、元々人間だった、とは思いませんが……、竜と同じ怪獣でしょうね。五位か、そういう能力がなければ、会話もできないでしょう……」


 仮に会話ができても、少なくとも友好的ではないと現時点で分かる。

 へらへらと笑っているところを見ると、この水は、あいつらの仕業かもしれないな。


「侵入した人間を襲っているのか……?」

「あの子たちの家なら、あたしたちは不法侵入をしているわけだしね」


「だからって急に水を流して溺れさせようとするか!?」

「知らないわよ、怪獣の考えることなんて」


 とにかく、とソラが言う。


「黙ってやられるわけにもいかないでしょ。二人とも、下がってて。多勢はちょっと苦手だけど……、全滅は無理でも数を減らすことはできると思う」


 小太刀サイズの木刀を構える。

 それを見て、猿型の怪獣の一匹が、手の平をおれたちに向けた。


 ――あの構え、は……、



 既視感があった。

 そしてそれを強く感じたのは、真緒だったようだ。



「ユータ、せんぱ……」


 撃ち出された球体型の衝撃波。


 広い空間だったのが幸いした。ユータの能力である【弾幕】の真価は、バウンドである。直線の攻撃は、簡単に避けることができる。避けた後、球体が地面を跳ねて壁に激突しても、狙っておれたちに当てることは難しい。


 だから飛んでいった衝撃波はどこかで消えている――。



 だが、脅威がないわけではない。

 謎こそが、なによりも脅威になっている。


 どうして、ユータの能力を。

 あいつが――あの怪獣が持っているんだ?


「もしかして、あいつがユータから奪ったのか……?」


「違います。ユータせんぱいの体は病院なんですよ? もしもダンジョン内で奪われていれば、どうしてユータせんぱいを丁寧に地上に帰すのですか? その場で殺した方が……いえ、せんぱいが生きていることが必要なことなのであれば、巣にでも持ち帰って監禁するべきです。

 ですが、ユータせんぱいは自由です……であれば、奪われたこととは無関係でしょうね」


「じゃあ、どうしてあいつはユータの弾幕を持ってるんだよ!?」


「あ、アビリティ・カード……?」


 と、ソラ。


「ですね。たぶん、あの怪獣を倒すことで、

 ユータせんぱいのアビリティカードを手に入れることができます」


 弾幕の、アビリティカード……。


 そして、真緒が、それを知ってしまえば――、



「奪います」


「あれはわたしのです、猿ごときに握られたままではいられませんよ」

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