第29話 ダンジョン内部へ
「急に呼び出して、なんのつもりだよ……」
ここ五日間、一度も鳴らなかったスマホが着信を知らせた。
重要な連絡か!? と思って取ってみれば、連絡先を交換したばかりの後輩からだった。
赤座真緒。
ユータに執着する後輩女子である。
「せんぱいは、どうせ残機はゼロでしょう?」
「残機?」
「ほら。というかそこからですか……いいでしょう、めんどうですが、教えてあげます」
上から目線がイラっとするが、まあ、教えてくれるのであれば甘えてやろう。
実際、おれは彼女が言う『残機』について、なにも知らないのだから。
「十位圏内は負ければ一発退場、というのは知っていますよね?」
「ああ……、え、おれらもそうだと思っていたけど、その言い方からすると違うのか」
「はい。ですから残機、です。せんぱいもゲームとかするでしょう? 残機がある限りはゲームオーバーに……つまり脱落にはならないんです。それがわたしたち、十位圏外の特権ですね」
残機がある限り、敗北しても順位変動は起きず、能力の永久剥奪も受けない、と。
なんだそれ。もっと早く、大々的に公表しておくべきことじゃないか。
「大手クランなら、当たり前のように知っていますけどね。たぶんですけど、この情報は全員が平等に知るべきルールではないんでしょうね。
上位のクランにしか明かされないテクニックなのでしょう……、弱小クランには情報提供がされない……差別ではなく上位にいるからこそのアドバンテージという扱いでしょうから」
こういう有利にゲームを進められる情報が欲しければ、上位のクランを支持するか、自身が上位にいくべきだ、と促しているわけか――。
モチベーションにはなるだろうけど、しかし下位には優しくない制度だな。
そういう情報が耳に入らないとなると、下位の不利は覆らないままだ。
「だから上位のクランに入れ、と言っているんですよ」
「でも、情報が欲しいからクランに入るって……、十位圏内からしたら怖いだろ、いつ裏切られるか分からないんだからさ」
「それが狙いなのでは? リーダーに心酔しているクランメンバーだけじゃないでしょう。
だって――わたしだって、ユータせんぱいがいるから在籍しているだけで、いつでも四位を裏切れますよ?」
思ってても言うな、そういうことは。
「きっかけはなんでもいいんです。とりあえず入ってみた――そういった浮動票をいかに留めておけるか。十位圏内の人を惹きつける力を試しているのではないですか?」
なるほど、『支配者』らしい誘導の仕方だな。
「まあ、どうせ人の口に戸は立てられませんし、早いか遅いかの違いであって、どうせ有利な情報も次第に広まりますよ。今、こうしてわたしがせんぱいに漏らしているみたいに」
「……お前には秘密を喋らないでおこう……」
「覚えていますか? わたし、ヨートせんぱいの心の声が聞こえますけど?」
しまったっ、そう言えばこいつの能力が強化されたんだった!
竜の心の声が聞こえると同様に、おれの心の中も聞こえるように――。
「……お前、それでユータの心の中を覗いたりは?」
「――、しませんよ、怖くてできません」
その口ぶりからすると、オンとオフができそうなんだけどなあ……。
「ねえ、二人とも、見つけたんだけど――」
と、しばらく距離を取っていたソラが戻ってきた。
「見つけたって……え、あったのか!?」
「うん。まあ隠れてなかったし。たぶん先に見つけた人がいたんじゃない? 隠しもしないで放置したままだったよ――ご丁寧に『ダンジョン入口』とは書いてなかったけど、その子の言うことが本当なら、あれがダンジョンなんでしょ?」
「真緒です」
ソラの他人行儀な呼び方に距離を感じたのか、真緒が名乗った。
二人、仲が悪いわけではない、とは思うが……、単純に会う頻度が少ないからだろう。真緒はおれにこそ悪態をついたり、いじったりしてくるが、ソラには一切しない。
だからソラもソラで、真緒のことが扱いづらいのかもしれないな――。
一度でいいから距離を詰めるためにからかってみたらどうだ?
「飛んできた絶空をせんぱいが受け止めてくれるなら」
「死ぬわ」
「顔を近づけてこそこそとなに話してるわけ?」
瞬間、空気がぴりっとした気がした――、本当に絶空が飛んでくるかと思った。
ひっ!? とおれと真緒が反射的に一歩下がると、ソラが、はぁと溜息を吐き、
「見つけたダンジョンに案内するから、きて」
―― ――
ソラに案内され、おれたちは上野駅の近くにある公園にやってきていた。
少し歩けば動物園がある――、一応、こんな世界でも通常営業中だった。
真緒の視線が動物園までの看板に寄ったが、まずはダンジョンが先だ。
というか、お前が誘ったんだぞ。
「……一段落したらいけばいいんじゃないか?」
「べつに、興味ないです」
「嘘つけ。いいじゃん、興味があったって。卒業する年頃ってわけでもないだろ」
ユータの後輩なら、数年前まで小学生だったわけだ。変でもないだろう。
おれだって嫌いってわけじゃない(地元なので飽きるほどにいったが――)。
「……一段落したら」
と、ぼそっと呟いた真緒の声を、おれは聞き逃さなかった……が、
まあ、これでからかうことはしないでやろう。
いくならユータと、な。
地面に空いた、四角い穴。
底が見えない暗闇の先へ、階段が続いている。
「地下……」
いつどうやって掘り進めたんだ!? とは思わない。
支配者が作り出したのだ、能力が説明できないように、これだって説明なんてできない。
地下に続いているからと言って、先が地下とも限らないわけで――、
「ま、真緒ちゃん……っ」
「あ、はい」
意を決したようなソラの声に、真緒が反応した。
「なんでしょう、ソラせんぱい?」
「……真緒ちゃんの目的は、その、奪われた先輩の能力についての情報、だったわよね?」
「はい。ユータせんぱいの、『弾幕』の能力を奪った犯人の情報を探します」
真緒が言うには、ダンジョンは情報の宝庫らしい。当然、危険も伴うが、その分、危険に釣り合った報酬があると言われている――。
まあ、それもどこソースなのか分からない情報である、という事情もあるのだが。
情報がなくとも、真緒が最初に言った通りに『残機』があるのは確実なのだ。
それを取りに潜る、というだけでも無駄足にはならないだろう。
「残機だけではなく、せんぱいにとっては嬉しいものが落ちている場合もありますよ」
嬉しいもの?
「はい。【アビリティ・カード】と呼ばれる、インスタントな能力カードです」
使い切りではあるが、他の能力者が持つ能力が使えるというアイテムらしいが……、
で、それがどうしておれにとって嬉しいものなんだ?
「だって、せんぱいの『反転』は、活躍する場が限られているじゃないですか。
前の、五位の時は一切、役に立っていなかったですし」
「役に立っていなかったとか言うな!」
おれも自覚はあったが――、能力、一回も使わなかったけどさ!
「なので、使いどころが限定されるせんぱいの能力以外にも、いくつか使える別の能力も持っておくべきと思いまして。わたしの能力もそうですし――、
で、わたしも持っていないんですよ、カード。だからそれを探す目的もあります」
つまり、残機、アビリティカード、
ユータの能力を奪った犯人の情報を求めて、ダンジョンへ潜るわけか――。
二兎どころか三兎を追っているが、一兎も得ずの可能性ももちろんある。
だから絞るべきだろうが……、さて、優先するとしたら、どれだ?
真緒はユータ関連が当然として、ソラは――、十位圏内だから残機は関係ない。
であればアビリティカードか。おれは――、正直なところ、残機は欲しい。別に能力なんかなくともソラを支持できるし、力になることはできると思うが、能力はあった方がいい……、
となると、おれは残機に絞るわけだ。
ちょうど、三人がばらけたところで、一兎も得ず、なんて状況は回避できそうだ。
「じゃあ、いくか」
「はい」
「そうね」
懐中電灯は持っていなかったので、手探りで闇の中を進むことになる。
怖いが、しかし光があればここに自分たちがいると証明しているようなものだ。
暗闇に、目はいずれ慣れる。なにも見えないのは最初だけだ。
かつかつ、と足音を響かせていると、がこん、と、音がした。
まるで、なにかのスイッチを押してしまったような――、
「真緒っ、お前なにかし――」
「どうしてわたしを先に疑――きゃあ!?」
遅れておれも気づき、ふわり、と胃が浮いた。
足場が崩れた――いや違う、滑ったのだ。
階段が、坂道に変わった。
そして、おれたちは強制的に、
ダンジョンの奥深くへ、流されることになる。
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