第25話 オセと江乃

「……さかってる場合ですか」

「ちがっ、だって、ソラが聞くから!!」


 急に聞かれたらそりゃ答えるしかないだろ、嫌いなわけないんだから!

 それに、危機的状況だったし、言い方に配慮している暇もなかった。


 言い方に照れ隠しを仕込む余裕もなく、だから本音を力強く叫んだだけになってしまったが、ようは気持ちが伝わればいい。小細工で固めた、飾った言葉は雰囲気があってこそ。


 本心で思っていれば、おれの信頼はソラの能力に結果が現れるのだから。


「あの人、それが目的でしょうね……都合良く能力を強化したいがためのあの質問ですよ」


「だろうなあ。でもまあ、絶体絶命の状況で、まずおれにああやって聞いてくるってことは、強化されることを見越した上で、勝負に出たんだ。

 強化されないわけがない、っておれのことを信頼してくれている――、

 おれはそれに応えただけなんだよ」


 ソラは、人の好意を利用した悪女ってわけじゃない。

 だって、もしもそうならソラからおれへの信頼なんてないだろ。

 信頼があるからこそ、おれだってソラを信頼できるんだから。


「それはどうですかね。あなた、敵でも構わず信頼するでしょ」

「それは敵による」


 うへえ、と臭いものを嗅いだような顔をする真緒。失礼なやつだ……。

 まあ、今更な話でもある。


 ソラはなんとか、危機を脱したようだが、まだ空中には竜がいる。おれたちもそれに混ざって飛んでいるが、いつ襲われてもおかしくはないのだ――、

 第五位の裁量一つで、集中攻撃をされる場合だってある。


 逆に、それをしない理由がなんなのか、分からない。


「五位はどうして止まって――」


 すると、彼女と重なるように竜が低空飛行をし、そのまま上昇。おれたちを通り過ぎ、頭上で滞空した。次の瞬間、伊佐見の体ががくんと揺れた。落ちそうになって、慌てて鱗を掴む。


「うお……っ、なんだ、どうし――」



「江乃、なにを考えている……?」


 背後、第五位の女が立っていた。


「っ」


 振り向こうとしたが、ただでさえ不安定な背中の上だ。

 激しい動きをしようとすれば、いつバランスを崩して落ちてもおかしくない。


 おれも真緒も、スムーズには動けなかった。

 四つん這いがせいいっぱい。二足歩行なんて、できるわけがなかった。


 それを、第五位は平然とやってのけている。

 これが能力のおかげなのか、それとも体幹が良いのかは分からなかったが……。


「江乃、あんたを守るためにやっているのに、こうやってぽんぽん戦場に出てこられたら、アイツじゃない、別の誰かに退治されることだって、あるんだよ……ッ」


 わたしの気持ちを考えてッ、と、まるで少女のようなセリフだった……。いやまあ、おれより年上で、攻撃的な見た目と口調だったとしても、少女には違いないんだけど……。


 こんなキャラじゃないよな?


「それは偏見でしょ」


 真緒が指摘する。


「まあ、この人がそう誤解するような態度を取っていたせいでもあるんだけど」

「誤解するように……?」


「好きな人の前でか弱い女の子を演じる……とか。

 あなたは――ないかもね。ずっと素だもんね」


 おれだって演技をする時くらいあるが。

 あと、好きな人の前でか弱い女の子を演じるってそれ、お前のことだろ。

 ユータの前では今の素のお前、見せていないのかもな。


 真緒の言う通りだ、刺激的な見た目、強い口調、セリフ、それらを活用すれば他人への印象を操作することができる。おれはまんまとはまったわけだ。

 普通の女の子じゃない、と、おれは彼女の思い通りに誤解をした。


 弱さを覆い隠す鎧に、騙されたのだ。



「江乃、もう少しであなたを助けられる。だからがまんして隠れてて」


「あとはわたしに任せてよ」



「任せられないから出てきているんでしょ」


 遮ったのは真緒だ。……いや、竜になった伊佐見江乃の声を聞けるのは彼女だけだ。

 だから伊佐見の意見を、そのまま代弁しているのかもしれない。


「……なに、を」


「私がいつ頼んだかしら、助けてほしいって。オセが勝手に私を助けようとしただけでしょ。

 親友が苦しむ姿を見続けてまで、生きたいとは思わないわ――ですって」


「……あなた、江乃の、言葉を……」


 真緒が勝手に作り出した言葉、とは疑わなかったようだ。第五位からすれば、真緒の声ではあるが、内容自体は親友が言いそうな意見だったのだろう。

 親友だからこそ、親友にしか分からないことがある。


 真緒の能力を説明するべきか? いや、必要ないか。システムがどうあれ、真緒が伊佐見の意見を聞くことができるということは、証明されている。いちいち説明するまでもない。


「私を助けるために他人を殺す、それで、私が喜ぶと思う?」

「……分かってるわよ、江乃は、望んでいないってことくらい――」


「それでも、第二位に従うの?」

「だって……、だってッ!!」


 積み重ねた苦労があったのだろう、がまんしてきた感情が、ここで決壊したのだ。


 第五位の瞳から、涙が溢れて、頬を流れる。


「江乃を、失いたくなかったッッ!!」



 でも、彼女はもう、既に死亡していて――、五位が想う親友は、NPCなのだ。


 もう、本物の伊佐見江乃はこの世にいない……、記憶を共有し、姿をそのまま流用してはいるけど、それは本物に近いというだけで、本物ではない。


 第五位はそれを知らないのだ……、知らない?

 よくよく考えてみれば、気づかないはずがないのでは?


 親友が別人(?)と入れ替わっていて、気づかないわけが――、


 見た目と記憶が同じであれば、分からない可能性もあるにせよ、たぶん視覚とか聴覚とか、五感じゃないのだ。こういうのは、心で気づくはず。


 小さな違和感から、真実まで一直線に繋がってしまうはずなのだ。


 だから、見て見ぬ振りをしているとすれば。

 第五位は、それでも親友が殺されるところを、見たくなかった……。


 ―― ――


「うん、知ってる」


「江乃がもう、死んでいるってことは」


 ―― ――


 きっと、第五位は初めて、その言葉を口にしたのだろう。


 避けてきた言葉のはずだ。言わないって、決めていた事実。


 もう既に死んでいる――認めなかったことだ。


「だって、交通事故に遭って死んでいたのは、わたしのはずだから」


 ―― ――


「だから助けようとしたのか、NPCの、親友を」


「恩があるからじゃない。そこは純粋に、親友だから――、たとえ本物じゃない江乃だったとしても、傍にいて欲しかった。わたしのことを支持しなくてもいい、NPCとしての役割を優先してもいい、それでもいいから、いつでも会える距離にいてほしかった」


 NPCは死なない。それは不死ではなく、蘇生が可能だからだ。

 NPCである裏日本人は、死者の再利用でできている。たとえばおれが死ねば、きっと別のどこかでおれの記憶と見た目のまま、【一道ヨート】という人間は役割を持って生活を続けるのだ。


 死んでもまた復活する。

 だからってじゃあ、殺されてもいいとは思えないだろう。


「怪獣化する役目の江乃と、わたしの『ドラゴン想術マスター』の能力、運命だと思った。これで一緒にいることができる――、でも、そんな時に、第二位に目をつけられた。

 怪獣化する江乃を、退治するって言われて――」


「殺されてもいいとは思わないけど、助けられない時だってもちろんあるだろ。

 そういう時は、目を瞑って、蘇生を待つのも、一つの手じゃないのか?」


「NPCとして何度も蘇生されるし、記憶も見た目も引き継がれるけどね――NPCとしての役割は、ランダムになる。わたしは、怪獣化した江乃が良かった」


 裏日本のインフラは、裏日本人で整っている。それぞれの役割があり、設定されたルールに則り、動いているのだ。怪獣化でない役目を受け持った伊佐見は当然、第五位との距離も離れてしまうだろう。役目を放り投げて親友と行動をするわけにもいかないのだから。


 竜の伊佐見だからこそ、

 竜使いの五位と一緒にいることができる。


 その関係を崩したくなかった――だから、ソラを狙った、か。



「でも、あいつとの約束は、破ることになっちゃったね……、わたしじゃあ、八位は倒せない。

 数字の順序は純粋な強さじゃないもの。どれもが強力な能力には変わりないけど、希少価値によって決められている。扱う人によって結果は変わるはずなんだから。

 だから二位のあの能力に、あの性格は、最悪に一致しているとも言えた――」


 思えば、ソラの絶空が八位というのも、違和感だ。もっと上でも良いはずだが――、威力だけを見れば、だ。防ぎ方がユータにばれていたのだ、下方修正されたのかもしれない。


 世界中に棲息する生物をまとめて操作できる能力が、第五位。


 これだって、二位でもおかしくはない強さなのだ。



「江乃の言う通りね、他人を傷つけて、江乃を助けても……江乃が喜ぶはずがない」

「でもさ、それでもいいからお前は助けたかったんだろ? 親友をさ」


「そんなの当然でしょ!!」

「ここで諦めたら、伊佐見は退治される。いいのかよ」


「いいわけっっ、ないだろッ!!」



「――全ての竜を使って、今からあんたたちを殺せとでも言うの!?」



 五位の叫びに、おれは、即答する。


「ああ、やれよ」

「ちょっ、せんぱい!?」


 真緒が思わず、おれをそう呼んだ。おれはユータじゃないぞ。

 年上だけど、別にお前の先輩じゃない……ともかくだ。


 おれは忘れていないんだ――ハヤテのことを。


「ハヤテを喰い殺しておいて、このまま言葉だけの反省で解決させてたまるか」


 殴らせろ、と言うわけじゃない。

 決着をつけよう、と言うわけじゃない。


 まるでハヤテの存在が元からなかったように、

 この事件がしぼんでいく今の状況が、許せなかったのだ。


 第五位、浅間オセ。


 お前は、ハヤテの存在を、忘れちゃいけないんだ。


 ハヤテだけじゃない。これまでに犠牲にした人たちを。

 人間を、NPCを。


 改心したからって、これまでの罪がなくなるわけじゃないのだから。



「…………」

「そんなつもりはなかった、とでも? それでも発端はお前なんだ」


「分かってる……」

「親友一人のために、お前は多くの人を、怪我させ、殺した――忘れていいとは言わせない」


「分かってるわよッッ!!」


 じゃあどうすればいいの、と、彼女の目が訴えている気がした。

 知らないっての。


「どうすればいいかなんて、自分で考えろ。それを見つけるのも、お前の役目だ」


 ―― ――


「二位との約束を破ったことなら気にするなよ。おれとソラで伊佐見のことを守ってやるから」

「それって――」


「だからさ、第五位――いや、浅間オセ」


 さん付けはしない。

 年上だと思うけどさ、今の彼女は、小さな少女にしか見えなかったから。



「おれたちの――ソラのクランに入れよ。絶対にお前らを守るからさ」

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