第24話 アビリティ・セカンド
おれは呆然としてしまい、危機感を抱くことができなかった。
迫る竜の大口。その舌の上に、もうハヤテはいない。
口内に溜まっている赤黒い血液があるだけ。
よだれと共に歯の隙間から流れ、おれの足下に滴り落ちる。
残骸だ――それはハヤテだったものだ。
咀嚼し切れなかった腕の破片なのか、剥き出しの骨とこびりついている肉。
それらが歯と歯の間に挟まっていた。
おれも今から、そうなるのか……?
「なにぼーっとしてる!!」
真横から衝撃がきて、おれの両足がふっと浮く。そして受け身も取れずに右肩を地面に削られながら、ガチンッ、と、閉じた竜の大口を回避した。
おれに抱き着いているのは、真緒だ……どうしてお前が……おれを助け――、
「お前、おれのこと嫌いなのに……」
「あんな軽口を本気にしないでください」
これから毒舌を吐きづらいじゃないですか、と真緒が恥ずかしそうに目を伏せる。
「照れ隠しだって、どうして分からないの!?」
「お前……それを言ったら、今後の会話がやりづらいだろ……」
「だから言わせるなってことです!!」
するとおれを食べ損ねた竜が、再びおれたちに視線を向けた。
獲物を見つけ、ただひたすら捕食をするために行動をする本能の塊――理性はない。
伊佐見とは違う、元人間の怪獣化した竜なのだろうか。
「逃げますよっ、だから早く立ってください、世話が焼ける人ですね!!」
「でも、ハヤテが――ッ」
「胃の中にいる人は助けられませんっ、あの人は、食べられたんです――認めろバカ!!」
ぱちぃん、と痛くない平手打ち。
目覚ましの効果がないなら意味があるのか疑問だが。
でもまあ、認めろ、か。
人の死を見たのはこれが初めてってわけではない。
ハヤテだけに心を痛めているわけではないのだ。
救えなかった人間にいつまでも固執していては前に進めない。
だからって、すぐに忘れるってわけじゃないぞ?
おれがここでうだうだしていたせいで、真緒まで殺されたら、最悪だ。
「……目、覚めたよ、ありがとう」
おれは立ち上がる。
そしておれたちを狙う竜が、一歩、足を前に踏み出した時――、
動く巨体の突撃が、竜の体を吹き飛ばした。
ずずんっっ、と駐車場がずれた感覚がした。まだ柱を抜いてもいないが、竜の重さに柱が耐えられず、どこかの柱が壊れたか沈んだか――そのせいで傾いているのだろう。
「伊佐見!!」
「あの人が足止めしている内に、わたしたちは脱出しますよ!」
真緒に手を引かれ、駐車場から出る。タイミングがもう少し遅れていたら、崩落する駐車場に巻き込まれていただろう……、灰色の粉塵のせいで、竜たちが見えない。
「伊佐見ーッッ!!」
「無事ですよ。まだ声が聞こえますから」
粉塵が晴れる。それは両翼を羽ばたかせた風の力だった。
伊佐見江乃がおれたちの前に戻ってくる。
「乗って、ですって」
「……いくか、お前の親友のところにさ」
第五位、浅間オセと、
第八位、七夕ソラの元へ。
―― ――
「与えられた能力には三段階の進化がある――クランでもなんでもいいが、支持者からの信頼度によって自身の能力が変化するんだよな」
知ってると思うけど、と付け加えて。
「アタシの能力は怪獣化した竜の使役だ。まあ竜でなくとも人間以外の生物であれば命令をすることができる――これが初期の能力」
そして、
「これが
五位の五指が、近くにいた竜の皮膚に突き刺さった。硬い鱗を突き破り、指が竜の体に埋まっている――だけど素直に皮膚を抉ったわけではないってことは、分かる。
スムーズに入り過ぎだ。たとえばホログラムに重ねたような――、
次に片方の手でも、同じことをした。左右に広げた五位の両手が竜に刺さり(重ねているだけかもしれないけどね)、二体の竜が、これで繋がった、とも言える。
「合体イリュージョンだ」
左右にいた竜が光輝く。真っ白な光に思わず目を瞑り、次に開けた時、あたしの目の前にいたのは、体は一つだけど、二つの頭を持つ竜がいた。
でも、それだけでは終わらない。
「もう一体」
口笛で呼び、近寄ってきた竜に同じことをする。
すると二つの頭だった竜に、一つの頭が加わった。
三つ首の竜が新たにこの世界に誕生した――。
「……子供なの? 合体させたら強いってわけじゃないでしょ」
数で押された方が、あたしにとっては嫌だったんだけど。
でも、こうして一つにまとまってくれたのであれば、あたしの斬撃も当たりやすいし、一回で三体を倒せるのであれば、随分と楽になった。
三体を一つに集めて単純な攻撃力だけを増幅させても、
結局、それが当たらなければ意味がないのだ。
昔、みんなと遊んだカードゲームと一緒。犠牲を払って呼び出した高レベルのモンスター、一体よりも、そこそこの強さのモンスターをフィールドに敷き詰めた方が強いのよ。
手数こそ最強でしょ。塵も積もれば山になるんだから。
「アンタの能力はそれだけか?」
「残念ながらね。でも、最初から強いし、完成されてるって思うけどね。
これ以上に強化されてもそれはそれで扱いにくいと思うわ」
だから初期のままでもいい。ようは使いようなのだと思うから。
「過信は足をすくわれるぞ」
「自分に自信を持たなくて、どうすんのよ」
三つ首の竜が、首につけられていた鎖がはずれたように、飛び出してくる。
最初からそんなのなかったけど、あの子への忠誠心が強かったみたいね。
鎖なんかなくてもおとなしくちゃんと待っているんだから。
五位のゴーサインが出たことで、ばたばたと定まらない足取りながらも、あたしを狙って突撃してくる。左右にぶれてはいるけど、それでも直進だ。
横へ振るえば、絶空の斬撃が竜を両断するはず――だけど。
はず、なんだけど、なんだろう、この嫌な感じ。
五位だってあたしの能力は把握しているはず……、なのに、易々とそれをさせるような隙だらけの三つ首の竜を今更、時間をかけてまで作るのか?
なにかがある。でもなにがあるのか分からない。あの子の企みは、一体……?
気になるけど、考えている内に食べられた、ではダサ過ぎる。仕方ないわね、ここは一旦、相手の思い通りに両断してあげる。それから考えても遅くはないでしょ。
あたしは絶空を使う。
飛び出た斬撃が、竜を一刀両断し――、
え?
粒子となって消えたのは、三つ首の内の、一体だけだ。
双頭竜となった目の前の竜の足は、まだ止まらない。
「三つの命を一つにまとめても、命は三つのままだ」
「数の利で押してもいいが、それだと懐まで入った段階で殺されたら、そこまでだ」
「だけどまとめてしまえば、懐に入って殺されても、二回までなら問題なくごり押しができる」
「今のアンタみたいに、手詰まりだろ。あと二回、目の前に迫る竜を殺せるか?」
木刀を振る、という行動が必要なため、隙が生まれる。二刀とは言え、間隔を空けなければ切り口が重なった場合、二撃目は素通りするだけだ。
同じ標的に二刀流はあまり良くない選択だと言える。
だから間隔を空ける……でも、それが五位の狙いなのだ。
ギリギリで一体の竜を殺せても、最後の一体が間に合わない。
あたしはそこで捕食されてしまう……。
「ッ」
振った木刀から飛び出た絶空が竜を両断するが、一体の頭が消えただけだ。
元の姿に戻った竜の足は止まらず、その大口を開けてあたしに迫った。
あたしは、体が硬直してしまい、動けない。
能力を使ったインターバルじゃないけど、
木刀を振った体勢のまま、まだ切り替えられないのだ。
隙だらけ。こんな、ところで……っ。
「死んで、たまるかッッ」
「せめてあいつに会って、一言でも言ってやらなくちゃ、気が済まないのよッッ!!」
明人――じゃなくて、今はアギトなんだっけ。
それに、ハヤテ。
あたしの仲間の顔を借りた他の誰かじゃなく、本物の方のことだけど――、
アギトとはまだ、充分に話し合っていないんだから。
あたしを始末しろって命令したのは、そういうことでしょ。
これはメッセージだと受け取ったわ。
つまりさ、呼んでる。
『ここまでこいよ』と、あいつは誘っているの。
じゃあ、いかなければならない。
こんなところで足止めされているわけにはいかないッッ!!
「ソラ!!」
「ヨート!!」
視界の端に映った、竜に乗る彼の姿。
竜に乗ってる!? というのはどうでも良くて。
あたしが求めているのは、彼からの好意だ。
「ヨートっ、あたしのこと、好き!?」
「は!?」
「好きか嫌いか言って!!」
「――好きに決まってるだろ!!」
「どれくらい!?」
悩んだ素振りを見せたヨートが、簡潔に答えた。
あたしの状況を察してくれたのだろう。
「っ、大好きだぁ!!」
「ありがとっ」
その好意は本物だったらしい。
だって、あたしの能力が、変わった。
強化された。
「こんな状況で、イチャイチャを見せつけられてもさ――」
「好意って、分かりやすい信頼関係でしょ?」
あたしは木刀を捨てた。地面を滑る木刀が竜の足に踏まれたところで、
あたしは忍者みたいに、二本の指を立てた。
「迂闊に触れると、斬れるわよ」
触れたものを、問答無用で両断する絶空。
これがあたしの
……ヨートがいなければ届かなかった能力。
彼の好意がなければきっとあたしは死んでいた。
ヨートのおかげだ……、やっぱり、彼が……。
ヨートの方が、英雄じゃん。
悲鳴を上げながら倒れる、最後の竜。
そうは言っても大空にはまだ、いくつもの竜が飛び交っている。
一つの危機を脱しただけで、まだ戦いが終わったわけではなかった。
ヨートと、あの子……、が、どうして竜の背中に乗っているのか気になるけど、まあ、ヨートの人間性が竜に認められたのかもね。充分にあり得ることだし。
ヨートの優しさは、人間以外にもちゃんと刺さるらしい。
ちらり、五位を見る。
奥の手が通用しなかったことで動揺しているかな、と思えば、そうではなかった。
あたしにはもう一切の興味がなくなったみたいに。
でも、動揺はしているみたい――なにに?
ヨートに? 違うわね、彼女が見ているのは、ヨートを乗せた、竜の方。
「江乃……?」
人間らしい名前の竜ね……ああ、そっか、なるほど。
あの竜が――、ふうん、さっき言っていた、親友の子なのね。
そんな竜となにがどうなって一緒にいるのか……やっぱりね。
ヨートはやっぱり、持っている。
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