第23話 風魔―フウマ―
「死亡って……は? 死んでる? 世界が変わる前に、もう――」
「って、言ってますよ。まあ、信じないならそれでもいいですけど」
「いや、信じるよ」
……そうですか、と真緒が小さく呟く。
返事までの気になる数秒の間はなんなんだ。
「じゃあつまり……どういうことだ? 第五位の親友を名乗る、あんた――、伊佐見江乃は、世界が変わる前に既に死んでいて、でも、五位は生きた伊佐見を見ていて……」
真緒が聞いた内容によると、怪獣化した伊佐見を、上位の能力者に退治されないように、そいつとの交換条件によって、殺さない約束を取りつけた……のだと。
でも実際の伊佐見は死んでいる……、じゃあ五位が見ていた伊佐見は、幻覚?
能力によって作り出された、もしくは見せられている、動く人形だとでも言うのか?
「近いですね」
「……お前、全部を知ってるんだろ。いや、聞かされてる、か」
「あなたも分かってるんじゃないですか? これだけ情報があれば、単純な推理で当たりそうなものですけど、自慢げに話さないんですね」
「だって、言って笑われたら傷つくし。答えが出るまで迂闊に喋らないのが無難だ」
「思ってたよりも賢い人ですね」
バカだって思われてたの?
「でも言っていいですよ、笑いませんから。というかあなた、実は分かってるでしょ」
「…………当たってるかどうかまでは、知らないけどな」
おれにも、推理できる頭がある、と真緒には思われているわけか。
間違いなくバカにされているが、彼女にしては評価が高いことに少し嬉しい。
……悔しいけどな。
「設定されているみたいに動く偽物。これでぴんときてたでしょ」
「……裏日本人――支配者が用意した、【NPC】だろ」
世界のインフラを維持するために導入された、非能力者だ。だから誰を支持することもなく、怪獣化もしない――普通なら。
だが彼女、伊佐見江乃は怪獣化をしている……、それはつまり、最初から怪獣化することが役目であると決められたNPCであったからだ。
なにをしても絶対に死なないNPCがいるように、おれたちがどう抗おうと、死ぬシナリオに沿って動くNPCもいるわけだ。
それは支配者がルールブックにも記載した、【イベント】に関係することなのだろう。
伊佐見江乃の怪獣化がイベントなのかどうかは分からないが。
最初から竜だけを用意しても問題はないはずなのに、わざわざ人間時から途中の怪獣化を経て竜を誕生させることに、なにか意図でもあったのか。
まあ、分かるはずもない。
支配者の頭の中を、おれたちが理解できるわけもないのだ。
「はい。支配者が言った、裏日本人なんですよ、この人は……この竜は」
「人でいい。元々は人なんだから」
NPC、か。決められた行動だけをする、というわけではないのか。単純なゲーム内のキャラクターというわけではなく、本当の人間のように生きている感じがする。
だからこそ親友である五位も、既に伊佐見が死亡していることに気づけなかった。
姿や記憶が同じとは言え、本物とNPCの違いが分からなかったのだから――。
いや。
それとも気づいていたんじゃないか?
気づいていながら、彼女をNPCではなく、本物として、扱っているとか……。
あり得るな。
だって、受け入れられるか?
再会した親友は似ているけどまったく別人で、本物はもう既に死亡していると理解はしても、感情が追いつかない。認めない。
目の前にいる本物そっくりの偽物を、
じゃあ本物と同じように扱って心を騙すことも、考えただろう……。
支持をしない親友を詰め寄るでもなく、認める。親友関係を崩さず、怪獣化したことを受け入れ、他の能力者に退治されないように交換条件をのみ、親友を、たとえ竜になったとしても生かすその選択は、誰も支持をしない――できないからこそ、納得できたことなんじゃないのか?
親友は今も竜として生きていると、信じたくて――。
「……伝えたい、ですか」
真緒は竜と、いや、伊佐見江乃と話している。
「本物の自分はもう死んでいて、NPCである自分が退治されても結果はなにも変わらないって、五位に伝えて、いいんですか……?」
伊佐見が頷く。
竜の姿をした彼女の、ふん、と鼻息が漏れた。
「確かに、NPCのあなたを助けるために、五位は八位を殺そうとしていますし、できなければ五位が死ぬわけですからね。NPCなら、生かす理由はありませんか……」
「本人を目の前にしてよく言えたなお前」
「だってNPCですよ。人間じゃないですから」
「だとしても、もっとさ、気を遣えって」
竜が、がさ、と動き、鋭い爪を引っ込め、指の腹でおれの頭を撫でる。
「ありがとう、ですって」
「……これがNPCだと? 普通の人間と変わらないじゃないか」
普通の人間より好意的に見えるけど。
「……伝える、か。酷な役目ではあるよな……」
「第五位でも、心は弱いんですね。仕方のない親友の死も受け入れられないとか」
「お前、ユータが死んだら延々と泣いてそうだけどな」
「そんなの当たり前です!」
こいつ、自覚なく自分を棚上げしてるじゃねえか。
「十位圏内だって、おれたちと変わらねえだろ。能力が強いだけでさ、この変化に戸惑ってるはずなんだからさ……、よくやってる方だろ、第五位は」
「まあ、顔出しして世間に身元を公表しているわけですし、そこは評価してもいいですけど」
「偉そうに」
顔出しする、しないの判断の正解は、どちらにも利があるとして、だ。
「伝えてさ、五位が信じるとも限らないぞ」
「それはその時になってみないとなんとも」
真緒がこそこそと、伊佐見とやり取りをしている。
「この方が説得してくれるそうです。あ、伝えるのはわたしですけど」
「じゃあ、任せるわ。これでお前を見捨てることはできなくなったわけだな」
「見捨てる気、あなたにあります?」
にやにやとされた。どうせできないでしょう? と言われているようで。
ここで意地になって、できる! と強く宣言する内容ではない。
自信満々で女の子を見捨てると宣言する男って、どうなんだ。人でなしだろ。
「……おれが盾になるから、お前は絶対に生き延びろ。
お前を見殺しにしたらおれはユータに合わせる顔がねえし」
「せいぜいがんばってわたしを守ってくださいね」
ふんぞり返ったお姫様だ。足を引っかけてやろうかと思った。
すると、「いえ」と真緒が弱々しい声で、
「さすがに、言い過ぎました……、守ってください、お願いします」
「気にすんな。言われるまでもなく守るから」
とにかくだ。
親友の死を伝えるためにも、ここから出なくてはならない。
つまり、数体の竜と、そして、ハヤテを倒す必要がある――。
こっちに伊佐見がいるとは言えだ、彼女の存在も生かして五位の元へ連れていかなければならない。だからここで死ぬことができるのは、おれだけだ――。
「いや、ダメですって。あなたが死んだらわたしの能力も強化されませんから。
この方の声が聞こえなくなるでしょ」
「あ」
ってことは、三人とも死ねない?
ハヤテと数体の竜を、犠牲なく倒さなくちゃいけなくて――、
囮も使わずに倒さなければいけないって、難易度が高過ぎるだろう!?
「なんの罠もなくここまでこれたけど――いいのか? 言ったはずだぞ、僕の風の能力は体から近ければ近いほどに強力になるって。……距離、十メートルもないんじゃないか?」
話し込んでいる内に、長かったハヤテとの距離も、一気に消滅していた。
すぐそこにハヤテがいる。
そして周囲を回る風が、伊佐見江乃――、
彼女のびくともしないはずの竜の体を、ずずず、とずらしていた。
彼女の翼で守られていなければ、おれと真緒はあっという間に吹き飛ばされていたはずだ。
駐車場がぎしぎしと、鉄骨が軋んでいる。
鉄のタイルが引き剥がされ、吹き飛んでいく光景が見えた――、まるで台風の中である。
その中心地点に、ハヤテがいるのだ。
「……よお、裏切り者」
「別に、仲間になった覚えはないけどね。でもまあ、言い訳をするとすればさ――、
こうでもしないとこの世界では生きていけないんだよ、僕たち弱者はさ」
弱者? 弱者――だって!?
「……弱者だから裏切って、騙して、貶めて? ……お前だけだ、そんなことをしてるバカは」
「ヨート、君みたいに強い人に言われても、なにも響か――」
「おれだって、弱い方だ。ソラがいなければ、真緒がいなければ、ユータや伊佐見がいなければ、おれはとっくのとうに死んでるような、弱者だ――」
「お前と同じなんだよ、ハヤテ」
「……どこでも助けてもらえる、それも君の強さだろ」
「ただそこにいるだけで助けてもらえると思うか? 違うな。おれだって、助けてほしいからってわけじゃない、けどな――そういうことをしてほしいと思ったなら、まずはおれが助けるべきなんだ。そうじゃないと困った時に助けてくれなんて言えないだろ。
強いやつの背中に張り付いて言うことを聞いて悪事に手を染めてさ、それがお前のやりたいことなら文句はねえが、少しでも罪悪感があるなら、やめろよ。お前には向いてない」
「生き残るためには、手を汚す必要があるんだ――お前には分からない」
「お前みたいなクズを弱者と一緒にするなよ!!」
ハヤテが息を飲む。
少しだけだが、周囲の風が乱れた気がした。
「弱いやつだって、一生懸命に生きてんだ。それを……弱者はこうでもしないと生き残ることができない? 強いやつの言いなりで、優しいやつを騙して、貶めて。自分の利益しか考えてねえ生き方で他のやつをひとくくりにするんじゃねえよ。お前は弱者以下だ」
「――だったら」
ハヤテの手の平から、一直線の暴風がおれたちを襲う。
伊佐見の巨体が、数メートルもずれた。
「だったらッ、僕はどうすれば良かったんだッッ!!」
強者に挑めとは言わない。
無駄死に覚悟で、抗えとも言わない。ただ、
「おれを頼れば良かった。信頼できなければソラでもいい。ソラでも無理なら――別の誰かでもいいじゃねえか。少なくとも、人を傷つけることを命令してくる強者の命令なんて聞かなくていいはずだ――そんな苦、受け入れる必要なんかない」
「……厄介ごとを抱えた僕なんかのことを、誰が助ける……っ」
「おれがいる」
「おれと出会ったんだ、偶然かもしれないが、運命じゃないのか?
お前が八方塞がりの状況から抜け出せる、手段を、用意してくれたんじゃないのかよ」
神様が、なんて言いはしないが。
それでも、支配者が気を利かせたのかもしれない。
「そんなわけ、あるか……っ」
「まあ、支配者がそんなことするわけないか。それでもさ、運命ってのはあると思う。
おれとお前があの時、あの場所で出会ったのは、今ここで手を組むための布石だったんじゃないのかってな――そう思うわけだよ」
「ヨー、ト……?」
おれは手を伸ばす。伊佐見の翼から、体を出して。
竜の巨体すら動かす風が、おれの体を真横に吹き飛ばそうとする。
おれはそれを、腰を落として、踏ん張る。
「ハヤテ、こい。おれたちと一緒に、五位を止めよう」
「おれも、ソラも、お前のことを見捨てたりしない。絶対に。
お前に人を傷つけさせるような命令もしない。
自分自身の生殺与奪は、お前のものだ、誰にも握らせるものじゃねえんだから」
「僕は、でも、お前と、ソラを――騙そうとしたのに!!」
「気にしてないよ」
暴風の中を突き進み、そして――ハヤテの手を握る。
「騙されてもいいから、おれはお前を信頼したんだ。だからいいよ、ハヤテ」
「ヨート……」
「謝るなよ? 謝らなくていい。おれが欲しい言葉は、それじゃねえんだ」
聞きたい言葉は一つだけ。
お前がおれの手を握り返して、それからだ。
「分かった、ヨート。僕は――」
その時、
背後から迫った竜の大口が、ハヤテの全身を噛み砕いた。
舞う鮮血、バリバリと骨が砕かれる咀嚼音。
顎から滴る液体がおれの足下を浸し、靴の中に、生温かい感覚があり――、
そして、おれの手を握り続ける、ハヤテの手があった。
肘から先はなく、途切れている。
ない。
いない。
暴風は収まり、まるで凪だ。
やがて、ごくりと飲み込んだ竜の大口が、今度はおれを狙っている。
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