第22話 八位vs五位

 伊佐見いさみ江乃えの、とその竜は名乗った……らしい。


 らしい、と言うのも、竜の声が聞こえたと言っているのは真緒だけだ。

 おれには聞こえてこない。だから終始、真緒が嘘を吐き続けている、とも言えるわけだけど、今ここでそれをするメリットが、真緒にはない。

 おれを困らせるためであれば、なくもないが、まさかこんな命の危険が迫っている中でまでするほど、のん気でもないだろう。


「なあ、その竜、なんて言っているんだ?」

「いま聞いてる最中です。外野がうるさいですよ」


 もっと優しく言えないものか? イライラしてるなあ……ユータがいないからか?

 それともあれか、女子特有の、せいr


「口に出さないだけマシですが、思うだけでも気持ち悪いですよ」


「口に出してないのになんで分か――、

 まさか、竜の声が聞こえるのと同じようにおれの心の声まで聞こえてるんじゃ……」


「さあ、どうでしょうか」


 濁してきやがった。

 …………、


 なあ、ユータが好む女子の特徴を教えてやろうか?


「ぜひ」

「聞こえてるじゃんか!!」


 心の声、こいつにダダ漏れだ!


「まあ、全部が聞こえるわけではないです。竜の声もあなたの声も聞こえていたら、なにも聞き取れませんから。なにも聞こえないのと同じです」


 確かにそうかもしれないが……、

 部分的には聞こえているわけだ。それだけで充分、嫌なんだけどな……。


「じゃあ距離でも取ればいいでしょう。できるものなら」


 竜に囲われている状態でそれを言うのはずるいな。ただ、物理的に翼で抱えられているおれたちを守ってくれているのも、その群れの中の一体の竜なのだが。


 伊佐見、江乃、とか言ったか。

 第五位の親友――、つまり怪獣化していた、のか。


「…………、いえ、事情があるみたいですね。

 怪獣化したのはそうなんですけど――考えてみればおかしいですからね」


「おかしい?」


「ええ、分かりませんか? 第五位の親友なんですよ? 

 なのにどうして第五位を支持し、怪獣化を防ごうとしないんですか? 

 三位と四位を支持したくない、というのは分かりますけど――赤の他人ではなく、親友ですよ、支持しなければ怪獣化すると分かっていて、どうして支持をせずに怪獣化するまで放置していたのか、おかしいでしょう?」


 ……それもそうだ。

 おれが第四位を生理的に受け付けないから支持をしない、とは話が違う。まるでおれがユータやソラを支持しないと言っているようなものだ。

 信頼しているのに、どうして支持しないのか。


 意図的に? 支持することで自分か、それとも相手が不利な状況になるとしたら、支持をしない選択をすることもある――、

 自身が怪獣化してもなお、親友を助けようとする気持ちは分からないでもないのだ。


「それとも、親友という関係が、支持するほどではなかった、とかですね」


「悲しいこと言うなよ……、それでも怪獣化するよりはマシじゃないか。

 支持しておいて怪獣化を防いだ後で、移籍なりなんなりすればいいわけだし」


 ぎくしゃくはするだろうが。

 支持できないほどの信頼関係だった、と明かせば、どちらにせよぎくしゃくはするか。


「はあ、色々と考えますねえ、その空っぽの頭で」

「一言多いんだよ」


 ひらめきがない以上、あらゆる可能性を考えておく必要がある。

 最短距離で正解なんか出せない。

 だったら網羅するべきだ。

 遠回りでもいい、全ての道を歩けば必ず目的地には辿り着けるはずだ。


「で、あなたの推測は間違っていたみたいですよ」

「あっそ。当たってるとは思ってなかったけどな」


 じゃあ、だとしたら支持をしなかった理由は?


 怪獣化したかったのだろうか。自分の能力が嫌だったから――、

 だったら竜の姿でいた方がいいって? 

 でも実際、喋れなくなっているわけだし、理性だってなくな――あれ?


 理性、あるじゃん。


「だから、そういうことですよ」

「……分かんねえよ」


 お前しか声は聞こえていないんだから、いじわるしないで教えてくれって。


「はぁ、仕方ないですねえ」

「おれの信頼のおかげでお前の能力が強化されているって忘れるなよ?」


「これだけ雑に扱われてわたしを信頼しているのはあなたの方ですけどね」


 それは……、ぐうの音も出なかった。

 雑に扱われても、やっぱりこいつのことは嫌いになれない……。

 ユータの後輩でなくとも、たぶん、人に好かれる才能でもあるのだろう。


「怪獣化することを前提としているんです。

 なりたいわけじゃなく、ならなければいけなかった」


「ならなければ?」


「はい。なりたくてもなりたくなくても、ならなければいけないし、自然となるものなんです。

 だって、そういう風に設定されたんですから」


 ――ちょっと待て。

 設定された、だって?


 それじゃあ、まるで――、


「人間じゃない、みたいですよね」


 ―― ――


「アタシの親友は怪獣化してるんだよ。もうほとんど、姿は竜になってるくらいになあ……、

 ああ、お前が斬った中にはいねえさ。

 もしも死体になって転がっていたら、アタシはまともではいられないからな」


「怪獣化を止める方法が分からなかった、わけじゃないでしょ。十位圏内を支持すればいい。

 しかも親友のあんたが十位圏内なら、悩む必要もないじゃないの。

 それとも親友だと思っていたのはあんたの一方通行だったわけなのかしら」


「……かもな」


 あら、冗談で言ったつもりが図星だったかしら。

 十位圏内でありながらも普通の女の子みたいな反応ね……、それを言い出したらあたしだってそうだし、強力な能力を持ってはいても、元々、普通の子供なのだ。


 ある日、ぽんっと拳銃を渡されて、躊躇いなく引き金を引ける人は少数だろう。普通は持っているだけでも怖がってしまう。引き出しにしまっておき、忘れようとする。

 だけど世界は今、全人類がその拳銃を懐にしまっている状態だ。いつ銃口を向けられてもおかしくない状況――、怖がっていても、持ち歩かなければ落ち着けない。


 たとえば、眼鏡をかけた三つ編みの髪型をした見るからにおとなしめの少女がいたとして、彼女が拳銃を握っていたとしても、全然、怖くないだろう。

 銃の性能はともかく、なんとかできてしまうのではないか、と相手に思わせてしまう。

 それって、『弱そうだから』を理由に敵を引きつけてしまうことになる。


 ではどうするか。立ち振る舞いに自信がなければ、手っ取り早く変化をつけることができる方法がある――見た目だ。分かりやすく言えば、ヤンキーとか? 

 それっぽい格好をすれば、喧嘩の作法を知らなくても、敵は寄り付かなくなる。


 きっと、第五位はそういう子なのだろう。

 見た目や口調で威嚇しているけど、根っこの部分で普通の女の子だ。


 さっきから戦っている、あたしだから分かったことだ。

 いや、少し踏み込めば誰でも分かるかもしれない。分からないのは最初だけだ。


 やはり人間性は隠せない。即席の仮面じゃ覆えない。

 親友だと思っていた相手から支持されなかったことで、落ち込む姿を見せていればね。


 あんたの性格が分かっちゃうものよ。


「たとえ、一方通行でも」


 喋り方に特徴がなくなった――これが今の素の彼女なのだろう。


「江乃は、わたしの親友なの! だから、怪獣化しただけで殺そうとする『あいつ』を止めたかった――でも、あいつには、敵わない……ッ」


 それが、アギトだったわけね。

 それにしても、第二位、か……、さて、どんな能力を持っているのやら。


「手も足も出なかった……、江乃は殺されるはず、だったけど――あいつは言ったのよ。

『七夕ソラを始末すれば、江乃のことを助けてくれる』って」


 ふうん、始末、か。

 具体的に、殺すと言わないところに、あいつの少ない本気度が見えるわね。

 連れてこいでも、誘き出せでもなく、殺せでもない――始末しろ、か。


 あいつ、この子に一切の期待をしていない。どうせ始末できないと決めつけて交換条件を付け加えたわけか。じゃあ、最初から、結果関係なく、怪獣化したその子を殺すつもりだったとか? 

 それとも、殺す必要がない状況だったとか?


 たとえば、既に死んでいた、とかね。


 怪獣化したらいずれ理性はなくなるはずだし、

 生きてはいても死んでいるようなものとも取れる。


 わざわざ殺す労力を割くよりも、交換条件を出して、あたしに五位をぶつけた方が大局的に見て得をすると考えたのかもね。まあ、あいつの頭の中のことなんて分からないけど。


「江乃を助けるためには、あなたを倒すことが条件なのよっ、ごめん、なさい――でも!!」

「あー、いいから。戦う前に謝るんじゃないの。鈍るでしょ、動きが」


 お互いに、遠慮しちゃうから、そういうことは言わない約束。

 五位からすれば、あたしを倒すことが親友を助けるための条件だと思い込んでいる。

 当然、言いはしないものの、あたしを殺す気でくるわよね……。


 あたしだって、はいそうですか、と同情して殺されるわけにもいかないし。


 反抗はするよ?


「あんたの戦う理由は分かったから。理不尽だとは思わない。だから遠慮なくきてくれていいからね。というか、遠慮なくきてくれないと、あたしも気持ち良く反撃できないし。

 親友を助けたいんでしょ? だったら少しの痛みくらい、がまんできるわよね?」


「……もちろん」


「じゃあ戦いましょう。あんたは親友のために。あたしはあたしのために。ヨートはあたしのことを英雄だとか聖人だとか、信仰宗教みたいに信頼してくれているけど……違うのよね。

 別に、あたしは、普通なの。普通以下かもね。それに、あんたと同じなのよ」


「?」


「仮面、はめてるの。ヨートが信頼してくれているあたしが、仮面を被った状態――」


 そう、そっちばかりを見ているからって、そっちが素顔だとは限らない。

 気づけばあたしは、その仮面をはずせなくなっていたのだ――。


「ヨートならきっと、あんたの親友を助けようとするでしょうね。でもあたしはしない。冷たいかもしれないわね、薄情? 人でなし? 心がない? 全部は救えないわ。

 さすがに自己犠牲で他人の仲間を助けるほど、あたしは英雄気質じゃないの」


 悪いけどね。

 期待を裏切るようで。

 でも、勘違いされたままじゃあ、あたしも困るのよ。だから、


「ここらへんであたしのイメージ、ぐいっと傾けておく必要があるわね」


 ―― ――


「伊佐見江乃さん」


「怪獣化する以前から――もっと言えば、世界が変わる前からですね」


「世界変化のまさにその直前で、交通事故で死亡しているらしいです」

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