第20話 竜使いの罠

 二週間で、十位圏内を支持する圏外の能力者たちの分布も区別化された。


 第四位の支持者は、偏った年代はいない……、強いて言えば大人が多いか。

 三位は子供が多い。そして五位は、竜――、


 五位自身の能力の恩恵もあるだろう――【竜想術―ドラゴン・マスター―】による能力により、怪獣化した人間は、全員が五位の支持者になっている。



「いたな、第八位」

「え、あたし?」


 竜の背中の上であぐらをかく、黒く焼けた肌を持つ、銀髪ポニーテールの女。少女という年齢ではないだろうと思う。たぶん年上だ。

 大学生かもしれない……、彼女はなぜか、ソラを狙っている……?


 この騒動もまさか、ソラを誘き出すための、餌だったとでも言うつもりか?


 だとしたら確実とは程遠い。こうして実際にソラが釣れた今になって言うのも負け惜しみに聞こえてしまうが、もっと良い方法があっただろう……、町を壊し人々を襲い、必ずソラが駆け付ける保証はない――いやまあ、ソラならきっと駆け付けるだろうけど。


 だけどそれは、一緒に過ごしたおれだからこそ分かることだ。

 あの女は、きっとそれを知らないはずだろう――なのに、どうして。


「二手で仕掛けていたら?」


 と、そう言ったのは真緒だ――、赤座あかざ真緒まお、ユータの後輩である。

 制服のスカートの下になぜかジャージを穿いている、『分かっていない』スタイルの少女だ。

 肩まで伸ばした明るい茶髪、野球ボールのヘアピンは、ユータからの貰いものか?


 女の子にあげるにしては、あいつ好みのセンス過ぎるとは思うが――ともかく、

 彼女が言ったことは、町を壊し人々を襲ったのは、手段の半分なのだと言う。


 これだけの騒ぎを起こしておいて、半分だって……?


「騒ぎを起こして炙り出せれば良し。できなかったら、同時進行で進めておいたもう一つの手段で目的の人物を特定し、誘導する――そういう二段構えの可能性だってあるじゃん」


 そんなことも分からないの? とでも言いたげな視線が突き刺さる。

 ユータなら分かっていたのか?


「ユータせんぱいはなんでも知っていますから」

「あっそ。信仰が強過ぎるなぁ……」

「あなただって、あの人のことを――」


 あの人?


「……いい、今はそれどころじゃないし」


 それもそうだ、前門の虎、後門の狼――どころか、前も後ろも竜、竜、竜である。


「で、真緒」

「気安く呼ぶな」


「ユータはどこだ?」

「…………病院で、治療を受けていますよ」

「あれ? あの竜に攫われたんじゃないのか」


 返せと言っていたからてっきり攫われたのかと思った……、

 あのユータがそう易々と攫われるわけがないとも思っていたが、しかし相手が第五位となると、攫われた可能性は否定できない。

 その前に喰い殺される方が早いかもしれないが。


「ユータせんぱいじゃないです、ユータせんぱいの、能力が――」



 ドンッッ、と、おれたちの会話を遮る衝撃が目の前に降りてきた。

 遠近法で小さく見えていたが、こうして目の前で立たれると、でけえ……ッ。


 竜の影に、おれと真緒がすっぽりとはまってしまっている。


「八位はアタシが始末する。邪魔が入らないように外野をどかしておけよ」

「……はい、分かりました、オセさん」


 そう答えたのは、


「……え、おま、え――」

「悪いなヨート、僕は、こっち側なんだ」


 竜を背にして立つハヤテが目の前にいる。

 餌を前にして、竜がハヤテを襲わないのは簡単なことだ、ハヤテが、仲間だから――。


「なに、あなた、裏切られたの?」


 隣の真緒がくすくすと笑っている。相変わらず人の不幸が好物なのか。

 お前、嫌われるぞ?


「ユータせんぱい以外いりません」

「あっそ」


 視線をハヤテに戻す。

 裏切られた、ね――ハヤテはきっと、裏切ったとも思っていないだろう。


 信用していたのはおれだ。勝手に、友達だ、仲間だと思い込んでいただけだ。

 仲間になった覚えがないハヤテに、どうして裏切ったんだ、とは言えない。


 返ってくるのは当たり前の定型文である。


「そもそも僕は、お前たちの仲間になった覚えはないぞ」

「ほらな」


 それでもおれは、お前のことを、


「仲間でなくとも、友達とは思っていたけど……」

「それ、なにが違うんだ?」

「仲間は命を懸けられる。友達はそこまでじゃねえって感じかな――」


 それでも当然、困っているなら助けるために全力を尽くすけど。


「大した聖人君子だな」

「おれは真似だよ。こういうのは、ソラの受け売りだ」


 ハヤテはきょとんとした顔で、


「もう、お前のものだと思うけどな」



「それで?」

「それで、とは?」


「いや、お前が五位のクランメンバーで、ソラを狙っていたんだろ? 理由は? 

 一位の支配者に『信頼』を見せつけるための、このサバイバルバトルだ。

 十位圏内の中で潰し合うことはないだろ。

 相手を武力で制圧する? それが全人類、総意の信頼関係に繋がるか?」


「最初は無理だろうな。でも、強い人の後ろは安心する……だから大多数の人は、三位や五位ではなく四位を支持しているのだろうさ……、地位が確立されているから、信用しやすいってさ。

 大衆の意見に流された人も中にはいるだろうけど、支持し続ければその人こそが自分のリーダーであると受け入れることができる。

 その人じゃないと不安になるくらいまでいけば、人類総意の信頼になると思うけどね」


 武力はきっかけだ。他の十位圏内を潰しておくことで自身の強さを誇示する。

 それは自信だ。先を見て不安がっている十位圏内を、誰が支持すると言うのか――。


 力が強いから、だけでは誰もついてこない。

 人が集まるのは、先見性や危機的状況になったら守ってくれるという安心感も必要である。

 そういう意味では、四位は社会的に。

 五位は竜というアドバンテージを使い、フォローしてくれる……。


 ハヤテが五位と八位、どちらを取るかは明白だった。

 ソラの良さはまだ、おれしか分からないからな。


「だから、ソラか?」

「そうだね」


「三位でも四位でもなく、まだ素性がはっきりとしていない、ソラ? 八位だと明かしたわけでも、噂が立ったわけでもないのにか? それとも八位でなくとも、『ソラ』であれば目的は達成できる……? 始末する相手がソラでなければならない理由は、なんだ?」


「…………」


「ハヤテが――じゃなくて、五位とソラは、知り合い……だったのか?」


「個人情報だ、言う必要はないはずだよね?」


 クランのリーダー、つまりハヤテからすれば上司だ。

 それで言うとソラはおれの上司ということになってしまうが……、尻に敷かれてはいても決して上下関係はない。……と思うけどな、あってもいいけどさ。

 ソラは結構、おれを顎で使ったりするし。


「君が断らないからだろう?」

「断る時もある」


「ほら、時もあるって言っている時点で、基本的に君はイエスマンなんだ」


 かもしれない。だとしても、ソラだけだ。


「そういうところがね……、自覚がないなら気づくまではそのままでもいいんじゃないかな。

 君たちと違って、僕とオセさんは、上下関係がある。だから脅されても言えないね」


「大した忠誠心だ。知らないだけなんじゃないの?」


 言うと、ハヤテが視線を逸らした……あれ?


「本当に、知らないだけだったのか……?」


「どっちでもいいだろう、どうせ君に教えることはなにもない。僕の役目はオセさんが八位を始末するまで、誰一人、邪魔をさせないだけだ。――この竜たちと一緒にね」


 おれと真緒を囲むように、次々と竜たちが地面に降りてくる。

 逃げ道がなくなった。


 一挙一動を、彼らは見逃さないだろう……。


「ソラと五位が知り合いなら、水を差すわけにもいかないか……」

「これ、どうするんです? ユータせんぱいならもう動き出していますけど」


「おれはユータじゃない、一緒にするな」

「ユータせんぱいと同じ人なんているわけないでしょ、バカですか、あなたは」


 悪態をつくも、真緒は震えていた。

 竜に囲まれているのだ、怖いに決まっている。


 ソラが五位に付きっきりである以上、彼女の支援は受けられない。

 ここは、おれと真緒で、ハヤテと竜を相手にしなければいけないのだ――。


 ユータ、お前ならどうする?


「真緒、お前の能力は!?」

「早速、わたしを頼りにしますか、プライドとかないんですか。男にせよ、せんぱいにしろ」


「ないね。この状況じゃあ、対等だ。おれだって怖いしな。それに、能力は組み合わせて使うべきだろ、十位圏内でなければ単体で出せる成果なんてたかが知れてる――、だから、お前の能力を教えてくれ。ユータじゃない、一道ヨートらしい作戦で、ここを生き延びてやる!!」


 絶対絶命でこそ、おれたちは輝けるのだ。


 ―― ――


「あたしを狙っているのは分かるけど、理由が分からないわね……あなたの名前は?」

浅間あさま小瀬おせ


 知らないわね、物心がついた時まで遡っても、そんな子は知り合いにいなかった。

 彼女が遠くからあたしを見ていた、友達の友達だった、という距離だとしたらあたしに分かるはずもない。偽名でも同じく。見た目は変わって当たり前だから、それを言い訳にはしないわ、名前で覚えていなければ、顔で思い出すはずもない。


 とりあえず、あたしと直接的な関係があったわけではない、っていうのは確かね。


 正直、狙われる心当たりはないけど、十位圏内というだけで理由はある。特に理由がなくとも十位圏内だから、と言えば、それが理由になるのだから。

 理由を求め出しても意味がない。相手にやる気があるならこっちもやる気で返すだけね。


「アンタが八位だとは思わなかったな……」


「? なに、じゃあ、八位じゃなくて、あたしを狙ったわけ? 

 ……そうなると理由が気になるんだけど……」


「アンタ、何者なんだ? あいつとどんな関係がある――」

「あいつ?」


「第二位」


 え。


殿ヶ谷とのがやアギト……、あいつはどうして、お前を狙う……?」


 …………へー、ふうん。そういうことか。

 自分自身で来ないのは、まだ会う覚悟がないからかしら。


 ハヤテの登場も、もしかしたら絡んでいるのかもしれないと考えていたけど、それは考え過ぎだったみたいね――、

 じゃあハヤテはどうして? と思うけど、イベント然り、悪趣味なイタズラでしょ。


 彼がこの悪趣味をするわけがないし、一番嫌いな人だ。だから、別の誰かの差し金。

 あたしを始末しようとしているのは、ついで、でしょうね。


 あわよくば。だけど彼は直接、あたしをどうにかしたいはずだけどね。

 殺すにせよ、謝らせるにせよ。


 討論でもしたいのかしら。まあ、付き合うけど。

 喧嘩別れしたあの時の続きを、あたしは待っているのだから。


明人あきと……じゃないか、今はアギトなんだっけ? 彼からのお願い、命令なんだね。

 あたしを始末しないとあなたに不利なことが待っている……でもさ」


 小太刀サイズの木刀を構え、


「それでわざと始末されるあたしじゃないのよね、第五位さん」


「分かっているさ――だから本気でいく」


 ピィィィィッッ、と甲高い指笛が響き、

 上空から、さらに増えた、竜の影が。


「う、そ……っっ!?」


「こっちにも守りたいものがあるんだ、餌になってくれよ、第八位!!」

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