第19話 竜の群れ

 逃げて、と言われて逃げるメンバーは、もう一目散に逃げている。

 だからこの場に残ったのは、おれ、ソラ――そしてハヤテだった。


「あ、残るの?」


「き、君たちが残るからだろう!? 

 どうして逃げないんだ、すぐそこまでもう竜が迫っているって言うのに!!」


 窓の外を見れば、あー、確かに群れになって上空を飛んでいる。

 響き渡る轟音、竜の攻撃で、ビルがいくつも倒れていた。


 ……なにが目的なんだ? 目についたものを攻撃しているにしては、竜たちは統率が取れている気がする。片っ端から破壊しているように見えて、目的があるのかもしれない。


「ハヤテ、お前は逃げろ。おれとソラはちょっと確認してみる」


「な、なにをバカなことを! 君たちがあの竜に敵うはずがないだろう!?」


「戦うわけじゃないよ、あの竜の目的を、さ、調べておくだけだ。それに、敵わないわけじゃない――まあ、まとめて数体を相手にするのは難しいだろうけどな」


 だが、一体を相手にするくらいなら、なんとかなる気がする。

 ソラの【絶空】。おれの【反転】を使えば、敵わなかったとしても拮抗するだろう。


「――じゃあ僕もいく」


「え、いや、危険だぞ? 

 それに、ハヤテは別のクランだろ。無理しておれたちに付き合う必要は――」


「あら、やっぱり他のクランの情報を探るスパイだったのかしらね」


「最初からそんなつもりはない……誤解されても仕方ないけどさ。支持者を明かさないんだ、それくらいは受け入れる。探るとしたら君たちのことじゃない、あの竜のことだ。

 支配者が送り込んできたイベントの刺客なら、無視もできないだろう」


 今から仲間と合流して探るより、おれたちと行動していた方がいいと判断したのだろう。

 別クランでも、同じ人間同士、仲間だ。ここは助け合うべきだ。


 支配者は言っていた、全人類の信頼を集めろ、と。

 一致団結が最低限なら、ここで争っていたら一生、この世界は元に戻らない。


「僕の能力は、周りの風を操ることができる。外側にいけばいくほど力が弱まる……、警戒をこれで解いてくれとは言わないけど、僕なりの誠意だよ、ソラ」


「ふうん。その能力が本当なら、の話ね」


 まだ疑っている。ま、ソラはこれでいいのかもな。

 逆に言えば、信頼できると判断させたなら、ソラはきっと、とことんまで信用するだろう。



 メイド喫茶を出て、上空を飛ぶ竜を見上げる。

 隊列を組んで移動し、ぐるぐると周回をしている……、なにかを探している?


 すると、一体の竜が下降した。逃げ遅れた人たちを追いかけている。


 ――選別している?


 誰かを探しているように見えるな……襲っているように見えて、その大きな口で捕食することはないのだ。追いつきそうなギリギリで、竜は再び、上昇を繰り返している。


 泣き叫ぶ子供を抱える母親、怪我をした恋人を支える彼氏、そして逃げない少女――え?


 その少女はなぜか、上空の竜たちを睨みつけていた。

 道端に落ちていた石を投げる。

 届きこそしなかったものの、看板に当たったその音に気づいた竜が、少女を見据えた。


「あいつ、なんでわざわざ自分から……ッ」


「……まずくないか? 

 竜は、とどめこそ刺さないけど、それって人間が反撃をしなかったら――だと思う。もしも誰かが能力を使い、竜を退治しようとしたら、当然、竜だって反撃するはず……」


 つまりだ、あの少女に限れば、竜の攻撃は、当たってしまうことになる。

 石ころを投げたところを見ると、能力は攻撃系ではない? できるのならば最初から能力で攻撃をしているはずだ。逃げるべきところを、どうして攻撃したのかは分からないけど、まさか正義感で、後ろのみんなを守るために一人で立ち向かおうとしているのか……?


「――せんぱいを、返せ!!」


 少女が叫んだ。

 先輩? ……おいおい、そう言えば、あの子、見たことがあるぞ――。


「ユータの、後輩……いや、仲間の……?」


 短期間だが、治療をする時に何度か言葉を交わした。向こうがおれに興味がないので、本当に数回だけの会話で、それ以降は一切の会話なく、顔を合わせすらしなかった。


 その子が、竜に喧嘩を売っている……、それに、なんと言った?

 先輩を返せだって……? それって、ユータが、じゃあ――、


 あの竜たちに、攫われたってことか?


「…………」

「あの子、殺されるかもしれないぞ……っ!」


 竜が口を開き、喉の奥に溜め込んでいた炎を、少女に向けて吐き出した。

 球体となって飛び出す火ではない。竜の意志がある限り出続ける放射だ。

 炎の波が、少女を飲み込もうと迫る。


 ゴォォッ、と直撃こそしなかった炎の放射は、しかし少女を囲い、炎上する。

 炎が少女を中心とした円の形になり、彼女を逃がさない――。


「待て、ヨート!」


「なんだよ」


 ハヤテがおれの腕を掴んだ。


「どうして助けようとする……、あの子が知り合いだからか? ヨートの能力は知らないけど、ここはソラに任せればいいじゃないか。君が出る必要はないはずだ」


 確かにそうだろう、能力で言うならハヤテの風の操作が、炎を消すことに役立つかもしれない――竜を撃退するには、ソラの絶空が合っているかもしれない――でも。


「任せることには賛成だな。おれにできないことをハヤテやソラがすれば、効率が良い。でもさ、任せたからっておれが足を止めるのは非効率だろ。任せた上でおれも動く。

 そうすれば、おれ一人ではできなかったことができた上に、新しいことができる」


 動かない理由がないなら、動くべきなんだ。


「だから、おれは勝手にあの子を助けにいく。だからハヤテ、ソラ――任せたぞ」


 そして、おれは駆け出す。ソラの好意的な溜息を聞きながら、だ。


 ハヤテの呟きも、しっかりと聞こえていた。


「早死にするぞ、ヨート……っ」


 見て見ぬ振りして生きるよりはマシだろ?



 どしんっっ、と竜が大地を踏む音が響く。

 炎の円の中、竜と少女が向かい合っていた。


 こんな状況でもあの子は逃げようとはしないらしい……、怯えている様子もない。大したものだ、と感心するが、恐らくまともじゃないからだ。

 大好きな先輩(と言うとあの子は否定するだろうけど)を奪われた怒りで、恐怖を誤魔化している。冷静になれば腰が抜けて立てなくなってもおかしくない状況のはずだ。


 目の前に竜がいれば。

 立ち向かおうだなんて思わないはずだ。


 だからこそ【ドラゴン注意報】なんてシステムがあるのだ。誰もが挑もうとする気力が削がれたから、あらかじめ出現予定場所には近づかないという対処をしている。

 出会えば死ぬことを覚悟して。

 それは竜の脅威どうこうではなく、人間側が動けなくなるから。


 本能的な敗北を体が覚えているのだ。


 そんな相手におれは今から挑むわけだが、もちろん撃退するわけじゃない。

 少女を助け出すため。竜から遠ざけられれば、それでいい――。


 だがそれは、撃退するのと同じくらいに難しいことだ。


「ハヤテ!!」


 申告した通り、ハヤテの能力は風の操作だった(疑っていたわけではないけど)――かなり強力な風だったようで、目の前の炎の壁が一瞬で消えた。

 さんきゅ、と親指を立てて見せると、ハヤテは驚いたような表情をしていた。


 ユータの時と同じだろう、いつも以上の力が出たのかもしれない。


 これもおれのおかげか?


 信頼している証拠だ。ユータがこの場にいれば非難してきそうだけどな。

 消えた炎の先、少女が見えてくる。――彼女は果物ナイフを持っていた。

 ――バカかっ、そんなものが竜の鱗を突き破れるはずないだろうがッッ!!


 彼女の手を掴み、ナイフをはたき落とし、引っ張る。

 とにかくこいつを竜から遠ざけることが先決だ。


 放っておいたらわざと喰われて、腹の内側を切り裂いて出てこようとしそうだ。


 不可能を戦法に入れるのは自殺と変わらねえぞ!!


「はなっ、せっ、このッ――偽善者めっ!!」


「はいはい、なんでもいいから暴れるな逃げるぞ――真緒まお!」


 小柄な少女を抱きかかえ(米俵を肩で持つように)、竜に背を向け、距離を取る。

 それをあっさりと見逃す竜ではなく、おれたちを飲み込もうと前傾姿勢で突撃してきた。


 大きな口をあんぐりと開け、おれたちの真上から――、


「ぎゃあああああああああああああああたべられるぅううううううっっ!?!?」

「今頃になって恐怖を思い出したか。お前、あれに立ち向かおうとしてたんだぞ!?」


 肩の上でじたばたとされると走りづらい。ただでさえ速度が遅いのだから。

 追いつかれるのは当然だ。だから、このまま速度で逃げる気は最初からなかった。

 竜の視線はおれたちに向いている、釘付けだ。おれたちは餌であり、竜は釣られた。


 おれたちは、そう、囮なのだ。

 竜は気づいていない、遠方から狙う、狙撃手の存在を。


 まあ狙撃とは言え、飛ぶのは弾丸ではなく斬撃だが。


「伏せて、って言って、る――」

「よしっ、歯を食いしばれよ真緒!」


 肩にいる彼女に伝わった伝言を聞き、おれはわざと転ぶ。

 体勢を低く、巻き込まれないように。


 そして――、


 ザンッッ、という音が聞こえ、鮮血が雨のように降り注ぐ。


 ずず、と竜の首が、斜めに落ちた。


 ――絶空ゼックウ

 八位の能力が、脅威を両断する。


「――まず、一体ね」


 そう、ここまでやって、まだ一体なのだった。


 残っている一、ニ、三……見えている範囲では六体か。――竜たちが、仲間の死を引き金に、おれたちに狙いを定めている。

 しかし距離を取り、攻めてこないのは、ソラの絶空を警戒しているからか。

 だが絶空には致命的な弱点がある。


 竜には、まだそこまでは把握されていないみたいだ――。



「あの斬撃は大したことねえよ。だからアンタら、突撃しな」



 その声と同時だった。躊躇っていた竜たちが、一斉に動き出す。


 分散してタイミングをずらし突撃してくる竜たちを相手に、絶空は効果半減だ。


 一体に絶大な威力を発揮するも、多対一には弱い……、敵が重なっていれば――いやダメだ、絶空の仕様上、飛び出した斬撃は貫通しないで手前で飛び散る!!


 それを見破ったのは――、

 一体の竜の背中にあぐらをかいている、女……?



「第五位……ッ」


 おれの隣で伏せている少女が呟いた。


 あれが、五位の……!


 竜想術――、


 ドラゴン・マスターかっ!!

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