第18話 空腹の少年

 流れる人に乗って、歩行者天国を歩くおれたち。

 もう少し、駅前まで進んでみようと二人で話しながら進んでいると、


 ぐう、と腹の虫を鳴かせたのは、ソラだった。


 えぇ……? と横を見てみると、えへへ、と恥ずかしそうに笑っているソラがいた。


 聞き込みよりも先に外食を済ませるべきか。だけどおれはさっき食べたばかりで、もちろん腹なんか空いているはずもなく。軽食を求めてカフェにして、ソラが満足するかどうかを考えると、最初からがっつりとファミレスにしていた方が無難か、と一瞬で考える。


 近くにファミレスがあるか、と探してみると、やはりテナントビルが多いので飲食の一つや二つはあるものだ。駅前から逸れ、進路方向を変える。

 ソラのせいで、と言うわけではないが、財布の中が少し心許ない。

 貯金はだいぶある、とは言え、出張中の親からの送金が現在の状況、この世界で、ちゃんと送金されるのか、という不安が少なからずあるのだ。


 もしも送金されなければ、おれは生活費をどうすればいい?

 まあ、そういう生活苦のための救済措置は、支配者がなんとかしてくれるらしいけど。


 あまり頼りたくはない手だ。借りたせいであとで請求されても困るし……。


 相手が日本という国自体となると、踏み倒すことは難しいだろうから、必ず、どんな形であれ請求は決行されるさろう。もちろん、このゲーム内で死ななければ、の話だが。


「え、ヨート、聞き込みをするんじゃ――」

「ソラの腹を満たすのが先だ」

「きゃっ、やったっ、大好きヨート!!」


 ぎゅっと抱き着いてくるソラ。現金なやつだなあ。


「ふうん、しっかりと鼓動は早くなってる、と。男の子だねえ」

「うるせえ」


 ソラを引き剥がし、人の流れに逆らおうとした瞬間だ、

 人の波が避けた。


 自分たちから避けたような、切れ目――、そこから、人が飛び込んできた。

 どさっ、と目の前に倒れる人影。彼がおれの足首を、がしっ、と掴んだ。


「うおあ!?」


 反射的に頭を踏みつけてしまいそうになるが、様子がおかしい……。

 能力者に追われているのか? それにしてはどこも怪我をしていない――、

 そこで、ぐう、と再び腹の虫が鳴いた。


「ソラ、もうちょっと待」

「あたしじゃないわよ」


 恥ずかしさからくる強がりではなさそうだ。

 となると、じゃあこの――、


 倒れてきた青髪の少年の、腹の虫か……?


「……も、のを――」

「え?」

「食べ物を、くれませんか……?」


 屈んでよく聞くと、そう言っているのが聞こえた。

 腹が減って、倒れたところに、おれたちが通りかかった――。


 え、そんな偶然、あるのか?


 まあ、ないとも言い切れないか。おれたちからすればなんでおれたちのところで、と思うが、彼からすれば選んだわけではないのだ。空腹に力が入らなくなり、たまたま倒れ、手を伸ばし掴んだ足首が、おれだっただけの話で――。


 そこに意図はないはず。


「……ソラ」


「いいんじゃない? どうせヨートの奢りでしょ? あたしがダメだって言う権利はないし。

 放っておけないって、顔に書いてあるわよ。同年代くらいだし、助けてあげましょう」


「ソラならそう言うと思った」


 ソラが見捨てるはずないもんな。

 そう言うと、ソラが苦笑いを浮かべる。


「なあ、飯、連れていってやるから、元気出せ」


 本当に動けないとしたら、こんな声かけに意味はないが、声はかけてみるものだ。

 ばばっ、と顔を上げた少年がおれの肩を力強く掴む。


「本当ですかっ!!」

「いっ、力、強……っ、本当だって、だから落ち着けテンションを上げるな!!」


 女顔にも見える青髪の少年が、ずいっと、近づいてくる。

 空腹のせいなのか、ぐるぐると目が回っているのが分かった。


 どれだけがまんしていたんだ……、

 しかるべきところに申請すれば、食料くらい貰えるんじゃないのかよ……。

 そういう知識さえ、誰にも教えられていないのであれば、行き倒れも無理もないか。



「…………え…………?」



 手で口を押さえ、瞳を揺らすソラ。

 動揺が隠せていない――。


「……ソラ? どうかしたのか?」

「ううん、なんでもないわ」


 一瞬前の動揺などなかったことのように、素に戻ったソラだ。

 隠したわけではない。あ、違うか、みたいな、人違いを確認した後の態度である。

 まあ、人違いならいいけど――でも、あの動揺の仕方。


 只事ではないような気がした。

 だけど、それを掘るべきではないか。


 今でなくとも。

 たとえクランの仲間とは言え、踏み越えてはいけないラインがあるのだから。



 ファミレスに向かおうとしたが、彼――風間かざまハヤテの希望で店が指定された。

 女子にも見える容姿だが、上下が学ランなので、見間違えるはずもなく、男子だ。


 まあ、男装をした女子の可能性も、ないわけではないが――、やはり骨格は男子である。


「で、なんでメイド喫茶なの?」


「秋葉原ならメイド喫茶じゃないか。一度いってみたかったんだ。

 どうせヨートの奢りなら、いってみたいけど普段いかないお店にいきたいなと思ってさ」


 別にいいけどさ、人の金で欲求を満たしやがって……。

 まあ、おれも地元とは言え、滅多にこない店だ。


 食事をするだけならファミレスの方が安いし、ただの接客サービスに大金を払うということへの抵抗感が拭えなかったのだ。父親と一緒に、二、三度きたことはあるけど、いったことがばれた母親にこっぴどく叱られている父親を見ると、母親のためにもいくべきではない、と、子供ながらにそう決意したものだ。


 親しい女の子がいるのにメイド喫茶にいくのは罪悪感がある、という認識。

 つまりソラがいるのにきてもいいのか? と思ったが、同行しているならセーフか?


『お嬢様、お帰りなさいませ』


「はい、ただいまー」


 とメイドさんと仲良くなっているソラを見れば、不機嫌ではなさそうだ。

 意外と気に入っているのかもしれない。性別は違うが、やはりちやほやされるという意味ではホストと変わらないだろうし……。満足そうならいいか。

 おれに雷が落ちることもない。

 というかハヤテの希望なのだから、おれに落ちるのもおかしなことだ。


「ヨートはなにを食べるんだ?」

「おれはさっき食べたから……飲み物だけでいいや」


「えー、ご主人様、頼んでくださいお願いしますっ」

「満腹だからさ。じゃあ、君が食べてくれるなら頼むけど」


 メイドさんは一瞬、きょとんとした後で、


「む、無理を言って、申し訳ありません……」

「え、いいの? 頼むくらいなら別に――」


「人が良過ぎるご主人様を相手に搾取するのは、こっちの心が持ちません……」


 搾取って言ったね?

 薄々、こっちも勘づいているから別にいいけどさ。


 搾取するのがメイドさんの仕事じゃないの?


「ヨートって疑わないよね。誰にでもそうなの? そうだよね。

 だって敵になったお友達のことも信頼してたしね」


「それは友達だからだよ」


 まったくの赤の他人を軽々しく信頼はしないよ、さすがに。


「どーだか。今のメイドちゃんのことも信用したでしょ」

「だって、悪い子に見えなかったから。実際、罪悪感で引いたじゃないか」

「そーだけど。……ま、ヨートの良いところでもあり悪いところでもあり、か」


 隣ではハヤテがオムライスを注文していた。

 オプションで金額が変わってくるらしいが、ハヤテは遠慮なくつけている。


 おれの金で。


 遠慮がねえな。でも、どうなるのか見てみたい、という欲求を満たすための投資と思えば、自分にされるよりはまだ冷静に状況を見ることができる。

 そういう意味では安いのかもしれないな。



 メイドさんの技術を近くで見て、おれたち三人は満足していた。

 おー、ぱちぱち、と拍手をする。一通りのオプションが終わると、残ったのはそれぞれが頼んだ料理と飲み物だけだ。接客サービスを終えたメイドさんたちが散っていく。

 食事の邪魔をしないように、という配慮なのかもしれない。


 お喋りしたければおれたちから喋りかけろ、ということなのかもしれない……。

 まあそれは後でするとして――あ、そっか、情報収集もここですればいいか。


 引きこもっていたおれたちよりは知っていそうな子たちだ。

 ハヤテとソラが料理を口に運ぶ姿を見ながら、ずずず、と飲み物を飲むおれ。


 見ているだけで満腹になる光景だった。

 で、先に食べ終わったのはハヤテである。


「ごちそうさまでした、ありがとうございます、お二人とも」

「おう。行き倒れていた理由とか、聞いても大丈夫か?」


「はい、問題はありませんが……ただ、お金が尽きたので倒れていただけですけど……」

「申請しようとも思わなかったのか?」

「え、申請?」


 やっぱり。知らなかっただけか。


「ああ。生活が困難な者には、支援が出るんだよ。

 裏日本人が呼びかけていたはずだし、配られたルールブックから分かると思うけど……」


「いや、それ、僕はまだ貰ってなくて――」

「そっか。じゃあこの後にでも貰いにいくか」


「え、いい、んですか……?」


「それくらい付き合うよ。あと、同い年だろ? タメ口でいいって。別に奢ったからっておれが上なわけじゃないしな。おれが持つ金は親のだ、おれのじゃねえよ」


 親の金で威張る子供じゃない。

 それをしていいのは自分の力で稼いだ金を持つ本人だけだ。


「でも良かったな、行き倒れた場所が歩行者天国で。

 どこかの路地裏とかだったら竜に喰われていた可能性もあったぞ?」


「ははは……、それもそうだ。一応、人が多いところを探してふらふらになりながらも近づいたんだよ。誰かが見つけて、助けてくれるかなって思って」


 人任せだが、一人でどうにかしようとして死ぬよりはマシだ。

 で、おれたちはまんまとこいつの思惑通りに救ったわけなのか。


「や、やられたぁ」

「見捨てても良かったけどね」


「できるかよそんなこと」

「ヨートは優しいなあ」


 あっはっは、と二人で笑い合っていると、かちゃり、とフォークが置かれた。

 ハンバーグセットを食べ終えたソラが(連続二食目にしては重いだろそれ……)、


 鋭い視線で、ハヤテを見定める。


「で、あんたはどこのクランなわけ?」


 ハヤテの唇が引き結ばれた。

 言えない、言いたくない、のか?


 であれば判明している三位、四位、五位のどれでもなく――、

 ソラのように大衆の前には出ていない十位圏内を支持しているのかもしれない。


「それは――」


 困り顔のハヤテを、視線だけで詰めるソラ。

 おれたちのテーブルの雰囲気が、一気に険悪になってしまう。それを察して、店内のメイドさんも、できるだけおれたちの席から離れて仕事をしていた……迷惑になってるじゃないか。


 ソラの質問は真っ当なものではあるが、ここでするべきことではなかっただろう。

 そろそろ助け船を出すべきだ。


「ソラ、どこのクランでもいいだろ、今は――」



 すると、店内に駆け込んでくるメイドさんが数名いた。

 騒がしい音におれたちを含め、客の視線が全て入口の注がれる。


「あなたたち、どうしたの?」

「で、出たんです……っ」


 チラシ配りをしていたメイドさんたちの服は汚れていた。

 肌を見れば、擦り傷、切り傷が多い……。

 外でいったい、なにがあった……?


「ヨート」


 呼ばれて振り向くと、ソラの視線は既に自身のスマホに向いている。

 全員が駆け込んだメイドに向いている中で、一手先を読んでいる――さすがは八位か。


「これ、速報が出てる」


 出されたスマホの画面を見れば……、

『上野駅周辺に、竜が出現!!』

 という見出しで記事が投稿されていた。上野……近いじゃないか。


 しかもその記事を読むと、一体どころではなく、もう竜の群れと言える規模だった。


 怪獣化した竜じゃないかもしれない……、支配者である裏日本が仕込んだNPCと同様の【モンスター】……そしてこれこそが、アビリティ・ランキングを盛り上げるための【イベント】だとでも言うのか――?


「竜が、町を、人を、襲っていて……ッッ!」


 傷を負ったメイドさんが、震える声で叫ぶ。


「もうすぐ、ここに竜がきます! だからみんなっ、逃げてっっ!!」

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