第17話 二週間後

 夏休みに入り、二週間が経った……日付は八月に入っている。

 外に出れば熱さで溶けるほどだ……、こんな世界でも夏の熱さは変わらないらしい。

 日本ならぬ、裏日本。


 今、おれたちが生活しているこの世界は生死が簡単に他者によって歪められてしまう。

 見上げれば空を飛ぶ竜。すれ違う人々は全員が能力者だ。

 おれたちはみな、誰もが参加資格を持っている。


 そう、裏日本と名乗った男が提案した、サバイバル能力バトルの、だ。


 全員が無意識に持つ能力。その能力を解放する鍵を、【十位圏内】と呼ばれる九人の能力者たちが持っている――、おれたち十位圏外の能力者は、彼、彼女たちが抱える【集団クラン】に加入し、仲間になることで、自身の能力をアンロックさせることができる。


 そしておれ、一道ヨートが信頼する十位圏内は。

 現在【第八位】の、七夕ソラだ。


 彼女のクランに入って、二週間――、

 放浪する彼女はホテル暮らしをするしかない、と言った。命を助けてもらった恩がある。それにおれは、彼女を他の十位圏内を相手に、勝たせてやると忠誠を誓ったばかりだ。

 寝泊まりする場所がないとこれみよがしにアピールしてくる彼女を放り出して(親の海外出張により)一人暮らしの家に帰る気もなく。


 結局のところ、おれは彼女を家に招いたのだ。

 ……家で二人きりとは言え、別に変なことはしていない。


 すればソラの絶空のうりょくがおれを真っ二つにするだろう。

 出したくても手を出せない状況だった……いや出す気なんかないけどね?


 こんな世界に変わり、一変した生活の中でイチャイチャなどできるはずもない。

 それに、おれがソラに抱く好意は恋愛ではない――憧れだ。


 指標である。

 だから、風呂上りの彼女がバスタオルを体に巻いただけの半裸の状態でもなんとも思わ――、


「いや思うわバカか!!」


「えっ、なになにどうしたの敵でもきたの!?」


 慌てて小太刀サイズの木刀を探すソラ。そのせいで巻いただけのバスタオルがはらり、と足下に落ちてしまう。半裸以上に全裸じゃないか!


「前前っ、体を隠せ! 毛先から滴る水分もなんだかエロく感じるんだよ!!」


「敵じゃ、ないわけ? ……あんまり驚かさないでよね――ただでさえ狙われやすいんだから。

 それにもう二週間も一緒に暮らしているのに、今更、全裸だからってなに?」


「男らし過ぎるだろ! まだ、二週間だ! 

 気にするに決まってるだろ、お前は自分の容姿を鏡で見たことがないのか!?」


 染めた金髪、引き締まったスタイルをしている。白い肌、膨らんだ胸……、

 誰がどう見ても美少女と評価する見た目だ。


 しかも風呂上りなので少し肌が火照っていて、加えて綺麗さに拍車がかかっている。

 冷静でいられるかこんなもん。


「ふうん」


 と、ソラがバスタオルで体の前を隠しながら、近づいてくる。


 ソファに座るおれの後ろから、後頭部に、柔らかい『それ』をわざと当てながら、


「この二週間、『処理』していないみたいだけど、がまんしてるんだ?」

「おまえ……、そういうことを聞いてくるな……ッ」


「夜中にこっそりとしているのかな、とか、お風呂場で済ませているのかなって気にして聞いてみたけどそういう気配もないし……、忠誠は本物みたいね」


 すると、バスタオルがおれの目の前に落ちてくる……え?


 これがここにあるってことは、ソラは今、おれの後ろで……?


「全裸の女の子が後ろにいるけど、振り向くの、振り向かないの? ちなみにあたしは見られることに関しては寛容よ。集団生活にはちょっとした経験があるからね。

 さすがに思春期以前だったとは言っても、見られること自体の耐性はそこでついてるの」


 だから見たかったら別にいいけど、と言った。


「見る以上のことも、ヨートなら特別にいいかもよ?」

「……経験が、あるの?」

「どーでしょう?」


 金髪、だから――というのは偏見でしかないが、それでも遊び人のイメージはある。ソラみたいな可愛い子が、これまで一切の経験がないというのも不思議な話だ。

 早い子でももう小学生の時には初体験を済ませていると言うし……じゃあソラも?


 だからおれをこんな風に誘っているのかもしれない――。


「え、じゃあお前の方ががまんできなくなったの?」

「へ?」


「いや、そうやっておれを誘うってことは、お前がしたいだけなのかもと思って――」


「ち、ちがっ、そういうことじゃなくて!!」


「ソラの方こそ、一人で処理してないの? 人んちだから遠慮してるとか? でも今更? 初日からエロ本を探して部屋中を漁りまくったお前が遠慮するとは思えないけど……、さすがに家族の共同部分では遠慮するべき、とか思ったのか? だったらまあ、ありがたいけど――、

 おれの部屋でなら別にしてもいいぞ。その間、おれは部屋を出ていくし」


「あ、あのね、あたしは別にね、したいわけじゃなくてね――」


「がまんは体に毒だ。これはマジで。冗談じゃなくだ。この世界で、お前は十位圏内っていう選ばれし九人の中に入ってるんだぞ、かかるストレスはおれたちの比じゃないだろ。

 お前は特にがまんするべきじゃない……、恥ずかしがることはねえよ、欲求があって当然なんだから。無理にするべきではないけど、したかったらするべきだ」


 さあ、ほらっ、今ならおれも耳を塞いでおくから、と促すと、

 がしっ、とソラの腕がおれの首に回って――うぎぎぎぎっ!?


「し、絞まっ、てる……死ぬ死ぬ!!」


「だ・か・ら! あたしは別にしたいわけじゃないって言ってんでしょうがッ! 勝手に欲求不満のキャラにしないでくれる!? あーもう、からかったあたしが悪かったから! 

 ごめんなさいね、あたしは処女ですからぁ!!」


 とんとん、と手でタップして首絞めをやめさせる……、絶空じゃなくても死にかけた。


「え、意外だな……じゃあおれと一緒だ」

「意外って……あたしのことをどう思っていたのかよく分かったわよ」


 バスタオルを返し、ソラが体に巻いて部屋を出ていく。

 脱衣所で着替えている音が聞こえてくる……衣擦れの音が、想像させてくれる。

 結局のところ、妄想が一番エロい気がするんだよなあ……。


「エロ本探しに意味はないぞ。だって今は、大体が電子媒体だし」

 

 ―― ――


「足りないわ」

「なにが?」

「一食あたりの量が、よ!」


 用意した料理を全て平らげた後で、このセリフである。

 育ち盛りなのだろう、でもおれよりも食べている気がする。


 男子よりも食べていながらそのスタイルなのか? 体質なのかそれとも食べた以上の運動でもしているのか……この二週間、父親のトレーニング器具があるのでそれを使っている姿を何度も見たことがあるが、食べた以上に消費しているようには見えなかった。


 どういう仕組みなのだろう。全然、太らない――全部が胸にいっているのかも。


 一瞬、目線を落とすとソラが、じとー、と見てきた。

 睨まれていないだけまだマシだ。


「そういう視線、女の子は気づくものなのよ?」

「じゃあ、見る時は事前に申告するべきか?」


「そういうことじゃなくて。まあ、盗み見られるよりはいいけどさ」

「じゃあ、見たよ」

「事後承諾かい」


 ま、見たところでなんだって話だが。

 半裸を見た後で、服を着たソラの胸を見ても上方修正はされない。


「で? 飯が足りないなら、どうせ冷蔵庫の中身もないし、買い物でもいくか?」


「そうね。最近、外出を少なくしていたから、外の様子も気になるし――、

 ちょっと遠出してみる?」


 そう、二週間。それだけ経てば、外の様子も安定すると思ったのだ。

 具体的には十位圏内のクランの数、だ。始まった当初は、三位、四位、五位に集中していた。

 八位のソラなど知名度が皆無だったのだ。

 それが現在、どうなっているのか、買い物ついでに情報収集をしてもいいかもしれない――。


 怪獣化した、覚醒しなかった能力者である【ドラゴン】が野放しにされているが、まああれには回避方法がある。とは言っても、絶対に安全が保証されたわけではないが。


 やはり自己責任である。


 気づけば警察も壊滅しているしな……噂によれば、たった一人の能力者に潰されたとかなんとか。そういう政府周りのことも、知っておくべきだろう。


「ソラ、準備できたか?」

「うん、いつでもいけるよ」


 スマホを確認する。ネット環境だけは生きている。テレビがほとんど映らない中で、頼りになるのはネットだ。ただ、虚実入り混じる情報を鵜呑みにしていいとは思えない。

 それは変わる世界以前から、変わらないことだろう……。

 


『今日のドラゴン注意報・秋葉原駅の周辺は【一頭】です』


 一頭だからと言って、一頭が出現するわけではない。五段階評価の内の最小評価ということだ。ほぼ出ないに等しい。まあそれでも、出現する時はする。

 それは突発的なゲリラ豪雨と変わらない。そこは常に覚悟しておくしかなかった。


 自宅マンションから出る。

 駅周辺の電気街で、情報収集のための聞き込みでもしようか。



「相変わらず人が多いわね……」


 歩行者天国になっている道路には人がたくさんいた。二週間も経てばやはり慣れていくのが人間だ。さすがにスーツを着て会社にいくサラリーマンこそいないが、みな、なにかしらの仕事を見つけて務めている。それがクランの中でのその人の役割なのだろう。


 そして、雑多に見えるこの中で、果たして人間がどれだけいるか、という話だ。


 大体が、裏日本が用意した裏日本人だろう――通称【NPC】である。

 

 彼、彼女たちのおかげで現状、世界が無事に回っているとも言える。

 おれたちが買い物をしているスーパーやコンビニなど、彼らが回しているからだ。


 食料から始まり、衣服なども、全ては裏日本人のおかげ。

 警察に代わる組織が彼らによって補填されなかったのは、理由があるのだろうか――。



「警察みたいな組織はあるみたい」


「へえ、やっぱりそういうなにかはないと困るもんな」


「【自警団じけいだん】って言うらしいわ」


「そのままだな。まあ、解放軍とか名乗られるよりはいいかな」

「ちなみに、その組織自体が、第二位のクランメンバー……らしいって噂よ」

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