第13話 反転―ハンテン―

「……へえ、やっと能力者になったのか、ヨー」

「ユータ、腕、返すぞ」


 床に落ちていた切断された腕を拾い、ユータに投げ渡す。


 ユータは当然、片手でそれを受け止めるため、防ぎようがないのだ。



 その隙におれがユータの顔面を殴っても。


 ガガッッ! と。



 顔面を殴り、頬を砕いたような感触が伝わってくる。


 さすがにそこまでの怪我はしていないだろうが、

 ユータは背後の棚に背中を打ち付け、床に尻もちをついた。


「ッ、痛え、な――片腕を失った相手にする攻撃じゃねえだろ……」

「じゃあ逆に、片腕を失った奴にする攻撃ってなんなんだよ」


 攻撃すること自体、間違ってる。


 だが、今ここは殺し合いの世界だ。


 死にかけた相手に、

 息を吹き返す奇跡を与えることなく、先んじて殺すことが推奨される世界だ。


 おれはもう、ソラのクランの一員である。


 敵である四位のクランの一員であるユータを攻撃する理由は、もうあるのだ。


「だけど、ユータのことは今も信頼してるよ、親友だ、それは変わらない――」


 だからこそ、正々堂々と、この世界のルールに則って、解放するんだ。


「お前を倒して、無能力者に戻す。そうすれば、お前の歪みは元に戻るだろ」


「歪んでる、か。お前からしたら、なんだろうな……、

 どちらかと言えば、お前が信じていた俺の方が、歪んでたんだがな……」


 人当たりが良く、リーダーシップを取っていたユータの方が。


 現実というルールに歪められた存在だった……って?


「かもな。まあ、それならそれでもいいさ。

 とにかく、お前にその力は似合わない。正義のために振りかざすにしてもだ。

 ソラを傷つけるなら。これから先、狙うと言うのなら。

 ルールに従っていればいずれどこかで戦う羽目になるって言うなら――ここで潰す」


「……能力者としてまだ未熟なお前が俺を? 

 はっ、手負いだからって――なめるなよ」


 ユータが切断された腕を投げた。


 もはや自分の腕という認識ではなく、

 移動型の砲台という認識に変わってしまっている。


 手離すことに抵抗がないらしい。


「片手だけなのは痛いが、

 仕込み砲台として機能するならこれもこれでありだな」


 宙を舞う手の平から、球体型の衝撃波が放出された。


 手の平の向きは、天井だ。


 軌道を読めば、バウンドし、おれとソラに当たるだろう。


「――ソラ、ちょっと乱暴にするけどがまんしろよ!」


 ソラを抱きかかえ、腰を上げる。

 近くの棚を倒し、重ねて段差を作る。


 もしかしたら地下から地上へ出られる高さが出せるかと思ったが……やっぱり難しいか。

 少しジャンプして手を伸ばせば届くだろうが、ソラを抱えたままでは無理だろう。


 かと言って、大怪我をしているソラを置いていくのはあり得ない。

 ジャンプ台のように、重ねた棚に立てかけるように別の棚を倒せば――いけるか?


 助走をつければいけなくもない……でも。


 ユータに一時的にでも背を向けるのは撃ってくださいと言っているようなものだ。


 それに、棚を壊されたらどうしようもない。


 部屋にある棚の数もそう多くはないのだ。


 おれの作戦を邪魔しようと、

 残り少ない立っていた棚を、ユータが倒していた。


「俺の能力が最大限に活かせるこの部屋から抜け出せると思うなよ?」


 ユータが、倒した棚に飛び乗った。


 少しでも上からおれたちを見下ろしたいという願望からの行動だろうか。


 いいや、おれにはソラがいるが、ユータには背負うものがなにもない。

 おれが試行錯誤して重ねた棚の上を渡って地上に出ることもできるのだ。


 もしも、ユータが地上に出れば、

 天井を可能な限り閉め、密閉に近い状態にしてしまえば――、


 あとはユータが隙間から衝撃波を放ち続ければ、おれたちは弄ばれるだけだ。


 ユータにとっては、おれたちは虫かごの中の昆虫なのだろう。


「お前も、そのお荷物を捨てれば俺に勝てたのになあ」


「関係ねえよ。

 それにしても、いいのかよ、そんなにあっさりと地上に逃げようとして。

 おれの能力をまだ見てもいないってのに」


「使えるのか? 使えないんじゃないのか? 

 この状況で使わない理由もねえだろ。

 条件が整わないと効果を発揮しない能力なら、出したくても出せないはずだ」


「…………」


「図星なら先に地上にいってるぜ、ヨート」


 ユータが、おれが立てかけ、ジャンプ台のようになっている棚に足を乗せた。




 ソラを選び、クランに加入した時、忌々しい声と共に支配者が姿を見せた。


 現実の状況を把握しながらも、おれは別の世界での会話も一緒に認識している。


 ……不思議な感覚だった。


 宇宙空間のような真っ暗な世界で、支配者と二人きり、向き合っている。


 ……ここはどこだ?


 相手は精神世界だと言った。


 男なのか女なのか、

 どちらとも取れるような(男女の声が重なったような)声が、

 続けておれに向けて投げられた。


 この精神世界へ誘った理由とも言える本題だ。


 曰く、おれの能力は『反転―ハンテン―』と呼ぶらしい。



『二つの物体の位置を入れ替える能力』



 細かいことを言えば、物体にあった運動エネルギーはリセットされるとか、


 物体の方向については、入れ替え先で自由に変えることができるだとか、


 入れ替えられる物体は同程度の大きさのものに限られるだとか(とは言え、目算で大体、という緩さでもあるが。そのため全体像が把握できる大きさとおのずと限られてくる)、


 色々と説明された気がしたが――、

 それらは最初からおれは知っていたんじゃないか?


 初めて聞いた感覚ではなかった。

 そんな気がする。


 会話はただの再確認であり、おれの中での使い方は最初から決まっていたのだ。


 入れ替えた先での物体の向きを変えることができるのであれば。


 たとえば、倒れた棚を同程度の物体と入れ替える際、

 入れ替えた先で棚を倒れている状態ではなく、

 立てた状態にすることができるのであれば――、



 さて。


 なら、ジャンプ台になっている棚に乗ったユータへの攻撃は、一つしかない。

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