第12話 集団<<クラン>>

 ぱしゅ、という空気が抜けた音がした。


 空気の流れが変わる。


 球体として圧縮されていた衝撃波が、真っ二つに割れたのだ。


 いや、斬られた、のか……。


 左右に分裂した衝撃波が、八の字に逸れ、背後の棚を叩いた。


 ばさばさ、と、書類が宙を舞う。


「ソラ……」

「もうがまんできないわよ、ここからはあたしも加勢するからね!」


 木刀型の小太刀が振られ、る前に――!


「ソラ!」

「っ、別に、あいつを真っ二つにするつもりなんてな」


「出てきたな、十位圏内」


 ユータがソラに接近していた。

 彼女が構えた木刀に、『×印』を作るように、腕をくっつける。


「……ああ、なるほど、そういうことか、そういう使い方もあるんだな……」

「なにを、笑ってんのよ……気味が悪いわね……」


「そういう使い方があると分かっても、普通はやらねえよ、できないはずなんだ……、

 だがそれを、『命令する』ことでやらせるとか……はっ、うちの四位は狂ってるなあ!!」


 ユータがしようとしていることが、なんとなく分かった。


 これは、旧友だからじゃない。

 きっと、ソラも気づいているんじゃないだろうか。


 ユータの能力、ソラの能力――、

 状況を見れば、次になにが起こるのか、だ。


「っ!?」

「斬ってみろ」


 ユータがソラの腕を掴む。


「刃に腕を当ててるようなもんだ、

 本来なら少し動かしただけでぱっくりいくだろ」


 ユータの狙いは……、



「斬れよ――斬れっっっっ!」



 ユータの圧に押され、ソラが咄嗟に小太刀を振ってしまった。


 当然、密着していたユータの腕が斬れ、足元にぼとりと落ちる。


「うぁあああああああああ!?」

 と悲鳴を上げながら、ちゃっかりと足下に転がった自分の腕を蹴っている。


 肘から先がない腕。


 ユータが、噴出する血を片手で押さえて止めながらも、笑っている。


「なん、で、腕を斬られて、笑っていられるのよ……!」


 血が滴る音が地下の部屋に響き渡る。


 足下に溜まっていく血の面積が、ゆっくりと広がっていった。


「予定通りだからだ」


 ……くそ、衝撃波をまともに喰らった今の体じゃあ、まだ動けない。


 銃口はこっちに向いているのに、逃げられないなんて……ッ!


「ソラ!」


 硬直していた彼女がはっとして振り向く。


「おれのことはいいから、今の内に早くユータを止めてくれ!!」

「言われなくても分か――」


 ソラの視線が床に落ちたのが分かった。

 ……表情から察するに、事前に分かっていたわけじゃない? 

 ソラにとっては、ユータの狙いが分かったのが、今なのか?


 だとしたら。


「違う、こっちじゃない! 

 ユータだ、ユータを止めれば、こっちだって止まるんだ!!」


 供給源である大元の栓を締めてしまえば、力が流れることはない。


 だから。


「考えたこともなかったぜ……まあそりゃそうか。

 まさか斬り落とした腕の手の平からも衝撃波が撃ち出せるなんて、思いついても実行なんてしないからな。する気のない前提で発想なんかするわけもねえってわけだ――」


 ソラの足が止まる。


 進行方向がユータから、おれに。


「違う、ダメだっ、ソラッッ!!」



「ヨートでも十位圏内でも、始末できれば腕の一本、安いもんだろ」



 バキバキバキ、という音は、さて、どこから鳴ったのだろう。


 棚が軋む音か?


 地下全体が揺れた音か?


 それとも。


 おれを庇ったソラの背中に衝突した衝撃波が、



「ソラ……?」


 おれに体重を全て預け、彼女はぐったりとしている。


 まだ意識を落としていなかったのが幸いか……、

 しかし、それも時間の問題だろう。


 嫌な脂汗がソラの額から噴き出している。


 はらり、と、彼女の頭を覆っていたバンダナがはずれ、床を滑る。


 まとめられていた金髪(染めているんだっけ?)がおれの腕を撫でていた。


「な、んで……十位圏内のお前が、わざわざおれなんかを、助けるんだッ!?」



 助けてくれた相手に八つ当たりなんて、最低だ……、

 だけど、ソラのこの行動は誰が見ても悪手と言うだろう。


 一度の敗北で、能力者は能力を永久剥奪されてしまう。

 死ぬよりはマシだろうが、それでも今後、

 この世界で本当の意味での無能力者として生きていかなくてはならない……。


 対抗手段がなくなるというのは、生きづらいどころじゃないだろう。


「理由、なんて、ないわよ……体が勝手に、動いたのよ……。

 そりゃあ、ね、あたしだって、バカなことしてるなって、思ったわよ……。

 でも、そうじゃないでしょう……、

 誰かを助けた時って、そういうことが動機じゃ、ないでしょう……?」


 損得じゃない。


 もしも考えていたとしても、それは根本的な感情に後付けしたに過ぎない。


 根本の感情は、理屈じゃない。

 反射的なものだ。


 目の前に飛んできたボールを、

 怪我を承知で思わず手で庇ってしまうようなものなのだろう――、


 ロジックじゃないのだ。


「助けなくちゃって、思ったら、気づいたらこうなってた……、

 あー、もう、痛いわよ……」


 自分の意思で立ち上がれないほど、ソラは致命的なダメージを負っていた。


 これから先、二度と歩けないような、そういう類の怪我だ。


 十位圏内どころか、普通の学生生活も送れないような――、



 おれの、せいで、だ。



 もしも、おれに力があれば、

 ソラは守ろうと思わなかったんじゃないか?


 それでも反射的に庇ってしまう可能性もある。

 だが、そんなソラを止めることも、その時のおれならばできたんじゃないだろうか。


 少なくとも、


 ソラがこうして倒れる結果にはならなかったはずなのだ。


「……ソラ、寝るな、気を失ったお前は、十位圏内じゃなくなるんだろ!?」


 おれのせいで、負けないでくれ。


 おれのせいで、この世界での脱落者ならないでくれ。


 ソラがいなくなったら、誰がおれを引っ張ってくれるんだよ!?


 お前は、おれの……、クランのリーダーなんだからな!


「……え?」


 落ちかけていたソラの意識が再び息を吹き返した。


 痛みに顔をしかめながらも、言われた内容を聞き返すように、



「どういう、こと……」


「難しい話じゃないだろ」


 おれは、ソラに手の甲を見せる。

 そこには数字こそ記されていなかったものの……、


『圏外』と表記されていた。


 そう、


 いや、正確に言うなら、

 潜在的に持っていた能力を、サルベージしたのだ。


 四位はあり得ない。

 三位でも五位でも信用ならない。


 でも、八位なら――、


 ソラのことなら、信頼できる。


 ソラのためになら、おれは戦える。


 ああ、いいぜ、『支配者』。


 命懸けのバトルに、参加してやるよ――。



「せっかく入ったクランが数分で解散なんて、おれは嫌だからな――」

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