第11話 最後の勧誘

「っ、……あ、れ……ここは……?」

「どうやら地下の部屋みたいだな」


 地下……、二年以上も通っていた学校に、地下があるなんて知らないぞ!?


「教員しか入れない場所だったんじゃねえの? 

 こうして見渡しても、書類ばっかり置いてある倉庫って感じの部屋だし……」


 校舎の崩落により、鉄骨が何度も床を叩いたことで脆くなっていたらしい。


 ユータとソラの能力の影響もあるだろう。

 脆くなった床に衝撃を与え続ければ、抜けるのも時間の問題だった。

 一か所が崩れたら、亀裂が走った周囲も同じく崩れていく。


 落下したのはおれとユータだけで、ソラはまだ上にいる。


「おいソ――」

「この狭い空間であの能力は取り回しにくいだろうなあ」


 ユータの言う通りだ。

 地下室の部屋はおれたちが普段勉強している教室よりも半分ほどしかスペースがない。

 しかも棚などでスペースを使ってしまっているため、実際はもっと狭いのだ。


 こんな場所でソラが能力を使えば、狙いを定めなくとも切断されるだろう。


 ユータかおれか。

 もしくは二人ともか。


「そして」


 ユータが手の平をおれではなく、明後日の方向へ向けた。


「こういう部屋でこそ、俺の能力は最大効力を発揮する」


 球体型の衝撃波が撃ち出される。

 薄暗いのでもちろん衝撃波は見えない。


 しかし音だけは近くまで届いてくる。

 ばむん、ばむん、と、バスケットボールを弾ませるような音だ。


 弾む?


 ――まさか……ッ。


 ユータは既に、棚の後ろに隠れて守りを固めていた。


「お前のおかげだ、ヨート」


「ユータッ、お前の能力はっ、衝撃波を飛ばすだけじゃないのかッッ!」


「まあな、お前のおかげで一段階進化したみたいだが――、

 別に、『弾む』特性は元々備わっていた能力だぜ?」


 撃ち出された衝撃波が、

 ばむん、ばむん、という音と共に、壁、床に衝突し、進行方向を変える。


 確かに、崩落した後の校舎内(ほぼ外だが)では、

 天井がなく開けてしまっているため、バウンドさせるにしても壁が足りていない。


 バウンドさせても青空に飛び立ってしまうだろう。

 反面、閉鎖空間であれば、最大の効果を発揮する能力だ。


 振り返れば、


 ユータの手の平の向きと着弾地点の方向が違うのは、

 衝撃波がバウンドした後の、最終地点だけを見ていたからだ。


 バウンドするまではなんとか目で追えるが(偶然、ピントが合わないと、それも難しい)、

 しかし見えないとなるとバウンドした後は予想で判断するしかない。


 しかも、だ。


「複数の弾が、同時……!?」


 音を聞けば、二つ……いや、三つか!


 衝撃波が飛び交っている。


「だから、お前のおかげなんだぜ、ヨート」


 棚の後ろの安全地帯から、ユータが言った。


「殺されかけてもまだ俺を信頼しているお前のそのバカみたいなお人好しな性格が、俺の能力を強化させちまってんだよ。

 ――ま、自業自得だな。

 解決策は、だから分かるだろ。

 お前はまず、俺を敵と認識するところから始めるんだな」


 ……敵。


 思えるかよ、そんなこと。


 一度や二度、攻撃されたくらいで、

 中学に入学して出会ってから今まで楽しい思い出を共有してきた相手だ。


 簡単に、切り捨てられるかよ……ッ。


「ふざけッ……」


 瞬間、ゴンッ、と後頭部に衝撃が走り、バランスを崩す。


 前のめりに倒れそうになり、一歩、力強く足を出した。


 なんとか踏ん張る。


 おれを突き動かすものは、


 ユータを失ってたまるか、という一つだけだ。


 バウンドを繰り返す衝撃波だが、分かってきたことがある。

 バウンドを繰り返せば繰り返すほど、威力はなくなっていく。


 一般的なゴムボールと同じだろう、

 勢いがついた最初だけ、威力はあるが、次第に尻すぼみになっていく。


 初撃だけでも避ければ、耐えられない威力ではない。


 それでも顔面に当たればそれなりに痛いが。

 ドッジボールの球だって、体はともかく顔面に当たれば痛いのだ、

 ユータの衝撃波はもっと硬い。


 打ちどころが悪ければ、命をそのまま奪いかねないほどの――、


「だ!?」


 衝撃波が爪先に落ち、けんけん、と片足立ちをしている時、斜め下から腹部に衝撃。


 衝撃波を抱え込むようにしてもろに喰らい、両足が浮く。


 後ろにあった棚に背中を打ち付け、床に尻もちをつく。


 上から書類の束が落ちてきた。


「ゆ、た……」


「好戦的な目を向けるくせに、やっぱ俺を信頼してんだな。

 俺の能力が強化されたままだ。

 ……ったくよ、多くの仲間の信頼よりも、なんでお前一人の信頼の方が強いんだ……っ」


 量と質。


 信頼による能力の強化は、その二つに大別されるらしい。


「本当に信頼できる奴を一人か、

 口約束でもいいから仲間として迎え入れた中途半端な奴が百人。

 能力の強化率はそれで同じくらいじゃねえか? 

 どちらのやり方が正しいってわけじゃないが、やり方は二通りだ。

 そりゃあ、質の良い信頼をたくさん持っていれば最強だよなあ、そいつはさ」


 質が良くて多いに越したことはない。


 だが、質の良い信頼できる仲間なんて、一人でさえ難しいのに、

 百人なんて夢のまた夢だ。

 現実的なところで、十人だろう……まあ、それも大変だが。


 信頼は接している時間に比例して増えていく。

 一緒の時間を共有することが前提なのだから。


 数が多ければ多いほど、時間は分散されるし、

 仲良しであればあるほど、独占欲が出てくる。


 恋人がそうであるように、だ。

 一夫多妻制であっても、全員が全員、

 その状況に納得しているとも限らないわけだし……。


 だから四位は質を捨てたのだ。

 量に焦点を絞り、能力の強化をしているのだろう。


 そして、それが主流になりつつある。


「……やっぱ入れ、ヨート。

 お前を殺すのは、損失に繋がる……惜しい人材だ」


「人材、だと……」


「お前はすぐに人を信頼する、警戒を知らないようにな。

 お前は、手元から離れたら敵を強化させちまう厄介な存在だが、

 手元に置いておけばこれ以上ないくらい使えるんだ」


「おれだって、信頼するかどうか、選んでるっての……」


「まあ、そうだろうけどな。

 だが、一般的な警戒よりだいぶ薄い。ないようなもんだ」


 ユータが手の平を逸らし、おれに手を伸ばしてくる。


 握手を求める体勢だ。


「喧嘩はもうおしまいだ。

 これまでのことは水に流してやり直そうぜ。

 大丈夫だ、お前の警戒は薄いんだ、

 俺たちのリーダーともすぐに仲良くなれる。会わず嫌いなだけなんだよ」


 それは、そうかもしれない。

 会ったこともない人間の本質なんて分からない。


 ユータの提案は、問答無用で蹴るものではないだろう……でも。


「その手は取らねえよ」


「……俺と、仲直りをする気はねえ、ってことか? 本気かよ、ヨート」


「おれの中でも、基準があるんだよ。仲間と認めるかの、線引きがな。

 ユータのことは今でも親友だと思ってるし、信頼もしてる。

 でも、その手は取れないよ。

 人のことを損得で見て、使えるか使えないの判断をするやつの仲間になんかなりたくない。

 おれは道具じゃねえんだ、

 使えなかったらすぐに捨てるかもしれないやつの後ろに誰がついていくか」


「そこまで思ってて、でも信頼はしてるのかよ……意味が分からねえ」


「戻るはずだって、変わってくれるはずだって、否定はしていないからな」


 否定をしないと頑なに言っているわけじゃない。


 頑なに否定をしなくてもいいんじゃないか、と思っているだけだ。


「あっそ」


 ユータは心底どうでもいいように切り捨て、


「じゃあ今度こそ、ここで死ねよ」


 おれが使える人材だと判断したからこそ、殺すのだろう。


 もしも、おれが他の十位圏内の手に渡れば、

 他勢力の強化に繋がってしまうのだから。


 ユータの、逸らしていた手の平がおれに向く。


 バウンドさせる気がなく、正面から、衝撃波を当てるつもりなのだ。


 ……目の前の距離だ、避けられない。


 受け止めることだって――。



「じゃあな、ヨート。あっちでクラスメイトと楽しくやってろ、負け犬ども」



 そして、


 衝撃波が撃ち出された。

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