第10話 絶空―ゼックウ―

 肩を出した、白いノースリーブ姿の八位の少女。


 十字架のネックレスでも下げれば、金髪でもあるし、外国人美少女にも見えるが、しかし名乗った名前はがっつり日本人のそれだ。


 七夕ソラ。


 なんとなく、ロマンチックな名前だなと思った。


「この金髪は染めただけよ。パパもママも生粋の日本人。

 これは、まあ、反抗期というかちょっと自分探しというか……、

 変えたかったから変えてみた結果なのよ――」


 染め立てなのか、毛先をいじりながら人目を気にしていた。


「ふうん、それでも、似合ってるじゃん」

「そ、そう、ありがと……」



「おい、どーでもいい話をしてんじゃねえよ」


 と、ユータが舌打ちしながら。


「殺し合いはもう始まってんだぜ?」


「だったら偉そうに忠告してないで攻撃でもすればいいじゃない」



「もうしてる」



 ――空気が変わった。

 それは世間に浸透しているような言わずとも分かるだろ、と言った、

 言葉にしない圧ではなく、肌で感じ取れる周囲の空気の流れの変化だ。


 剛速球がすぐ近くに投げ込まれたような空気を裂く音と共に、


 鉄骨が湾曲し、っいん、と低音が響く。


 咄嗟だった。


 反射的に顔を手で防ぐと、

 バチィ、と電流が走ったように手の感覚がなくなった。


 衝撃が抜ける。


 ……いま、なにとぶつかった?


 そう、まるで、例に出した剛速球を、グローブなしで受けたような……、


「その手の平から……見えない衝撃波でも撃ち出す能力かしら」


「どうだかな。はいそうです、と言うとでも? 

 というか、見えない衝撃波ってなんだよ、衝撃波ってのは見えないもんだろうがッッ!」


 確かに、衝撃波は見えないだろう……、

 だが、ユータがおれたちに向けた手の平の空間が、水面の中を覗くように、歪み始めた。


 衝撃波、

 それ自体は見えはしないが、そこになにかがある、ということは視覚化されている。


 歪みの範囲から輪郭が分かる……球体だ。


 ユータの能力は、球体型の衝撃波を撃ち出せる!?


 だが疑問が残る。


 今の一撃もそうだし、

 ついさっき、おれの後頭部を狙った、ハンマーで叩いたような衝撃の時もそうだ。


 手の平の向きと着弾地点が合わない。

 衝撃波は直線に飛び出さない……?


「考えろよ、べらべら能力を喋るわけもねえし、

 喋ったからと言ってそれが本当のこととも限らないぜ? 

 クイズ大会じゃねえんだ、正解不正解問わず、

 答えを教えてくれなんて甘えたことを言うわけねえよなあ?」


 足下の地面が抉れる。

 球体状の跡があった。


 ……やっぱり、手の平の向きに、衝撃波が飛んでいるわけじゃない……っ。


「俺らみたいなクランの末端の能力者とは違って、十位圏内は予想ができる。

 だってよ、十位圏内ってのは『特化した能力』を持つ天才たちのくくりなんだからよ。

 凡才の能力を極めたのが十位圏内の能力ってことだ……、

 ならよ、少しでもいい、過程はいらねえ、

 結果だけを見れば、なんとなく能力の予想もつくってもんだ――」


 八位である、ソラの、能力。


 鉄骨を割った……いや、斬った能力。


 つまり、


「斬撃特化。たとえばなんでも斬れる、とかか?」


 ソラが小太刀を軽く振る。

 すると、水色の粒子が薄く細い板状の形になり、前方へ飛んでいく。


 ユータの衝撃波と違い、

 まるでギロチンの刃のような形がはっきりと見える。


 遅くはないが、かと言って早くもない速度。

 目で見て避けられるかどうかは避ける当人次第になってしまうが、

 不意を突けば当たるだろう速度がユータに迫る。


 だがユータは逃げなかった。

 逃げられなかったわけではなく、あえてその場にとどまる。


 なぜか。

 一応、腰を落として避ける準備はしているようだが、視線はなにかを狙っているのだ。


「威力に特化しているとすれば――対処法は、これか?」


 ユータの指に挟まっていたのは……硬貨だ。

 なんの変哲もない普通の硬貨――百円玉だ。


 それを、粒子の最前列に投げてぶつけた――、

 すると、触れた粒子だけでなく、

 ギロチンの刃を形作っていた板状のそれが、八方に散っていった。


 百円玉は、真っ二つに斬られている。

 ユータには傷一つない。


「そういうことか。

 その斬撃は、一番手前のものを例外なく両断するってことか? 

 だったら避けられない状況に陥っても、俺本人だと認識されない『なにか』を間に挟めば、俺の体を守る盾になってくれるわけだ」


「……そう予想したからって」


「本当とは限らない。分かってるよ。

 ただ、お前の表情を見る限りは当たってるようだぜ?」


 ちっ、と舌打ちをしたソラが、

 すぐに「――しまった」と気づく。


「当たりらしいな」


 つまり、ソラの能力は一つの物体に絶対の威力を発揮するが、


 逆に言えば、一つだけ。


 貫通はせず、斬撃一つに物体一つという制限がある。


 例外なく両断できる最強の攻撃力。


 しかしその対処法は、捨て駒をぶつけてしまえば相殺できるものだ。


 ……この時点でそれがばれてるって、

 結構、というか、かなりまずいんじゃ……。


「…………」


 むすぅ、と。

 両頬を膨らませて不満顔のソラだ。


「……誰に向けて怒ってるんだ?」

「自分によ。あんな低レベルなカマかけに引っ掛かるなんて……っ!」


 ソラの能力は、十位圏内なのだからそりゃ強いだろう。

 それに、まだ世界改変が起きてから三日目だ、使う機会などなかったのかもしれない。


 そうでなくともただでさえ強い能力は、使えば勝負を終わらせることができる威力がある。

 カマかけに対する耐性なんてないだろう。


 だから引っ掛かってもおかしくはなかった……、なんて慰めは聞いてくれないだろうな。


「対処法は、あいつの言う通りよ。

 相殺させられたら、あたしの能力の威力は、ないも同然になっちゃう……」


 ふうん。


 相殺されてしまうのなら。


 じゃあ、相殺させなければいい――、

 対処法に対する対処法は、簡単なことだ。



「その斬撃は、人体も両断するのか?」

「……怖いこと聞くのね」


「でも、大事なことだ」


 人体も切断されるのであれば、立ち回り方が変わってくる。


「……ええ、斬れるわよ。

 胴体じゃ難しいでしょうけど、腕や足なら、

 すぐにひっつければ自然治癒でくっつくかもしれないけどね……」


「そうか……斬れるなら、なしだな。

 ユータの意識を逸らせば、斬撃を当てること自体は簡単だと思ったんだ。

 斬れないなら、せめて意識を奪うことくらいはできるだろうと予想もしていたけど、

 切断方向に振り切ってるってわけか――」


 なぜなら、能力が特化しているから。


 細かい微調整などできないのだろう……それが、十位圏内の能力。


「あたしも、さすがに敵とは言え、殺すのは躊躇うけどさ……」


 そうも言っていられない状況なら斬るよ、と言われているようだった。


「ダメだ」


「いや、ダメって……、

 あなたの言うことをあたしが聞かなきゃいけない義理はないでしょ」



「命令じゃないよ、お願いなんだ。

 ……あいつは、あんたにとっては敵だけど、おれにとっては親友なんだよ……。

 ついこの前まで、あんなことを言うやつじゃなかったんだ。

 この世界に変わったから……。

 世界が元に戻れば、いつものユータに戻るはずなんだよッ!」



「気持ちは、分からないでもないけどさ……じゃあどうするのよ。

 言っておくけど、あたしの能力はこれだけだからね? 

 切断能力を使わないでくれとお願いするなら、あたしにできることはなにもないから――」


 なにもない、わけでもないだろう。


「ユータを斬らなければ、あとはなにを斬ってもいいよ」

「それ、他人任せってことじゃないの……っ」


「いいや?」


 十位圏内というアドバンテージがなくとも、こっちは二人だ。


 元より、おれたちの方が数の利がある。


 これを利用しない手はない。


「あんたの能力は、たとえ当てる気がなくても牽制にはなるじゃんか」


 実際に、当てるかどうかはどうでもいい。


 仮に、ユータに当てる気がないとばれたところで、

 だからと言ってじゃあなんでも切断できる能力を前にして、回避行動のために身構えなくてもいい、と腹をくくるにしては、反射的に体が動いてしまうはずだ。


 求めるものはそういう警戒で充分だ。


 相手が万全でなければ、

 おれだってユータを行動不能にすることはできる。


 能力者におれは太刀打ちできないけど、


 卑怯にも思えるが二対一、

 十位圏内が背後でサポートしてくれているとなれば、

 能力が発現していないおれだって、勝負にはなるはずだ。



 見極めろ、そして実行しろ。


 ユータを殺さない、決着のつけ方だ!

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