第14話 親友

 意識は一つ。


 精神世界の出来事のことなどまるで忘れてしまったように。


 目の前に見えている戦いに全集中をする。



 棚と棚を入れ替える。


 そう、ユータが踏んでいる棚と別の棚を。



 そして、


 ユータの元に入れ替えた棚は立てた状態で。


 であれば、入れ替わった棚の最上段部分が、ちょうどユータの顎の位置であり――、




 ガッッ、と、


 ユータの顎を真下から打ち上げるように棚が出現した。



「あがッ!?」

「だから言っただろ、おれの能力を確かめなくていいのかってさ」


 油断しているから、足をすくわれる。


 ジャンプ台に乗っていただけに、刈り取るには簡単だったぜ、ユータ。




「殺せ……それが嫌なら最低でも意識だけは奪っておけよ……。

 じゃねえと、俺は能力者としてまたお前の前に立ち塞がるぞ……」


 当たりどころが悪かったようで、ユータは起き上がってこなかった。

 脳震盪のうしんとうでも起こしているのかもしれないな。


 それでも、意識を落とさないところは尊敬する。

 負ければ一発退場のゲームだ。


「……お前が望むのなら、してやらないこともないけどな」




「ユータ先輩から離れろ!!」


 真上からの声に顔を上げると、棚を足場にして小さな影が落ちてきた。


 その影はおれを通り越し、倒れているユータに駆け寄った。


 背の低い少女だった。

 たぶん、年下の……ユータを先輩と言っているのだから、そうだろうけど。


 ユータの知り合いなら野球部のマネージャー……か? 

 いや、野球部だけじゃない人望とコミュニティを持っているのだ、

 他の部の後輩かもしれない。


 それとも、世界が変わってからできた知り合いの可能性だってある。


 少女はおれを睨みつけながら、

 まるで猫のように、ふしゃーッ、と威嚇してくる。


 攻撃してこないところを見るに、能力者ではない……? 

 わけではないか。


 ユータの場合、クランに引き込むか、そうでなければ殺しているのだから。


 彼女も能力者で間違いないが、ただ、使わない、もしくは使えないのだろう。


 条件があるのかもしれない。


 ユータの油断はそこからきていたのか。



「お前……なんでここに……」


「ユータ先輩は無茶をしますから、だからわたしがきたんです! 

 案の定です、襲われてるじゃないですか!」



 まるでおれが悪者だ。

 襲われたのはこっちだ、と言っても、彼女は聞く耳を持たないだろう。

 ユータ側から見れば、間違いなくおれは敵なのだから。


 解くべき誤解じゃないし、誤解というわけでもないのだろうな……。


「クランをまとめているリーダーなんですから、自分の価値を見誤らないでください。

 先輩がいなくなったら、誰がクランをまとめるんですか!?」


「そりゃお前、あの人だろ……」


「信用できませんよ、あんな胡散臭いおっさんのことなんか」


 仲間内からも言われてるのか……、だけどクランには参加しているようだ。


「あんまりそういうことをだな……」

「わたしが信頼しているのは、先輩だけですからっ」


 だから、奪わないでくれ、と言われたような気がした。


「ユータ」


「こいつのことは気にするな、だから同情もしなくていい……、

 お前のしたい結末にすればいい。俺は負けたんだ、どんな末路も受け入れる――」


「お前、やっぱり変わらねえよ」


 は? とユータから素っ頓狂な声が出て、思わずおかしくて笑ってしまう。


「その子は、昔のお前の知り合いか? 

 それとも能力者になってからの知り合いか?」


「……能力者になってからだ」


「じゃあ、おれが歪んでいると言ったお前を信頼してくれた相手、なんだろ?」


 ユータが言うように、今のユータが本当の姿のユータなら。


 おれやマコトと接していた時のユータが仮面をはめていたのだとしたら。


 ユータからすれば、どちらが楽か、なんてのは明白だ。


「今のお前にもいるんだろ、大切な存在が」


 少女が顔を赤らめて、おれに注がれていた攻撃的な視線が逸れる。


 ふうん。

 やっぱり、その子はユータのことを……。


 ったく、そんな子がいながらどんな末路も受け入れるだなんて、バカなやつだ。


「お前、おれに殺されて終わりにしようとか思ってるのか? 

 しねえよ、そんな決着に納得なんかできるわけねえよ。

 だから、そうだな……、

 これはたぶん、生きていればいずれくる別れ、なんじゃないかと思う――」


「……友達を、やめるってか」


「別に、やめる必要はない。だけど、進むべき方向が違うのに、無理して一緒にいることも、執着することもないんじゃないかって。友達だし親友だが、ついこの間までみたいに、一緒に行動をすることもないんじゃないかってな。

 ……お前にはお前の目的があって、おれにはおれの――」


 ちらりと腕の中をソラを見る。


「……やりたいことがある」


「距離を作ろうって?」

「まあ、な。またどこかで会えばそれでいいし、もしも会えなくても――」


 死んでいなければ、必ずどこかで再会する。


「その時に楽しく笑い合えれば、それでいいじゃねえか」


 ユータが体を起こし、ふらふらとした足取りで近づいてくる。


 少女に寄りかかりながら、短い距離を、時間をかけて。


 拳を突き出す。

 合わせろ、というメッセージか。


「……治療だけでも受けていけ。話は通しておく……、それでもうこれっきりだ。

 二十年後か三十年後か――、

 どこかで再会するまで、俺はもっとでけえ男になってやるさ」


「俺に信頼されるような、か?」


「してんだろ、もう。お前はなにをしたって信頼するから、やりがいねえよ」


 ユータが笑いながら。

 そして、ん、と拳を催促する。


 へいへい、と、

 おれも自然と口の端を吊り上げながら、拳を突き出し、


 こん、と合わせた。


「今のお前が作るコミュニティを、大事にしろよ、ユータ」

「お前もな。本当に信頼できる誰かを作るんだな、ヨート」



 言って、がくんと膝を落としたユータが少女に支えられた。

 おれの腕の中にいたソラの意識も落ち、静かな息遣いになっていた。


 能力者の敗北判定は、ダメージを受けてからの五分以内。


 つまりその時間を耐えれば、能力の永久剥奪はされない。


 この制限がなければ、遅効性の毒で毒殺が可能になってしまうためだろう。


 念のため、ソラの順位を確認すると、変動はなしだ。


 へその上に刻まれた『8』は健在だ。



「エッチ」


 ソラの服をまくるおれを見ていた少女が呟いた。


「これが?」

「女の子の服で隠れてる肌を見るのがもうエッチなんですっ!」


 年齢か生い立ちか、この子の基準はかなり厳しいようだ。


 無知、というわけではなさそうだけど……まあ、掘るべきではないか。


「じゃあ、案内をよろしく頼む」

「はい? なんであなたのことを案内なんか――」


「おれの大切な人だ、治療をしてくれるって、ユータが言ってたぞ?」


 ユータの意思である、と言えば、

 この子はきっと、なんでもしてくれるんじゃないだろうか。


 危ないな……、

 そのあたりの危険性を、今の内にユータが矯正しておかないと、大変なことになりそうだ。


 すると、先行する少女が立ち止まる。


 支えるユータが重いのだろうと思い、空いている方の腕を取る。


 もう半分もない腕を。


 そう言えばこの子、ユータの腕が切断されることに一言もなかったな……、

 それなりに場数を踏んでいるのだろうか。

 それとも、この大怪我を元通りにできる能力者がいるとか?


 多くの能力者を抱える四位のクランなら、あり得る。


「あ、どうも――でも、違いますよ、そうではなくて……」

「違う? まあでも、手伝うよ」


 ソラのことは背負っているから、片手くらいは空いてるし。


「あなたの、あなたたちの名前……仲間に説明するのに必要ですから」


「あ、そっか。

 おれは一道いちみちヨート。この子が七夕たなばたソラだ」


「分かりました」


 言って、少女が再び歩き始める――いや、待て。


「え、君の名前は!?」


 教えてくれないの?


「誰が言うものですか。

 わたしはまだ、あなたたちのことを信頼していませんから」


 冷たい言葉。


 だけど表情は、おれを困らせたいだけの、いたずらめいた暖かさがあった。

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