第6話 工藤ユータ

 工藤くどうユータ。

 制服ではなく見慣れた紺色のポロシャツを着ていた……、


「学校にくるのに制服じゃないといけない、

 なんて決まりを守っても得なんかねえだろ、この世界じゃあよ」


 ――らしく、暑さを紛らわせる短パンを履き、

 足下はサンダルで、かなりラフな格好だった。


 ワックスで逆立てた髪の毛、

 細身ながらも野球部で鍛えた筋肉質なガタイ。

 こうして会うのは三日ぶりか。


 学校にいけば自然と会えていた親友も、

 家から出なければ当然、ばったりと出会うこともなく……、


 電話しようにも同じように連絡を取ろうとする人が多く、

 スマホの回線はパンクしてしまって繋がってくれない。


 世界が変わってしまえば、学校にくれば会えるとも限らないわけで……、

 だからこそ、こうして出会えたのは幸運だった。


 生死が分かっただけでも充分と言える中で、

 言葉を交わせるとは思ってもみなかったのだから。


「ユータ、今までどこでなにやってたんだよ」


「それはこっちのセリフだっつの。

 ヨート、お前が学校にもこねえからさ、

 死んだんじゃねえかってクラスの全員が思ってたんだぜ?」


 家まで呼びにいく、ということが簡単にできない世界に変わったのだ、

 一切、なんのアクションもなかったことを責めるつもりはないが……、


 それよりも、クラスの全員が思っていたってことは、

 ちゃんとみんな、登校したってことなのか? あの状況で?


「ま、親がいれば当然、状況把握のためにもいけって言うだろうな。

 家族だけじゃカバーできない部分も多い。

 よその家がどうしてるのか、情報交換の場でもあったわけだし。

 それに、毎日会ってるやつが無事だったってだけで、心は安心するもんだしなあ」


 不安なのは自分だけじゃない。

 そういう共感が、リラックス効果を生む、か……。


 たとえそれが落ち着かせるための方便だったとしても、ないよりはマシだろう。


 そうか、だったらおれも危険を冒してでも登校すればよかった……、

 外を徘徊するドラゴンの数も、今より随分と少なかったわけだし(……だからこそ大人の見守りで、子供たちが登校できたと考えるべきだ)。


 母さんが家にいれば、おれも学校にいけって言われてただろうし……、

 そこは家庭環境の違いが如実に出たわけだ。


「ヨートの親は海外だっけか? じゃあ今、裏日本にはいないのか?」


「たぶんな。少なくとも日本にはいなかった……三日前の段階では。

 予告なく移動していなければ、アメリカにいるはずだとは思うけど……。

 連絡が取れないからなんとも」


 アメリカが裏アメリカになっていないことを祈るばかりだ。


「まあ、お前が生きていたなら、無事で良かったよ。

 学級委員長としては全員の生存を確認しておきたかったからな……、

 これで生死不明はあとクラスで一人だ」


「ん? おれが最後じゃないのか?」

「ああ、マコトと連絡がまだつかない」


 マコト。


 五堂ごどうマコト。


 おれとユータ、マコトという友人の輪ができている。


 マコトもおれにとっては親友の一人だ。


 あいつにしては意外、というわけでもないが、

 おれみたいに特殊な環境でなければ、大体の生徒が登校するとは思うが……。


 マコトがなぜか例外の中に入っている(そうは言っても、あいつは根が真面目ってわけではない。腐ってるのだ、性根が)。


 おれと似ていて、大衆の流れに乗るタイプなのだが……、

 なにかあった……まあ、今更か。

 なにかあったのだろう……、でなければ最低限、どこかに足跡があるはずだ。


「情報が一切ない。家が近いからあいつの家を覗いてみたけど、もぬけの殻だったんだよ。

 親もいなかった。不用心に鍵も開いてたし……。

 かと言ってドラゴンに襲われたってわけでも、

 他の能力者と戦闘があったってわけでもない。ただいなくなってるってだけだった」


「学校に向かわず、自分から進んでどこかに出かけた……、じゃあ、どこへ?」


「さあな。それはマコトに聞けって」


 情報が一切ない以上、追うのは難しい。

 東北に向かったのか関西へ向かったのか……、

 ここで選択を間違えると、近づくどころか離れていくばかりだ。

 かなりのタイムロスになる。


「マコトが能力者なら、誰を支持してるかで居場所は分かりそうなもんだがな……。

 大概は支持した十位圏内の周辺にいるもんだよ」


「誰を支持したのか分からなくても……予想くらいはできるか?」


「分かるかよそんなこと。それはヨートの方が詳しいだろうが」


 おれと似たような思考をしている、とすればだ、

 まだ支持する相手を決めかねているとも言えるし、

 逆に、おれが抱く四位へのなんとなくの嫌悪感がなければ、あっさりと、とりあえず四位を支持している可能性もある、とも言える。


 あいつの場合、念のため支持している可能性の方が高い。

 どうせあとで乗り変えられるのだ、ひとまず怪物化の症状の進行を止めようとするはずだ。


 そこは最優先に考えるはず……。


「結局、あらゆる可能性が考えられるよな……」


「なら、いいか。マコトのことだ、しばらくしたらひょっこり顔を出すだろ」


「いいのかよ、そんなテキトーに放っておいて」


「お前の時だってそうだったんだ。

 そしたら今、こうしてひょっこり顔を出した。

 探し出すと遠ざかるもんなんだよ、そういうジンクスだ。

 だったら探そうとしないで、ひたすら待っていれば、

 偶然ってやつが引き合わせてくれるはずなんだ――いずれな」


 そのいずれが、数か月も先のことになるかもしれない。


 そんなことなど、ユータは気にしてなさそうだ。

 それどころじゃない、とも言えるか。


「クラスの連中のことは、ユータが管理してるのか? 学級委員長らしく」


 誰がどこでなにをしていて、誰を支持しているのか、把握してそうだ。


「まあな。そこでヨートに頼みがある」

「頼み?」


「俺は四位を支持してる。だから能力者だ。

 ドラゴン、になりつつあったあの女を吹き飛ばしたのも、得た能力のおかげだ。

 そこで、だ。お前にも四位を支持してほしいんだよ」


「四位って……あのおっさんだよな?」

「おっさん?」


「……って、言うほど年がいっているわけじゃないと思うけどさ」


 脂が乗ったバーコードハゲではない。

 カツラで誤魔化しているわけでなくとも、容姿からおっさんではないと分かる。

 それでも三十代は越えてそうだ。まさか大学生なわけもないだろうし……。


「ああ、おっさんな、おっさん。そのおっさんが四位だが……問題あるか?」


 支持しないと怪物化するのだから、頭部が変化した支持をしていない少女の末路を見てしまった後だと、ここで躊躇う理由はない。

 にもかかわらず、頷かないおれに、ユータが不思議そうに首を傾げている。

 他の二人の十位圏内を支持するよりは、大人の方が信頼できると思っているのだろう。


 おれもそう思う。

 見た目の可愛さを加味したアイドル人気で人が集まるのは分かるが、この先の統率力を期待するのであれば、選ばない二人だろう……。

 普通なら四位を選ぶ。

 誰がどう見たって冷静に考えれば、順当に選べば迷うはずないのだが――、


 しかし、おれの選択を邪魔するのは、言葉にできない嫌悪感だ。


 相手が悪いわけじゃない、おれが悪い。

 でも仕方がない。こればっかりは、世間で美味しいと評判の料理が、自分だけが苦手で食べられないのと同じで。


 口に入れようとして顔をしかめてしまうような、苦手な感想を四位に抱くのだ。


 嘘でもいいから、利用するためでも、信頼すると決めたら自然と支持者になるのだが、今のおれは嘘でもいいはずなのに、能力者としてまだ覚醒していない。


 嘘でも、利用するためでも、いくらでも理由付けはできるのに、心は正直だ。

 正直過ぎるとも言える……これじゃあひとまず支持をしたいのに、できない。


 利益のためにがまんすることもできない、本心からの拒否感。


「無理だな、信頼できないみたいだ」

「みたい?」


「心の底からの嫌悪感でどうしてもな……悪い、その誘いには乗れない」


「じゃあどうすんだよ、このまま体がドラゴンになるまで待つのかよ。

 他の十位圏内を支持するつもりか? 三位か五位を? 

 それ以外の十位圏内は顔出ししてないし、まだ正体もはっきりしていない……、

 嫌悪感で拒否する場面じゃねえだろ」


「それは、分かってるけど……」


 おれの意思でも支持ができないのだ。

 いや、拒否しているのもおれの意思ではあるんだけど……、

 嫌悪感の方が強いから、反する意思が拮抗してくれないのだ。


 なんで、会ったこともない四位をここまで嫌うのか、自分でもよく分からない。


 本能、かもしれない。


 蛇に睨まれた蛙みたいなものか?


「さっきからやってるんだけどな……、

 信頼しようとは思ってるのに、そう判断してくれないんだよ」


 誰がどう判断しているのか。

 支配者である日本が、おれの内心を見て判断しているのかもしれない。


 だとしたら、いくらやっても誤魔化せないか。


「ダメだな。まあいいや、四位じゃなければ、とりあえずでも支持はできる。

 それで怪物化に関しては期限までに回避できると思うし……」


「そうか」


 ユータはガッカリして、


「残念だ」


「でも、支持した相手が違くても一緒に行動することはできるんだし、情報交換もおこなえる。

 だから同じクランでないことを利用すればいいんじゃないか?」


 あれ? 思い返せば、案外いい案なんじゃないか?


 スパイ的な役割で動けば、ユータのためになる。


 四位を信頼することは無理でも、ユータのことは全面的に信頼できるしな。


「うん、うん……おいユータ、いいことを考え――」


 すると、ユータがおれに向け、手の平を出していた。


 手を取れ、というわけではない。


 だから向きが違う。


 下からすくい上げる形ではなく、壁を押すような、正面だった。


 ハイタッチ? なんの前触れもなく?


 友達としては、意味がないやり取りをすることは多々ある。

 軽いノリ、おふざけ。


 しかし、今のユータからは冗談も遊びも感じられず、

 まるで向けられた手の平が銃口のように感じられてしまう。


 そんなわけがないと思いながらも、しかし、捨て置けない。

 ドラゴンの牙が迫ってきているかのような、回避本能が働き――、



 瞬間だった。

 咄嗟に首を横に振ると、真横を通り抜ける見えない塊。



 風の塊が通り過ぎた……、


 そんな音が耳に届いた。



「……な、にを……」


「俺はクランの中でも勧誘と撃破を担当してる。

 四位の支持率を上げるために東奔西走して人を集め、もしも、相手が誘いに乗らなければ、他の十位圏内の支持をされても困るから、仕方なく、その場で排除する……、


 つまり、だ」


 ガッッッッ、と。


 背後からハンマーで殴られたような衝撃に、意識が飛びかけた。


「かッ……!?」



「俺たちの仲間にならないなら、


 お前も裏切ったあいつらと一緒だ――死ね、ヨート」

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