第5話 怪獣化

 下半身は人間だった。


 頭部だけが、ドラゴンのそれに変わっている。


「…………」


 被り物でなければ――、変化している?


 そういう能力者? 

 ……その可能性も捨て切れないが、違うだろう。


 能力なら、使いこなせなくとも解除くらいはできるはずだ。


 女子生徒の制服を身にまとい、

 アンバランスに頭部だけが大きくなっている彼女は……、

 扱い切れない大きな頭部を両手で支えながら、座り込んでいる。


 立ち上がると重心がぶれて立っていられないからだろう。


 訴えるように、目尻には大粒の水滴が溜まっていた。


 頭部が変化しているから、喋れても、人の言葉は発せられない……。


 おいおい……まだ三日目だぞ? 

 なのに、十位圏内を支持しなければ、こうなるって?


 手足ではなく頭から変化していく場合、一日目でもうアウトじゃないか。


 おれはまだ、運が良い方なのだろう……、

 犬歯だけだが、変化し始めている。


 余裕を持って六日もあるなんて思っていられない。

 犬歯から始まれば、頭部が染まるのも時間の問題だ。

 予測よりもずっと早く、おれも人の言葉が話せなくなるかもしれない……。


 この子のように。

 人前に出られない容姿になってしまう――。


「ッ!?」


 背後から、ドラゴンの咆哮。

 おれを追って、一階にまで降りてきた!?


「――お、おい、おれの言葉は分かるか!? 今、ドラゴンがこっちにきてるんだ、お前を見殺しにするわけにもいかない……っ、頭を支えるから一緒に逃げ――」


 手を伸ばすと、彼女の頭部が反射的におれの手に噛みつこうとした。


 しかし、彼女の重心が不安定なのが幸いし、おれの手が噛みつかれることはなく、ドラゴンの頭部を持つ少女が重さに引っ張られて床にごろんと倒れる。


 ……人としての理性は、もうない……?


 頭部がドラゴンなら、すなわち脳もドラゴンだって……?


 じゃあ、この子はもう――、



「首から下が女の子の、ただのドラゴンじゃないかよ!!」



 がしっ、と、伸ばされた彼女の手がおれの腕を掴む。


 逃がさないように……いや、握り方でなんとなく伝わる。

「見捨てないで」と、そう必死に助けを求めているように――。


 だけどドラゴンとしての本能がおれを捕食しようとしてくる。

 女の子の助けての意思が、おれを逃がさないよう、枷になってしまっているのだ。


 このままじゃ、追ってくるドラゴンよりも先に、頭部だけがドラゴンの彼女に喰われる……!


「ぎゃるるrrr」


「うお!?」


 頭部の重さを利用し、おれに覆い被さってきた。

 両手でおれの両肩を押し、地面に縫い付ける。


 重……っ! 

 はりつけにされたみたいに、まったく体が動かなくなった。


 女の子の体に本当はしたくなかったが……仕方ない、彼女の腹部を足蹴にする。


 その距離が、生死を分けた。

 人間の首の可動域では、おれにその牙は届かない。


 目の前で、ガチンッ、ガチンッ、と、ドラゴンの顎が開閉を繰り返す。


 つっかえ棒のようにしている足の力を緩めれば、

 彼女の牙がすぐにでもおれの首に届くだろう。


「落ち着け! お前は、まだ……っ、完全にドラゴンになったわけじゃない!!」


 だが、その言葉はもう届かない。

 おれの肩を押していた彼女の両腕が、指先から変化していたのだ。


 鋭い爪が、おれの肩の肉を斬り裂いていく。

 じわりと、制服が湿っていく感覚があった。


 ……彼女の、理性が飛んで、捕食本能が優先されたとしたら。


 ――もう、言葉では止まらない。


「っ、悪く、思うなよ!」


 命の危機だ、相手が女の子だから、なんて言っていられない。


 拳を握りしめる。

 能力がない今、おれにはこれしかない――だが、


 咄嗟に手を引っ込めたのは、本能か。

 もしも今、殴ろうと手を出していたなら……、腕が喰われていた。


 しかしどちらにせよ、今の躊躇いが、足の緩みに繋がってしまう。


「しまっ――」


 ぎりぎりで拮抗していた力が、ドラゴン側に寄った。

 ドラゴンの頭部が、牙が、おれの首筋を狙って迫り――、



 その寸前で、


 斜め下から跳ね上がるような衝撃と共に、少女の体が吹き飛んだ。



 勢いのまま天井にぶつかり、鈍い音を鳴らして床に落下する。

 ごろごろと転がった彼女の体は、しばらくしてもぴくりとも動かない。


「……え?」


「危なかったな、ヨート」


 背後、教室の扉が開かれた音。


 振り向けば、そこには、


 この世界になってから初めて出会う、親友がいた。



「お前……ゆ、ユータか!?」



「おいおい、信じられないか? まあ、他人になりすます能力者もいるから無理もないがな……間違いねえよ。間違いなく、俺はお前が知る工藤くどうユータ本人だ。

 なんなら証拠でも見せようか? お前が納得するまでとことん、付き合ってやるよ――」

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