第41話 遠距離vs中距離

 開始と同時に詩織しおりは後方へと飛ぶ。

 渚との練習では封印していたが、相手の出方が分からない以上は間合いに入られないように観察するのが吉だ。

 そして、この判断は正しかった。

 開始直後に國子くにこむちを振り回しながら直進して来る。

 詩織は気圧されつつも、銃を構えて三連射。

 避ける可能性はあるものの、まずは真っ向勝負。打ち出したのはレーザーではなく、接近戦で使っている小型ロケット弾だ。

 國子が微笑んだように見えた瞬間、彼女の二メートルほど前で三発全てが爆散する。


「ちょろい」


 凄い攻撃速度。確かに、間合いに入ったら避けられない。


 距離を取りつつ、ダメージを与えるには実弾では遅すぎる。後方を確認しながらステップを踏みつつ武器の形状を変化。

 銃口を小さく、バレルを長くしたレーザー射出モードに変更。変形完了と同時に引き金を長く引き絞る。


「とわっ」


 流石に國子も青い光線を避けた。

 振り回していた鞭が逃げ遅れて両断される。


威力凄いりょくすごい。このかんひさしぶり」


 國子は切断された鞭を詩織に投げつけながら新たな鞭を生成。

 詩織は投擲された鞭を避けつつ、右回りのルートで回避ステップを踏みながら正確に國子を撃ち続ける。

 狙いは正確。だが、國子は簡単に避けてしまう。

 詩織はさらに銃の形状を変化。

 今度は銃口だけがラッパのように広がった。

 そして國子が床を蹴って宙に浮いたタイミングを見計らって引き金を絞る。


「これなら避けれますか?」

「うぇっ」


 飛び出したのは、無数の細いレーザーだ。

 広範囲に拡散されるレーザーを避けるのは難しい。戦闘不能にできなくとも、まずは一撃。

 そう思ったのもつかの間、國子の体が空中で急に左方向へと引っ張られ、レーザーの範囲から外れた。


「何……」

「捕まえた」


 見れば、左足に紫の鞭が絡みついている。いつの間に、と考える暇もなく鞭に足を引っ張られて体勢が崩れた。

 武器をすぐさま接近用に切り替え、狙いもつけずに二連射。

 國子は既に懐まで潜り込んでいた。

 足を引っ張ったさっきの攻撃は、自分自身が接近する為でもあったのだ。

 今なら、拡散レーザーを避けた方法も分かる。鞭を地面にめり込ませて、力技で自身の軌道を変えたのだ。


「面白いねぇ、詩織ちゃん」

「ッ、そう呼んでいいのはなぎささんだけです!」


 國子は懐を取ったとみるや、右手の鞭を拳に巻きつけていた。接近戦に持ち込む構えだ。


「えー、いいじゃん、私も先輩なんだし」


 拳を避け、腹部を蹴ろうとして足が空を切る。

 詩織は理解する。渚の言った通り、中距離と接近戦においては経験と実力に天と地ほどの差がある。


「顔は狙わないようにしてあげるね」


 けれど。國子がトドメだと繰り出してきた拳。

 完全に直撃コースのそれが空を切る。


「あれ?」


 予想外の事態に驚く國子。

 接近される間際に放った計四発のロケット弾は、國子の死角でぐるりと反転、直接彼女に直撃させるのではなく、詩織自身に着弾、ブーストする事で拳の避けたのだ。


「私も顔は狙いません」


 その隙を逃さず、詩織が國子に銃を突き付けて引き金を――、

 パァン。

 衝撃、そして激しい痛み。右手の銃が粉々に砕けていた。

 何故、と思う間もなく反対の銃も砕かれる。

 残ったのは鋭い痛み。早く次の武器を、と思って手を動かそうとするも無理だった。だらりと両手が重力に引かれて垂れ下がる。


「ストオォォォォォォォォプ!」


 大声で叫びながら走って来る渚の姿。

 ああ、私負けたんだ。

 そう思った瞬間、痛みとは別の理由で涙が溢れて来た。



 ◆◆◆



「私の勝ちだね」


 不敵に笑う國子を睨み、我慢できずに左手の平手にして彼女の頬へ振りぬいていた。

 ぱぁん、と乾いた音が鳴ったが、國子は全く痛みを感じていない様子で呆けた表情をしている。生身で変身している相手を叩いても、蚊に刺された程度すらも感じない。


「どうして叩かれないといけないの?」

「やるにしても限度があるでしょ」

「手加減無しで良いって、渚が言ったんでしょ」

「そうだけど、分かるでしょ」


 らちが明かない。詩織の手の状態を確認する。

 渚が離れて見ていた限り、國子はアルカンシエルを粉砕するほどの力で詩織を攻撃した。

 切羽詰まった状況で、局所的に本気が出てしまったなら仕方ない。

 しかし、今回は違う。

 明らかに國子は余裕だった。


「大丈夫? 手は動く?」

「……はい」

「甘いんじゃないの、渚」

「黙ってて!」


 鞭で打たれた部分は衣装が爆ぜていて、血も滲んでいる。

 しかし、どうやら両腕共に骨には問題ない様だ。

 ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす。


「私の判断が間違ってた。ごめんなさい」

「渚さんは悪くないです」

「そうそう、彼女が強くなかったのが悪いんだよ」


 聞捨てならない言葉に、怒りを込めて後ろを振り返る。


「……聞き間違いだと思うけど、なんて言ったのかな?」

「彼女が強くなかったのが悪い。だって、昔は皆もっと強かったし、これくらい、練習試合なら普通でしょ。昔は私も渚から今以上にボコボコにされた事あるし」

「昔と、今とじゃ――」

「同じでしょ。大型は確かに減ったけど、その分厄介な小型が出て来た。それなのに、訓練はぬるくなってたら倒せるものも倒せなくなる」


 彼女の言葉はある意味正論だ。

 だからと言って、看過かんかはできない。


「納得してないって顔だね。ヤダヤダ。もっと過酷な練習を耐え抜いてきた仲間なのに、引退した途端に保守的になっちゃうなんて。そんな半端なことしてたら、みんな戦場で怪我するだけじゃ済まないよ。死なせるつもり?」

「あんたに何が分かるって言うのよ! 謝って!」


 図星を突かれ、激昂する。

 嫌でも、病室にいる燐火りんかを思い出させられた。


「嫌ですー。私に勝てたら謝ってもいいかな。でも、浜野はまのさんはもう戦えないかぁ。残念」

「私がやる」

「ッ!? なぎささん!」


 詩織がハッとして、私を止めようとする。けれど、その言葉は苛立ちに満たされた心に届かなかった。


「えー。魔法無しで殴り合うのは流石に嫌だからね」

「心配しないで。同じ土俵どひょうで戦うから」

「……変身無しで私と戦う気?」

「渚さん、止めましょう。私は大丈夫ですから!」

「詩織ちゃん、これは私にも売られた喧嘩だから。國子、ちょっと待ってて」

「小細工でもする気? いいよ、いくらでも」


 一度、訓練室の外に出て銀糸のケースを持って戻る。


「なにそれ」

「後悔しても遅いからね」


 後々思えば、それは完全に自分自身に跳ね返って来る言葉なのだが。

 渚はケースを開いて変身する。当然、それを見た國子は目を丸くした。


「驚いた。適性てきせいも残ってたの?」

「そんなの今はどうでもいい。さっき私と詩織を侮辱ぶじょくしたツケ、払ってもらうから」

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