第42話 心の底に溜まったもの

 第二ラウンドの幕が上がる。


「ルールは?」

「どちらかが降参するまで」

「ハンデつける?」

「必要ないでしょ」

「右腕、まだ本調子じゃないんでしょ?」


 適当なようで見透かされている。それが今は腹立たしかった。


「詩織は壁の方で休んでて。うで、我慢できる?」

「大したことないです、これくらい。それよりも――」

「いいの。責任は全部私が持つ」


 國子くにこは小馬鹿にするように、新体操宜しんたいそうよろしく空中でむちをクルクルと回し、螺旋らせんを描いて見せる。


「久々だなぁ、楽しみだなぁ。しかも本気の夢子ゆめこと」

なぎさよ。次、間違えたらぶっ飛ばすわ」

「出来るならやってみてよ。夢子ちゃん」


 ああ、彼女はこの状況を楽しんでいる。

 此方が本気なのに國子は何一つ本気じゃない。


「練習試合だと確かぁ、私が二十二勝、夢子が四十七勝」

「わざわざ数えてたの?」


 ハンマーを生成して構える。そうすると、少し気持ちが落ち着いた。

 ただ怒りに任せて戦って勝てるほど甘い相手じゃない。


「うん。でもね、私が調子いい時は全部勝ってたよ」

「だから今日は負けないって?」

「うん!」


 互いに構える。何度も何度も繰り返してきた。今更掛け声はいらない。


「夢なら、覚めないでほしいなぁ」

「ハンマーで叩き起こしてあげる」


 先に動いたのは國子だ。彼女は流れる様な鞭捌むちさばきでハンマーを押さえに掛かる。

 詩織と戦った時よりもさらに繊細な動き。


 ……ッ、本当に手加減してたのね。


 鞭は別方向から二本、蛇のように空中を滑って来る。

 渚はあえてハンマーを大ぶりし、國子へとブン投げる。

 捕縛しようとするなら、それで目を眩ませる。

 投げた武器は避けるか受け止めるかの二択だが、元々捕りに来ていたので受ける他ない。

 そうして出来た隙に新たなハンマーを生成して振り抜く、狙うは絡め取られた状態のハンマーだ。


「んあっ!?」


 ハンマー同士が接触した瞬間、投げた方のハンマーが粉々に砕けた。過度の衝撃に、銀糸だったものが粉状に戻って飛散。

 國子は正面からそれを上半身で受ける。


「目つぶしとか卑怯」

「立派な戦術」


 インパクトを与えた次の踏み込みで、國子の背後へ。

 目つぶしで精度が甘いとはいえ、振るわれる鞭の軌道をしっかりと読み、交わしたところで振り向きざまの左肘打ひだりひじうちを背中の芯に叩き込む。

 ひゅごっ、と國子が潰れた空気を吐き出す音を聞きながら、更に一回転で横っ腹にハンマーを叩き込む。

 当たれば一発ダウンの一撃はしかし、巻き付いてきた鞭で勢いを殺されて親指一本分の隙間を残して交わされてしまった。


「危ない、危ない。足元注意」


 先ほどの詩織と同じく、右足に鞭が絡みついていた。

 物凄い力で宙に吊り上げられる。

 渚はあえて力に逆らわず、ハンマーを引き寄せて体を丸める。


「さっ、空中なら叩き放題だね」


 飛来するもう一本の鞭の連打。ハンマーで無理やり防ぐも限界がある。

 急所を守りながら、地面に落下するタイミングを計る。


「それじゃ、もう一回」


 自由に動くことは許さないと、再び鞭が足に絡みつき、空中に引っ張り上げようとする。

 渚はその瞬間を逃さず、鞭を右手でつかんだ。


「ワンパターン」


 ハンマーで鞭の芯を殴打し、千切り飛ばす。

 再び落下を始めた体に対して、ハンマーを柄のギリギリで持ち、地面を削る様にして叩く。

 爆発的な推進力すいしんりょくが生まれ、渚の体が國子の方へと吹き飛ぶ。風を切る回し蹴りを、國子は鞭を使わずぬるりと体を柔軟に曲げて交わした。

 避けられた為に渚は数メートル離れた地点に着地。ハンマーを体に密着するよう下段に構える。


「良いねぇコレ。生きてるって感じ」

「余裕のつもり?」

「全然。もうギリギリ過ぎて最高。ここに来た時から、早く戦いたくて仕方なかったんだもん」

「……? 構えなさいよ」


 まだ渚は國子の射程圏から外れていないが、次を打ち込んでこない。

 それどころか、鞭を構えさえしない。それに彼女の言葉も引っかかる。


「ここに来た時からってどういう意味?」

「訓練室に入って、すぐにわかった。古い傷の中に新しい傷があった。夢子にしかつけられない傷。なら、答えは一つだよね」

「……まさか、それを確認する為に詩織を怪我させて私を煽ったの?」

「隠されると、そうするしかないよね」

「呆れた。そこまでする? 昔はそんな自己中心的な性格じゃなかった」

「五年だよ。そりゃ変わるよ。みんな死んで、変わらないわけないでしょ!」


 話しながら気持ちが高ぶったのだろう。半ばかすれるほどの大声だった。

 これも、五年の間に変わってしまったモノの一つ。渚の知る國子は元々変にテンションが高かったけれど、こんな語気を荒げるタイプではなかった。


「友達が生きてたって分かって、でもみんなそれを隠してて、その上でまた素っ気なくされる私の気持ちが分かる? 隠し事されて、のけ者にされる気持ちがさッ、……何なの?」


 國子が鞭で何度も床を叩く。


「私ッ、だってッ、国の為にぃ、戦ったッ、魔法少女、なんだよッ!」

「……國子」

「私にはあんたを殴る権利がある! あんたばっかり有名になって、死んだ皆の事なんて誰も気にも留めない! 生き残った私の事だって誰も心配しない! もうヤダよこんなの……こんなの、私らしくない」


 國子がその場に崩れ落ちる。

 明るく振舞っていたのは虚勢だった。昔の自分を取り繕おうとしていたのかもしれない。

 渚は気付けなかった。彼女は変わらないなと勝手に決めつけて安堵していた。


「何も考えずに皆と笑って、アルカンシエルを倒して、それだけでよかったのに。何も考えなくてよかったあの頃に、戻りたいなぁ」


 どれだけ願っても、叫んでも、泣いても、


「それは無理だよ」


 変わらない物なんてない。残酷な現実に真っ向から立ち向かうか、目を逸らすか。


「どうして、そんな意地悪言うの?」

「私も同じだったから。ここを出て、夢子の名前を見る度に、北極で死んだ皆の顔を思い出した。悪夢も毎日見た。いっそ、あの時死ねば楽だったのにって」


 時は解決なんてしてくれない。考える時間をくれるだけだ。

 時にそれは死よりも酷い苦しみを与えてくる。それを乗り越えた者が次に進める。

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