第40話 問題だらけ

 國子くにこの視線があからさまに泳いだ。


「どうしてかわからないんだけど、ブランクのせいかな、銀糸の定着率が悪くて、衣装が不完全だったのよね。だから、服を脱いでみたら上手く行って」

「あの……」


 詩織しおりなぎさの後ろに隠れたまま、おずおずと手をげる。

 おそらく、原因に気付いたのだろう。

 渚も直ぐに気付いたが、ここは彼女に指摘の期会を譲った。


「長い髪のせいです」

「えっ?」


 國子は本当に分からない、という表情で聞き返す。


「変身の際、体を守る為に銀糸が全身をおおいますよね?」

「それぐらい知ってるわよ」

「つまり体の面積が大きければ大きいほど、銀糸が必要になります」

「むぅ、私が太ってるって事?」

「そうではなくて、髪の毛も体の一部なので、それだけ長い髪を銀糸で覆うとなると相当の量が――」

「なるほどぉ!」


 ようやく納得したらしい。

 最初に倒れていた時、触手しょくしゅが髪の毛と気付けなかったのは、髪をおおう為の銀糸が、髪の毛一本一本では到底量とうていりょうが足らないので、何百本を一束一塊ひとたばひとかたまりとして形成していたからだ。


盲点もうてんだった」

「いやいや、服脱ぐよりも先に分かるでしょ」

「髪も体の一部だから気付かなかったよ。そうだよね、考えてみれば確かに」


 ははは、と大笑いする國子。


「とにかく、そんな恰好でいたら風邪ひくよ」

「大丈夫、引きこもってた時はずっとこんな感じだったから」

「いいから、早く帰るか指定された練習場に行って」

邪険じゃけんにし過ぎじゃない? そもそも、渚達はどうしてここに?」

「詩織が練習する施設がこの前の襲撃で壊れたから、代わりにここでやるの」

「あちゃーそれは大変だね」

「接近戦用の建物は無事だから」


 早く行ってくれと、指でその方角を示す。

 國子は肩をすくめて、「折角来せっかくきたのに」と愚痴ぐちる。


「私だって、懐かしいここで練習したい。昔の感覚取り戻すなら、やっぱりここでしょ?」

「いいから。しつこいと麻耶まやさんに報告するよ」

「それだけは勘弁」


 本当はもう、麻耶も知っているのだが、追い出す為に手段は選んでいられない。

 國子は観念した様子で、そそくさと出入り口まで早足で向かい、扉を潜って見えなくなった。

 念のために三十秒間、扉をにらんだ後、


「はぁ、訓練の前からどっと疲れた。時間無駄にしちゃったし、早速始めようか」

「はい!」


 そうして準備体操を始めてしばらくした頃。


「ただいま」


 そうする事が当たり前と言わんばかりに、國子が変身した状態で戻って来た。

 その姿を見て、渚と詩織が固まる。

 彼女の再登場に驚いたのもあるが、それよりも目を引くのはもっと局所的きょくしょてきな部分。

 國子の髪が、ショートヘアと言っていいほど短くなっていたのだ。


「渚の言う通り、上手く行ったよ。結構、スッキリしたでしょ?」

いくらなんでも……」


 切り過ぎ。

 指摘されたからと言って、普通はそんな思い切りよく髪なんて切れない。

 ましてや美容室で切って貰うのでもなく、自分で適当に切り飛ばしているのだ。

 前の超ロングよりも見た目の印象と清潔感は上がっているが、限度がある。


「その驚いた顔が見れただけでも切った甲斐かいがあったよ」


 一瞬のサプライズの為に、数年分の資産を切り飛ばしたというのか。

 価値観が違い過ぎて渚は眩暈めまいを覚えそうだった。

 外見の変化は兎も角として、変身せずにストレッチを始めてよかったと胸を撫で下ろす。

 危うく腕輪の事を知られる所だった。


「似合ってますね」


 感想を口にしたのは詩織だ。確かに今の髪型も悪くは無い。

 確かに似合っている。


「それを見せるためだけに戻って来たの?」

「そんな訳ないじゃん。練習だよ、練習」

「だから……」


 そこまで言って次の台詞を飲み込む。


 詩織が実践を経験するチャンスかも?


 渚と詩織の組手の場合、腕輪の有効距離のせいで一部の行動に制限が掛かる。自由に動き回れる機会は貴重きちょうだ。

 加えて同じ相手とばかり組み手をしていると、相手の癖を覚えて行動がマンネリ化してしまう。

 無意識の手加減や変な癖が出来た挙句あげく、それが実践時の弱点にもなり得る。

 この辺りで、別の相手と組手をするのはいい経験になるだろう。


「そうね。詩織と組手して貰える?」

「えっ? 渚さん、冗談ですよね?」

「本気。良い勉強になると思う」


 どのみち、「帰れ」と言って帰る相手ではない。

 今日の所はしっかりと詩織の練習相手になって貰おう。

 渚自身がサボりたいとかそういう理由では決してない。


「私は構わないけど、ハンデとかつけた方がいいの?」

「ご心配なく。彼女、強いよ」

「へぇ……楽しみだね」

「國子こそブランク五年もあるんだから、コテンパンにやられないようにね」

「言ってくれるじゃない。浜野さん、手加減しなくていいから!」


 少しあおっただけで、もう本気モードだ。

 今日の國子の武装は中距離対応型。

 渚には真似できない、詩織が初めて経験する間合いだ。


「詩織ちゃん、彼女は私より動きが早いかもしれないから、出来るだけ間合いは詰めさせないように。むちは不規則な軌道かつちぢみする。射程に入られると対処が難しくなる」

「はい」

「ちょっと、ちょっと。そっちにだけ助言? ズルくない?」

「國子は被弾しないように注意して。攻撃圏内に入れたら、後はどうにでもなるでしょ」

適当てきとう。でもわかったよん」


 二人が七十メートルほどの距離を取って向かい合う。渚は巻き込まれないように壁際まで下がった。


 ……本当なら、燐火りんかと國子をぶつけたかったんだけど。


「二人とも、武器を構えて」


 詩織がポーチに手をあてて武器を形成する。

 中距離を意識してか、両手持ちのライフルに似た形状だが全体的にフォルムと銃口が大きい。渚も見た事の無い形だ。


「また新しい武器を試す気?」


 本当に彼女に驚かされる。ただ、使いこなせなければ意味がない。

 対する國子は頭の羽飾りに触れて二本の紫色をした鞭を作り出す。


「あー、確かに動かしやすい」


 試し切り、ならぬ試し打ち。

 空気を割く風切り音、地面を叩く破裂音が何度も重なる。

 鞭の軌跡はほとんど見えなかった。薄っすらと紫色の残像を目で追えただけ。

 全然、衰えてない。少なくとも武器捌ぶきさばきは昔のままだ。


「それじゃ、構えて。用意、ドン!」


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