第39話 未確認物体

 翌日。

 詩織しおりと共に訓練所に向かったなぎさは、妙な気配に扉の前で足を止めた。


「渚さん?」

「しっ、静かに。なにかいる」


 詩織を手で制して、扉に耳を近づける。重い扉の向こうから、微かに物音が響いていた。

 併せて、うめき声に似たものも。


「ここで装着そうちゃくして」

「分かりました」


 詩織が素直に頷き、トランクを開いて変身を完了させる。渚はその間に、通信で麻耶まやを呼び出した。


『こんな昼間に、どうかした?』

「訓練所に何かいる。ここって、私達だけしか使ってないんじゃなかったの?」

『そのはずよ。誰にも使用許可は出してない』

「仮に生徒の誰かだとして、調べられる?」

『履歴を見れば分かると思うわ。少し待って』


 息を殺して待つこと一分弱。


『……犯人が分かったわ。浮田うきたさんよ』

「安心した。アルカンシエルじゃなくて」


 ひとまず胸をろす。しかし、根本的な問題が一つ。


「どうして國子くにこちゃんが?」

『独断でしょうね。訓練は近接用の棟で受けるように言ったんだけど』

「本人に聞いてみます」

『手間を取らせてごめんなさい』

「いいよ。知らない人じゃないだけマシ。変身して突入しなくてよかった」


 さて、どう話をして訓練所から追い出したものか。

 色々と頭の中でシュミレーションしながら扉のロックを解除して一歩踏み込み、目の前の光景に絶句して足を止める。

 中には、予想もしない酷い光景が広がっていた。

 広場の中央付近、そこに白と紫で構成されたタコの様な物体が地面に潰れていたのだ。



 その気味の悪い物体はもぞもぞと小刻みに震えながら、苦悶の声を吐き出している。

 渚はゆっくりと、その物体に向かって歩を進める。

 その背にぴったり続く詩織は、対近距離用武器を両手に構えた状態だ。


「……國子?」


 物体まで三十メートルの距離から呼びかけると、その塊は動きを止めた。


「その声、夢子?」

な・ぎ・さ

「そうだった。良かった。私の魂のSOSが届いたのね。流石、元パートナー」

「説明してくれる? その気味の悪い状況の理由」

「ぇ、今私どうなってる?」

「私に聞かれても」


 彼女自身、今の状況を飲み込めていないらしい。

 ただ一つ分かるのは、彼女が助けを求める状況にある、という事だけだ。


「久しぶり過ぎて銀糸が暴走したの? 聞いた事ないけど」

「普通に変身して、ウォーミングアップしてたらいきなり体の自由が利かなくなって」

「それで、死んだタコみたいな姿に」

「そんな感じになってるの!?」


 オーバーリアクション気味にもぞもぞと再度動く。

 気味が悪いのでやめて貰いたい。

 さておき、原因が分からなければ助ける事も出来ない。

 途方に暮れかけた所で、原因に気付いたのは詩織だった。


「渚さん、この白い部分って髪の毛じゃないですか?」


 広がったタコの触手に似た部分、確かに良く見れば先端が毛筆のように別れている。


「白が髪の毛だとして、この紫色は……」

「武器、じゃないですか。リボン状の」


 記憶の中を探って、心当たりに行きつく。


「國子ちゃん、質問していい?」

「いいよ。苦しいから、手短にお願い」

「今日の武器、むち?」

「そうだよ」

「……確定」


 詩織が興味津々の様子で渚を見上げてくるが、口で説明するにも頭が痛くなりそうな理由だった。


「調子乗って振り回したんでしょ?」

「調子は、乗ってない」

「でも振り回した?」

「……ある意味ではそうかも」

「髪の毛が長すぎて鞭と絡まっただけよ」


 自爆じばくならぬ自縛じばく

 軽率な浮田國子らしい理由だった。

 どのような複雑な絡み方をすれば、助けを呼ばなければならないほど身動きが取れなくなるのか。


「嘘でしょ!?」

「こっちの台詞」


 しかし、原因が分かっても解くのは容易ではない。

 なら、いっそのこと――、


「変身、解除して。絡まってる武器が無くなれば動けるでしょ」

「あーそれはちょっと最終手段で」


 単純かつ最も簡単な方法を渋る國子。

 刻一刻こくいっこくと練習時間が削られている渚としては、早く彼女にここから出て行って貰いたい。

 故に言葉にストレートな棘が混じる。


「最終手段も何も、それしか方法が無いでしょ。解除するだけなら痛くないし、このままだと髪の毛抜けちゃうね。私が切ってあげようか?」

「ひっ!?」


 瞬間、白と紫の色が失われて黒の地毛へと変わる。変身を解除した証拠だ。

 変身が解けると同時に、捻じれて引き絞られていた彼女の体が解放され、ようやく全容が見えた。

 全身に髪の毛と鞭が絡みついて背骨は限界まで弓なりに反れた状態でゴムボールのようになっていたらしい。


「ぶっは、ごっふぉっ、げほっ、げほぅ、ぁ。死ぬかと思った」

「髪の毛、どう考えても長すぎるから切ったら?」

「折角ここまで伸ばしたのに?」

「伸ばしたんじゃなくて、切らなかっただけでしょ。毛先がかなり傷んでるように見えるし、ボリューム足りない所はウィッグやエクステで調整すればいいじゃない」

「地毛に拘りたいのぉ、私は」


 妙なこだわりはさておき、もう一つ気になる事が。

 あえて指摘しないのも手だが、今後の事も考えると、やはりここは昔の仲間として指摘しなければならない。


「……國子ちゃん」

「何、改まって」

「どうして、下着姿なの?」

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