第35話 やきもち
「まだちょっと頭が痛い」
「無理しなくていいから。安静にして」
彼女の頭にはまだ包帯が巻かれていて、耳も保護用のガーゼで覆われている。
海底で高圧に晒された影響だ。ダメージを受けた三半規管が安定しない為、ベッドの上で座っていても彼女の頭はゆらゆらと揺れている。
「そっちは?」
「おなじくー」
同室の
「ジェットコースターに乗ってるみたい」
復帰まではあと二週間はかかるだろうというのが医者の見立てだ。
「
「うん。丈夫なのが取り柄だからね。腕以外だけど」
「よかった。他のみんなは元気?」
「作戦に参加した他の組の事? それなら大丈夫」
「
「怪我一つしてないよ。助けが来るまで、冷静に対応してくれてたみたい」
燐火のほっとした表情につられて口元が綻ぶ。
「でも、私が早く復帰しないとお姉ちゃんが」
「練習の件なら心配しなくていい。今は臨時で
「え、詩織っちと?」
虚を突かれたように表情が固まる。
「組むって言っても訓練の為にね。今は彼女も接近戦の訓練をしてる」
「接近? どうして?」
「最近目立ってきている小型に対抗する為だよ」
「そっか……」
「これから小型が増えてくるなら、遠距離型も最低限の近接対応が出来ないと危ないから」
「練習は上手く行ってる?」
「まだ固いかな。咄嗟の判断が上手いタイプじゃないから、何度も練習をして体で覚えるしかないし。でも武器の応用力は凄い。自分の欠点を補う為の攻撃方法をしっかり考えてる」
「そうなんだ」
「伸びしろがあるよ。このままいけば、かなり優秀な魔法少女に――」
「その辺でもういいー? あたまいたーい」
隣のベッドの一紀の声にハッと口をつぐむ。
言葉を止めたのは口を挟まれたからだけではなく、燐火が今にも泣きそうな表情で顔を伏せたからだった。
……失敗した。一番勇気づけて欲しい時に、よりにもよって私は。
「ごめん」
「ううん。大丈夫。私、早く元気になるね」
「待ってるよ。燐火ちゃんが居ないと訓練に張り合いがないからさ」
遅すぎるフォローが虚しく部屋に響く。
「また明日来るよ」
その空気がいたたまれなくて、渚は病室を後にする。
「すぐ、元気になるから!」
「うん。無理はしないでね」
外に出て扉を閉める。
「はぁ……言いたいことがあるならどうぞ」
廊下の壁に寄りかかって今のやり取りを窺っていた
暗に頭を冷やせと言われているように感じた。
「すいません」
「私に謝られてもね。あーあ、部屋に入り辛くなっちゃったじゃない」
代わりにちょっと付き合いなさいと、渚は彼女に引き摺られるまま屋上へ向かった。
◆◆◆
「麻耶さん、もしかして最初からお見舞いする気なかったんじゃ?」
「失礼ね。時間が出来たから来たのに」
「目の下、酷いことになってる」
「知ってるわよ。余計なお世話」
化粧でも隠れない濃いくまが出来ている。
それを隠すように、麻耶は抉れた山の方へ顔を向けた。
「これから忙しくなるわ」
「唐突だね?」
「愚痴を言える相手が少ないの。察して」
「私でよければ、いくらでもどうぞ」
「また大型の兆候が表れたわ。それも特大の」
「次はいつ?」
「半年後。場所は、北極」
麻耶は淡々とした口調を心掛けていたが、顔が強張っていた。
渚もまた、嫌でもそれの意味する事が分かった。
かつて破壊された拠点の再建。それが敵の狙いだろう。
「当然、阻止するんだよね?」
「過酷な防衛線になるわ。きっと前回以上の。失敗すると人類は今度こそお終いかもしれない」
「悲観しすぎじゃない?」
「まさか。敵は私達に合わせた戦法や技術をアップデートしてる。想像してみて。前回の奪還作戦の時、敵に小型が配置されていたら?」
「……失敗したかもしれない」
かもしれない、ではなく確実に失敗しただろう。
敵の超巨大転移装置を破壊する為に行った命懸けの特攻。
小型がいれば間違いなく阻止されていた。
「けど、防衛線ならみんな慣れてる。攻めるよりやりやすいと思う」
「そうね。だけど『北極だから民間人の犠牲者は出ないし、自分の国の領土でもないから、危なくなったら逃げよう』きっとそんな感じよ。私が部外者ならそう思う」
麻耶の発現を否定する事は出来ない。実際、北極南極の奪還作戦でも戦況が不利に傾いた瞬間に自国の軍を引いた国もあった。
作戦が失敗すれば未来が無い戦いだったにも拘らず。
「今は昔ほど切羽詰まってないからね。魔法師、魔法少女の死者が減っている事も、お偉い様方の目を曇らせる要因になってる」
平和ボケ、とまでは行かずとも、一度生死の淵を経験しているが故に保守に入る者は少なくない。それは誰にも責められない事だ。
「どうするの?」
「敵の学習進化速度を超える魔法師、魔法少女の強化」
「それが出来たら」
「苦労しないわよね。そこで――」
「私が結果を出せばいいって話でしょ。出来る範囲で適度に頑張る」
「プレッシャーをかけたつもりだったんだけど?」
「もう慣れた。その趣味悪い煽り方」
麻耶が意地悪な笑みを浮かべる。
「本当に成長したわね。頼もしい」
「褒めないでよ気持ち悪い。慣れただけ」
「貴方のおかげで、詩織も新しい可能性に目覚めたみたいだし」
「私達の時は、あんなこと出来る子なんていなかった」
正直、詩織の武器変化のバリエーションには驚かされた。
「近いのは、ティナかな……」
英雄、ティナ・ミュロート・ガネット。渚の知る中で最強の魔法少女。
彼女を超える魔法師・魔法少女は決して現れないと思っていた。
その気持ちが揺らぐほど、今の若い世代には才能が溢れている。
「よく、これだけのメンバーを揃えたね」
「偶然よ。本当に。だからこそ、今の世代で決着をつけたいの」
「気持ちは分かるけど、ちょっと急かし過ぎじゃない?」
麻耶の気持ちもよくわかる。北極奪還と引き換えに失敗した南極攻略。なまじ北極奪還を成功させた故に各国は再攻略の時期を未だに決めあぐねている。
「あの戦いを知ってる世代が居るうちに」
麻耶の並々ならない思いが伝わって来る。その感情の一部は憎悪だ。
あの戦いで死んだ仲間は沢山いる。奪還作戦で世界の精鋭が招集されたあの時、各国の防衛は手薄になった。
少数での防衛を余儀なくされた魔法師・魔法少女の多くが命を落とした。
適性を失っていた麻耶は、仲間や後輩の死を傍観していることしか出来なかった。
その心中は察して余りある。
だから、何も言えない。渚自身も同じ思いをしたからだ。
世界を救ったと信じて満身創痍で帰国したあの日、友人が七人も死んだ事を知った。同時に、渚の心奥で大切な何かが壊れた。
……だから一度は逃げる事を選択した。もう、皆が死ぬのを見たくなかったから。
「そろそろ、訓練に行く」
「ええ。怪我しないようにね」
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