第34話 改良、努力、リベンジマッチ
「接近戦における戦闘センスは絶望的。今の所は」
午後十時半。
「そうみたいね」
「小型、か。これから増えるんだろうなぁ」
三時間に及ぶ
成長が無かったと言えば嘘になるが、咄嗟の判断と行動が致命的にワンテンポ遅い。
「そりゃ、遠距離適正だから当然だけど」
「教えてどうにかなる物じゃない?」
「結論を出すにはまだ早いかな」
頭の中でシミュレーション出来ている行動は悪くない。
感覚に頼らない努力型。
ならば、彼女が対応できるだけの判断材料と経験を叩き込めばいい。
それこそ、何百、何千という敵の行動パターンを。
渚の、では駄目だ。
「麻耶さん」
「何?」
「敵の戦闘データが欲しい。特に動画。あるかな?」
「あるけど。もしかして」
「敵を知るのも大事かと思ってさ」
意外に遣り甲斐がありそうだと渚は笑ってみせる。
敵を知り、己を知れば
麻耶から渡されたデータは意外にも多かった。
直接本部が叩かれた事で、複数の監視カメラ映像が残されていた。
また、市内で繰り広げられた掃討作戦の映像もある。此方は新型の敵を解析する目的で取られたのだろう。固定の監視カメラの映像よりも正確に敵の動きを追っている。
全てを繋ぎ合わせると二十時間を超える量で、見ごたえは十分。
「何か、行動パターンみたいなのがあると楽なんだけどな」
タブレットに映し出される映像を食い入るように見詰め続ける。元より期待はしていない。そんな甘い相手ならば、人類はここまで追い詰められなかっただろう。
加えて、今はそのパターンでも、次の出現の際に同じかどうか分からない。敵も日々進化している。安易な考えは己にピンチを呼び込む。
「これを、……こういう動きか」
敵の動きを、ベッドの上で上半身だけ真似る。可動範囲に限界はあるが、近い動きは出来そうだ。
小型の敵が人型で良かったと思う。他の動物だと真似るのも一苦労どころか無理な可能性もある。そこまで考えて、一つの疑問が降って湧いて出た。
「でも、どうして人型なんだろ?」
今まで出現してきた巨大なアルカンシエルは、人よりも動物と
それが突然、明らかに人の形になった。
人間は知恵を武器に生きる代わりに、個体としての環境適応性や運動能力は他の陸上動物に劣る部分が多い。
現状、アルカンシエルは自身の意思を持って行動している訳ではなく、人類を殺す為だけに動くロボットに近い存在だ。わざわざ人の形になるメリットは少ない。
「敵も、人間を学ぼうとしている?」
侵略の妨げとなる脅威として、模倣しようとしている可能性もある。
今はまだ、単純な攻撃行動で済んでいるが、いつかは自分たちと同じように武器を扱い、連携や回避、奇襲を仕掛けてくるようになるかもしれない。
もし本当にそうなったら……、背中にうすら寒い感覚が走る。
「それならそれで、対策しないと」
麻耶にもメールを入れる。渚が警告しなくとも、彼女ならばその可能性に思い至っている可能性もあるが念の為。
自分は、自分の身の丈に合った事をやるだけ。
その日の行動研究は深夜にまで及んだ。
◆◆◆
「今日は少し
敵の行動研究開始から四日目。
ようやく形になったトレーニング方法をお披露目する日が来た。
丁度、詩織の及び腰も改善されてきた所なのでタイミングがいい。
「新しい戦い方、ですか?」
「詩織はいつも通りでいい。こっちが勝手に行動を変える」
「?」
「見てれば分かるよ」
目を瞑りイメージを頭の中に構築。身に纏った衣装のイメージを切り替える。
「!?」
詩織が息をのむのが分かった。当然だ。
不完全とはいえ、渚の纏う衣装は普段と形を変え、色こそ赤のままだが異形の化け物に近いモノへと変わっている。視線から行動を読まれないよう、また対人という感覚を減らすべく顔は露出しないようにフルフェイスへと変更した。
視界は悪くなるが十分に戦える。
「驚いたかな」
「ええ、とても。そこまで変化させられるなんて」
「そこ?」
確かに、衣装の変化は意外と難しい。好き好んで変更しようとする者は少ないので、実際の難易度は未知数だが。
渚の場合は旧式のコスチュームを人前で使えないので、訓練をしていたのが功を奏した。
時間と余裕があれば、麻耶に怪物そっくりのスーツを作ってもらう事も可能だろうが、本部復旧が最優先で進められている現状では頼めない。
「判断力や瞬発力は格段に向上してる。今からは実践的な部分の強化だよ」
「アルカンシエルと思って戦え、という事ですよね」
「そういうこと。やれる?」
詩織は恐怖と期待の入り混じった表情で笑みを作ろうとしていたが、実際は不格好に口の端が歪んでいるだけだった。
当然だ。死を覚悟するほどのトラウマを植え付けられた相手に似たモノが目の前にいるのだ。一歩間違えば症状が悪化する可能性もある。
「……また早かったかな」
「強くなりたいんです、私。だから、お願いします」
それは彼女なりの覚悟だろうか。
体の震えを押さえるように両手の拳を一度きつく握ってから、腰のカートリッジに手をあてて銃を生成した。それも二丁。
「それは?」
グリップガードのついた半円型の小型銃で、形状は既存の武器のどれとも合致しない。
あえて近いモノを挙げるなら釘などを打ち出すエアコンプレッサーか。
普段使用している全射程対応型の銃とは一線を
「隠れて訓練してたのは、私だって同じです」
「新しい武器なんて、容姿を変えるよりよっぽど凄いよ」
「まだ試作段階ですけど」
「いいよ。ワクワクしてきた。手加減は――」
「いりません。全力でお願いします」
「分かった」
なかなかどうして、気持ちが
息を合わせ互いに向き合って構える。
先手必勝、合図無しで先に動く。
実践ならば敵は待ってはくれない。
まずは直線的に向かっていく。新しい武器を見せられた後に愚直に突っ込むのは勇気がいるが、研究した敵の動きを正確に
「ッ……!」
今までなら気圧されて距離を取っていただろう。少なからず成長が見えて、仮面の下で笑みを作る。
胴体に衝撃。撃たれたと気付くのに一秒。流石に小型銃、弾速は早いが威力は高くない。
この程度の威力では敵を止めることは出来な――、
衝撃は二段階。着弾した腹部で爆発があった。いや、爆発と感じただけで実際は違う。
胴体が大きな力で左方向へ流される。
視線を腹部に向けて合点する。詩織が打ち出したのは
どちらかと言えば小型ミサイル。腹部に取りついた超小型の筒から、青白い火花が吹き出している。
――考えたみたいね。
さらに撃ち込まれる弾丸。肩に着弾したそれは、今度は右方向への力を加えて来た。
上半身をねじ切ろうとする逆方向の運動。
これに対して渚が取れる行動は二択。この小型ミサイルを破壊するか、強引に
怪物ならば、どうする?
決まっている。アルカンシエルは自身の体が破壊される事を
出来る限り力強く一歩を踏み出す。猪突猛進。
その行動に詩織が淡く笑った気がした。
よし、冷静に動きを見れてる。
攻撃の為に腕を振り被る。互いの距離は十メートルもない。
エネルギーが切れたのか腹部の衝撃が消える。
弾の大きさを考えれば十分すぎる効果時間だ。
今度は腰に衝撃。だが、続くブーストが来ない。不発?
遂に攻撃圏内まで接近。詩織はまだその場から動かない。
拳を彼女の胸元に向かって振りぬく。手加減はしないが、装甲が一番厚そうな場所を狙った確実な直撃コース。しかし、
「くっ!」
振りぬいた腕の軌道が不自然に右へと流れる。まるで彼女を避けるように。
詩織は最初からそうなる事が分かっていたように、左へと二歩動いた。
それだけで視線を切られる。続いて背中に衝撃。
反動から至近弾と断定。
攻撃が逸れた理由は、先ほど腰に打ち込まれた弾。どうやら時間差で噴射するように設定も出来るらしい。
だが、このまま一回転すれば距離を取っていない詩織に攻撃を仕掛けられる。
左足を軸にして回転して彼女の姿が再び視界の端に、
「がッ……」
背中を特大の衝撃が襲い、堪らず転倒。そのまま地面に縫いとめられる。
急な負荷に視界が白と黒に明滅。
背中に手を伸ばそうとした所で、後頭部に固いものがコツンと押し付けられた。
「チェックメイトです、渚さん」
宣言と同時に背中の衝撃は消えていた。
渚はむせながら両手を使って立ち上がる。
「完敗」
「ありがとうございます。でも、まだまだです」
「面白い銃だね。完全にやられたよ」
「偶々、上手く行っただけです」
「謙遜しなくていい。最後の衝撃はきつかった。あれは――」
「四発、打ち込みました」
「あの一瞬で?」
「はい。手数が大切だなと思って。それに、私は避けるのが苦手だから」
「避けれないなら相手の方を動かせばいい?」
「はい」
「逆転の発想かぁ。しかも、イメージを正確にモノにしてる」
「だけど、課題もあります……」
詩織が明後日の方向に向かって両手の銃のトリガーを八回連続で絞った。
無音で弾丸を吐き出した銃は、打ち終えた瞬間に崩れて砂へと変わる。
「今は一丁で十四発が限界なんです。この前みたいな量を相手にするなら、もっと鍛錬して弾数を増やさないと」
「威力は――」
聞こうとしたタイミングで、彼女が無駄打ちした方角からけたたましい爆音。
遅れて来た風圧にたたらを踏む。
「二十発でこのくらいです」
「……爆破も出来るなんて」
「本来の使い方はこっちです。一撃で倒せるように調整はしてるんですけど」
「なら、さっきはどうして?」
「だって奇襲で接近された時の練習ですよね?」
聞くだけ野暮な質問だったと反省する。
「この短時間でこれだけ多様性のある武器を生成出来るのは凄い事だよ。私も練習してるけど、やっぱりハンマーじゃないと威力が大きく落ちるから」
おそらく、それが彼女の才能。遠距離武器という縛りがあるものの、今回のように幾らでも状況に応じて武器の形状を変えられるのは大きな強みだ。
多種多様な魔法を操っていた青の聖女に匹敵するかもしれない。
――ティナ。彼女が生きていれば詩織を見て何と言っただろう。
「……渚さん?」
「ああごめん。少し考え事してた。練習、続けようか?」
「はい。宜しくお願いします!」
その日の訓練は、互いの魔法が限界を迎えるまで続いた。
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