第33話 遠距離vs近距離

「動きながらの射撃も正確。威力も申し分ない」

「ありがとうございます」


 なぎさ詩織しおりは旧訓練所の壁際に並んで立ち、対面の壁際で真芯を打ち抜かれた的を眺めていた。

 先日の一件で遠距離専用の訓練所は壊滅的なダメージを受けたので使用不能だ。


「武器の形状変化も出来るんだっけ?」

「はい」


 詩織は腰の携帯ホルダーに手をあてる。


「最初の型は遠距離なんですけど」


 銀糸が銃の姿となり、続いて砲身が縮んで銃口が広がった。全体的に太めの形状。

 グレネードランチャーに近いだろうか。


「これで中距離用です。マトが無いので適当に打ちますね」


 一発目は、銃口の大きさ通りの太い直線のレーザーが打ち出された。


「次は拡散」


 カチリ、と銃口の内部で何かが切り替わった。

 同じトリガー操作にも拘らず、発射されたのは八分割された拡散弾。一発目は花のように広がり、二発目は一度膨らんだ後、任意の一点めがけて収束した。

 次の形状は、屋上でも使ったハンドスピーカー型。

 攻撃よりも敵の接近を阻む防御寄りの技だ。


「遠距離にはもったいないくらい多芸。これなら小型でも柔軟に対応出来ると思う」

「そう言って貰えると嬉しいです」


 気まずい沈黙。


「渚さん、腕輪の有効範囲は幾つでしたっけ?」

「局長の話だと安定するのは八十メートル以内だったかな。訓練場の端と端に立つと範囲から外れるかもね」

「よかった、意外と広くて。お手合わせ、お願いできますか?」

「へ?」


 聞き間違いかと見下ろすと、真剣な眼差しがそこにあった。


「いやいや、無理に不得意な間合いで戦わなくても」

「これからは敵も小型が主流になってくるかもしれないんですよね。それなら近距離で戦えるようにならないと。渚さんは腕を怪我してるから、丁度いいハンデだと思いませんか?」

「確かにそうかもしれないけど、変に近距離の戦いなんて覚えたらどっちも中途半端になっちゃうかもしれない」


 最悪、彼女の成長を止めてしまうかもしれない。


「もしそうなったら、その程度の魔法少女だった、って事です」

「そう言われても」

「憧れの相手と戦いたい。その理由だと不足ですか?」

「不足ではないけど」

「なら決まりですね」


 返答も待たず、詩織が中央の方へと歩き出す。


 ――何事も経験、かな。


 実際、渚が学ぶべき事も数多くある。小型との戦いで見えて来た弱点。


「やるからには手加減出来ないから。怪我させたらごめん」

「優しいですね。でも、私の方が怪我させちゃうかもですよ?」

「その自信、いいね」


 腰を低く、慣れない左手で胸の星形ボタンに触れる。

 大きさ、手触り良し。武器の形成は問題ない。


「ちょっとウォーミングアップするから待ってくれるかな」


 ハンマーを指先でバトンのように操り、数度回転、今度は体を入れての曲芸的な回転。


「ふぅ、意外と思い通りに動かせる」

「お見事です。本当に凄い」

「武器を回すぐらいなら、練習すれば誰にだって出来るって」

「誰にでも、ですか」


 互いの距離は余裕を見て五十メートル。

 有効範囲の関係上仕方がないが、詩織にとっては非常に不利な間合い。


「開始前に近距離に変化させておいていいよ」

「大丈夫です。実践に近い形でやりたいので」


 渚が侮られている、という訳ではなさそうだ。彼女の瞳は真剣そのもの。

 どんな茨道でも超えて見せるという気概。

 彼女が背負っている重荷を渚は知っている。

 手を抜くわけにはいかない。それは彼女への侮辱になる。


「3、2、1、ゴー」


 合図と同時に、渚は一直線に突進。

 兎に角、接近戦に持ち込むことが第一条件。

 対する詩織銃を中距離に変化させて即時に射出。

 眩い閃光の拡散弾が渚の行く手を阻む。


「ふんっ」


 それをハンマーの一振りで千切り飛ばし、さらに加速。

 二人の距離は縮まる、……どころか離れていた。


「なるほど、反動か」


 詩織は自分の砲撃反動を逆推進剤として、渚から距離を取っていた。

 攻防一体の良い技だが、感心しているだけでは一方的にやられるばかりだ。


「なら、それ以上の速さで」


 幸い、詩織の中距離攻撃は威力が高くない。ハンマーで十分受け切れる。

 となれば、正々堂々正面突破で追いかけっこだ。

 詩織の表情が曇る。流石に延々と正面突破される事は想定していなかったという表情だ。

 訓練場は広いが、直線的に逃げているだけではいつか壁に追い詰められる。

 相手が回避行動を取れば、その隙に方向転換も可能だが、


「これならっ」


 詩織は三度目の攻撃で現状維持は失敗だと悟り、武器の形状をより接近仕様に変化させる。

 だが、その隙を見逃す渚ではない。

 一際強く地面を蹴り、体を地面と平行になるよう傾けながら、ハンマーを地面に浅く叩きつける。

 地響きと同時に体が弾丸のように加速。

 二十メートル強の間合いが一秒弱で縮まる。

 驚愕に見開かれた詩織の瞳に、ハンマーを振り被った渚自身の姿が大きく映り込む。

 加減に加減を加えて撫でるように降りぬいた一撃。

 彼女が選ぶ次の一手は回避か、防御か。

 回避なら追い縋るだけ。防御なら逃げる隙を与えない接近攻撃。


「きゃっ……」


 しかし、渚は読み間違えた。

 詩織はガードではなく子供のように恐怖で頭を抱えてうずくまってしまったのだ。


 ――クソッ。


 防具の一番固い部分、武器ホルダーを狙ったはずの一撃が頭部直撃コースに入り、強引に体を捻る事で軌道を斜め上へと逸らす。

 頭部打撃ギリギリ上を掠める特大空振りホームラン。

 有り余る反動で体勢が捻じれ、咄嗟に地面に手を――、


「あ、腕怪我してたんだった」


 腕を庇った為に顔面から地面にダイブ。

 そこから四メートルバウンドして地面を無様に転がるも、すぐさま跳ね起きて戦闘態勢に戻る。

 頬が猛烈に熱いが、追撃には反応できる。


「大丈夫ですか!?」

「へっ?」


 てっきり砲撃が飛んでくると思っていたのだが、代わりに飛んできたのは気遣いの言葉だった。

 詩織は完全に戦闘態勢を解いている。


「いや、大丈夫だけど」

「大丈夫って、血だらけですよ!?」

「確かにそうだけど、実践じゃそんな事言ってられないし」


 燐火が相手ならば、完全に続行の流れだった。

 違うと分かっていても、調子を狂わされる。


「それにさっきの、何?」

「それは」

「詩織ちゃん、怖いのは仕方ない。だけど、目をつぶるのは戦いを放棄したのと同じ事だよ」

「私そんなつもりは……、体が勝手に」

「なら克服しよう。簡単じゃないかもしれないけど」


 もう一回、戦えるかと詩織に問う。


「はい、勿論です。すみません、止めてしまって」


 心意気は悪くない。

 後は、実力を付けさえすれば――、


「それじゃ再開するよ。3、2,1」

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