第32話 大人の戦い方

「回収できた銀粉は敵の推定保有量の四パーセントに留まっています」

「一般的な撃破認定のガイドラインは使い物にならないわね。湾内の汚染状況は?」

「最悪の数値です」


 一連の騒動の報告を受けていた相模麻耶さがみ まやは、「そうでしょうね」と肩を落とす。

 その拍子に肩に羽織ったコートがずり落ち、素早く左手で羽織り直した。


「解除のタイミングは上の偉い人たちに任せましょ」

「いいんですか? 何かあって叩かれるのは我々かと」

「結果が同じなら仕事を減らす方向で。それで、他に報告は?」

「今回の件について、各国から新種の小型についての詳細データを求める声が」

「ふぅん。少しは危機感を持ったって事ね」


 南極の奪還に消極的な国々も、自国を守るとなれば話は別。

 新型の敵の襲来の可能性については常日頃から強く説明してきたのだが、殆どの国が聴く耳を持たなかった。


「これがきっかけになればいいんだけど。上手く交渉材料として使いましょう」

「了解しました。それに絡む事で一つ」

「私が動かなきゃ纏まらない案件?」


 麻耶の激務を知る秘書が、申し訳なさそうに頷く。


「英国の研究機関から二名、相模局長に直接アポイントが」

「このタイミングで? 一体誰?」

「それが――」



 ◆◆◆



 東京新国際空港。羽田空港全壊により、内陸に作られた新しい空港だ。

 ターミナルの規模は十分の一。一日のフライト数は十分の一以下まで落ち込んでいる。

 日本時間九時十七分。臨時便で降り立ったのは、長身の二人組だった。

「局長自らお出迎えとは思わなかった」

「お久しぶりですね。ミスター・グローリー、ミスター・ルニャフ」


 一人は二十八歳、白色の肌にブロンドの髪が眩しい紳士、グローリー・モルガナ。


「よっぽど歓迎されてるのかな?」


 同じく二十八歳で褐色の肌に凛々しい顔立ちのルニャフ・ルドア・ルッツが笑顔を浮かべる。


「直接会うのは一緒に戦った時以来ですね。再会できて光栄です」

「随分と立派になっていて驚いたよ。麗しい君を見れただけでも来た甲斐があった」

「ああ。途中まで船で来たのに、引き返して結局飛行機。本当に疲れたよ」

「お疲れ様です。体調がすぐれないようなら、今日はホテルで休みますか?」

「大丈夫。早くデータを見たいし。現役時代からそうだけど、貴方の活躍は目を見張るものばかりだ」

「私よりも、お二人の方が人の役に立ってますよ。今の私にあるのは胸の重たいバッジだけです」

麻耶マヤ謙遜けんそんは不要だ。例の新技術のテストは上々だと聞いているよ。研究者として先を越された気分」


 旧友としての挨拶はそこそこに、話が本題へと向かい始める。


「技術的には貴方達の方がもっと高度な研究をしていますから」

「その研究も結果を出さなければ意味がない。実践投入までのフットワークの軽さは日本に大きく負けている。悔しいね、本当に」


 グローリー達は魔法師引退後、英国のアルカンシエル研究機関で働いていた。

 各国の防衛軍に配備されている減衰弾げんすいだんの原型を作ったのが、この機関である。

 三人は握手を交わして、空港の外につけていた送迎車に乗り込んだ。


「正直、意外です。データだけなら、サーバー経由で送れるのに」

「外部に漏れると困る情報だってある。それに、あの赤い英雄の復活をこの目で是非とも見たかった」

「幻滅するかもしれませんよ」

「流石に全盛期を期待するほど野暮じゃない。……で、これが新型のデータか」


 グローリーが麻耶から受け取ったチップをノートパソコンに差し込む。

 ルニャフも右に倣えと、自身の端末を開いた。

 映し出されたのは、人型を模した最新型のアルカンシエルのデータだ。


「ふぅん……」

「どう思われます?」

「予想してたより早い、かな。麻耶の読み通り、魔法師の撃破に重点を置いた形態に思える。ルニャフはどう思う?」

「同意見だ」

「こちらの攻撃を最大限に減衰させる鎧や盾、体格は同等かやや大きい。この単眼の仕様なら人型の必要は薄いけれど、あえて模倣もほうしているのかな?」

「相手に威圧を与える為、あるいは私達を研究して次の進化を促す為か」


 真剣な表情で考察を続ける二人に、麻耶はあえて口を挟まなかった。


「嫌な推測だけれど、奴らは戦闘データを取っている可能性がある」

「もしそうなら、蓄積したデータを蓄えて送信する個体が必要だ。待てよ、どれか一体が生き残れば、それを媒体として全データを譲渡できるな」

「全滅させないと次に情報が蓄積され強化の隙を与えてしまう。予想が外れてる事を願うばかりだが」


 麻耶も静かに頷く。


「どうやら同じ推測には至ってたみたいだね。それで今回の個体は?」

「現状では何とも」

「あれだけの数だと、銀粉の回収率で確認するのは無理だろうね」


 グローリーはこれ以上の推論すいろんは意味がないと、パソコンのタブを切り替えた。


「いいデータをありがとう。今度は私達がお返しする番だね」


 差し出された一枚のチップを麻耶は受け取り、自身のパソコンに接続する。


「敵の変化は見た目や行動だけじゃない。中々面白いものを送り込んできてる」


 展開したデータのトップにあった画像は、ラグビーボールに似た形状でガラス試験管の様な装置だった。

 それが装置と分かる理由は、中央で青白く光り輝くピンポン玉のような物体と、網の目のように外面を這い回っている銀色の基盤の様な物体のおかげだ。


「『未確認転移装置みかくにんてんいそうち』……信じたくないですが、ワープゲートですか?」


 その通りだと頷く二人に、麻耶はしばし言葉を失った。


「この小型端末が最初に見つかったのは去年の十一月。ゲートと言っても、単独で敵主力を転送してくる能力は無い。どちらかと言えば、マーカーの様な存在だね」

「この機械を転移座標として敵が転送されてくる、と私達は考えてる」

「一体、どの規模の?」

「確認できているのは中型まで。出現の直前、この装置が激しい輝きを放ち、エネルギーが放出されているのを二度確認している」


 添付の画像データの中には、その瞬間をとらえたであろう物もあった。


「早い段階でこれを回収できてよかった。この構造と仕組みを解き明かす事が出来れば、敵の出現予測の精度は格段に上がる。それどころか逆に私達が利用することが出来るかもしれない」

「……それってまさか」

「ああ。難攻不落の南極点要塞を内側から叩き潰すパスポートだ」


 人類の悲願。


 五年前に世界規模で遂行された第二次北極、南極奪還作戦。

 北極奪還という偉業の裏に、南極の大敗北という裏の爪痕が深く刻まれている。

 多くの人々が知らない、知っていても目を背けている事実。

 侵攻を仕掛けたあの日、敵は北極が劣勢となるや、即座にワープゲート使用して主力の一部を南極に転移させた。

 敵は北極のゲートを放棄したのだ。

 結果、南極の敵拠点ゲートの損害は軽微。更に得体の知れない超大型四体によって今も守られている。

 現在は周囲二キロをすっぽりと覆う巨大な繭に似たドームの出現で内部の状況は確認できず、外側だけでも以前の三倍以上の戦力が散開している。

 ドームの厚みは推定六百ミリ。渚クラスの一撃でもぶち抜けるかどうか怪しい。

 それを、内側から叩けるのだとしたら。


「本当なら、凄い」

「結論を出す為にはデータをもっと集めないと。流石に貴重品を解体するわけにはいかない。今の所はたった一つしかないサンプルだから」

「あと何度の出現でモノに出来ます?」


 麻耶の期待に反して、さっぱり見当もつかないとグローリーが肩を落とす。


「少なくとも一、二回では無理だ。敵に悟られないように管理するのも難しい」


 データの中には、ゲート発生装置を中心とした広い空間が映し出されている。

 客席の無い野球ドームのようだ。


「地下百五十メートル、不活性銀糸で満たした特注の檻。出現したアルカンシエルは身動き一つとれない。昔の核実験場を再利用してる。強度は折り紙付きだ」

「蟻地獄みたいですね。ですが少し心もとない気がします」

「常に殲滅メンバーが三人体制で出現時の対処に当たっている。万が一の時は、手元の起爆スイッチで発生装置はおろか施設ごと敵を破壊できる」

「出来ると、やれるは違いますよ?」


 莫大な費用が掛かっている施設を、現場判断で爆破できるかどうかは怪しい。


「最前線の意見は手厳しいな。二重三重に対策はしているよ。それで、麻耶に協力して貰いたい事が――」

「転移装置を発見した場合、貴方に渡せばいいんでしょう?」

「流石。話が早い」


 上機嫌で指を鳴らすグローリー。


「相応の対価は頂きますから」

「ええっ!? これだけ情報を横流ししているのに?」

「共有でしょう」

「そんな怖い顔しないでくれるかな、冗談だよ冗談」


 笑顔の中に、芯のある瞳。それだけで彼らは裏切らないと麻耶は確信する。

 すべては南極を奪還し、人類に真の平穏をもたらす為。

 その理念は変わらず一致している。


「次は私が話をする番だ」


 グローリーの話は前座でしかないと言わんばかりの表情で、ルニャフが新たなデータを麻耶に手渡す。


「……これって」


 果たして、それは麻耶を更に驚愕きょうがくさせる情報だった。

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