第31話 仮のパートナー

 一紀いつきが候補の一人。思い返してみれば、今までの流れの全ての事に合点がいった。

 逆に、どうして気付かなかったのかとさえ思う。

 何の理由もなく、あの子が同じチームに入れられる筈がないのに。


「私なんかで、ごめんなさい」


 麻耶まやが退室した後、残された詩織しおり項垂うなだれる。


「謝らないで。さっきは、ちょっと周りが見えなくなってた」

なぎささんのいう事は正しいです。私だって分かってます」


 初めて会った時の、高圧的で自信に満ち溢れた姿はそこにはない。

 初陣での大失敗と、今作戦時に何も出来なかったという虚無感は彼女の自信を完全に奪っていた。

 そんな最悪のタイミングで持ち上がった渚とのチーム結成。

 彼女からすれば『君には電池の価値しかない』と宣告されたのと同じ。


「私が言うのも変だけど燐火りんかが起きるまでの辛抱だから。今回の戦いで十分結果を出したし、詩織ちゃんにも遠距離が得意なパートナーが選ばれるよ。だから少しの間だけ、申し訳ないけど一緒に戦って。練習の邪魔とか、しないから」


 詩織はうつむき加減に強く首を振る。


「謝るのは私の方です。ごめんなさい。それと、ありがとうございます」

「ありがとう?」

「まだあの時のお礼、出来てなかったから。屋上で……」


 言われるまで、すっかり忘れていた。

 あの後すぐに東京湾内での作戦だったので、その件について話をする暇はなかったし、彼女には嫌われていると思っていたので黙っていた。


「気にしなくていいよ。結局、詩織ちゃんの力でほとんどのアルカンシエルは倒したんだし。私と燐火は時間稼ぎしか出来なかったからさ。格好悪いよね本当に」

「そんな事ないです! わっ、私、夢子さんのファンでした。とっても嬉しかったです」


 意外なカミングアウトだった。

 てっきり、己の実力分以外には興味が無いタイプだと思っていたのに。


「そう……だったんだ?」

「私もいつか、皆に尊敬される魔法少女になりたいと思って。両親には反対されたんですけど、絶対になってやるって」

「もしかして、成績に拘ってるのはそういう事?」


 コクリと小さな後頭部が沈む。そして、うつむいたまま言葉を紡ぐ。


「お父さんとお母さんは、危険だからとか、そんな一瞬の為に人生を棒に振るのか、って」


 慰めの言葉一つでもかけてやりたい所だが、正論でもあるので迂闊うかつにフォローできない。

 確かに、適性を失った後に残るのは、討伐状況に応じた名声とささやかな粗品、国防関係の仕事に従事する優先切符のみ。

 花の青春時代と自らの命を懸けた先に得る対価がこれでは勝ち組とは言い難い。

 渚に至っては経歴のほぼ全てが詐称、名声も何もない状態で世間という現実に戻されたので、生活が軌道に乗るまでの三カ月は地獄を味わったのを覚えている。


「えっと」

「両親が間違った事を言ってないのは分かってます。だけど、私はどうしても魔法少女になりたかった。それが間違ってなかった、って見返したいんです。見返したかった」


 なるほど、麻耶が後継者として育てようというのも頷ける。


「出来るよ。浜野さんなら」

「本当に、そう思いますか?」

「思う。嘘はつかない」


 詩織を見ていると、北極で共に戦ったティナ・ミュロート・ガネットの事を思い出す。

 戦闘服のカラー以外に、目立った共通点は無い筈なのに。


「あのっ、どうやったら私はもっと強くなれますか?」

「強くなるのに近道は無いよ。天才だって努力はする。努力するのも才能。あらゆる状況で慌てず対応できるだけの知識と閃き、決断力。それを日ごろから鍛えるの。それこそ、逃げ出したくなるくらい疲れる作業だけどね」


 咄嗟とっさの判断が出来るかどうかで、討伐成績は元より生還率はぐっと上昇する。


「絶対、身に付けて見せます」

「焦っちゃだめだよ。周りと自分を比べ過ぎるのも」


 すがるような瞳が、渚を真っすぐに射貫く。

 今彼女に必要なのは現実を突きつける事ではない。


「明日から訓練に立ち会うよ。何かアドバイスできるかもしれない。逆に詩織ちゃんは私の練習を見て、使えそうな部分を盗めばいい。盗むものがあればいいんだけど」

「分かりました。宜しくお願いします」


 渚は何となく、麻耶の思惑を察知する。

 二度の失敗で自信を無くした彼女は、当面一人では戦えない。

 迷いや不安を抱えた状況では訓練にも身が入らないばかりか怪我をする可能性もある。

 当然、実践は論外。

 今の彼女に必要なのは自信を取り戻す為のリハビリ。

 肉体面のリハビリが必要な渚と、お似合いのコンビかもしれない。


「それじゃ、明日からよろしく」


 ゆっくり骨を休める時間は無さそうだ。



   ◆◆◆



 午後十一時二十三分。東京湾北西。東京と神奈川の境界付近。

 大型のアルカンシエル爆発の影響で、各所に銀粉が漂着しはじめた事で海辺は白銀色にキラキラと輝いていた。

 二十年前は一日に数十以上の巨大船舶が停泊する港群であったが、度重なるアルカンシエルの蹂躙により一帯が瓦礫の浜と化している。

 昨日より周辺住民は昼夜を問わず浜や防波堤に近寄ることが禁止され、各所が機動隊、自衛隊によって封鎖されている。

 湾内の大物は渚が力任せに粉砕したが、小型が漂着する可能性がある。

 皆、怪物の脅威をよく知っているが故にこの程度の封鎖に苦言を呈するものは少ない。

 東京湾は驚くほどの静けさに包まれている。


「足元に気を付けろ。怪我したら洒落にならんぞ」


 そんな浜に潜り込んだ人影が三つ。

 封鎖されたところで、地形を知り尽くした地元住民ならば瓦礫の影をって侵入するのは容易だ。

 地元に住む、定年を迎えた七十歳代の老人だった。


「これは結構な金になる」

「間違いない」


 彼らの狙いは漂着する銀粉だ。

 一般人が銀粉を手に入れる為には、怪獣出現地点に車を飛ばし、特防ではなく民間の討伐者が雑な戦いでまき散らす少量のおこぼれを掠め捕るしかない。

 それが今、浜に出るだけで楽々大量に回収できるのだ。


「しかし、こんなに不気味になるもんかね」

「滑って海に落ちるんじゃねえぞ。もう三センチぐらいの厚みで積もってるな。上の方だけさらえばだ」

「海から化け物が来るなんてことは無いよな?」

「ねえよ。銀粉の回収が間に合わない政府が嘘言って封鎖してるだけだ。俺の情報網だと、千葉のほうから回収してるらしい。この辺も明日の朝には軒並み持って行かれちまう」


 厚いビニール製の袋を広げ、平たいスコップで銀粉を浚う。

 極上の宝を前にして、しかし老人たちの表情は暗く、時折海の方へと向けられる。


「こんな状態じゃ、当面漁は無理だ。あいつの小せがれもついに廃業かもしれねえな」


 浜の至る所に、銀粉まみれの魚の死体が転がっている。

 東京湾内の大爆発と、まき散らされた大量の銀粉は生態系を著しく傷つけた。


「早く化け物のいない世の中になんねえかな」


 およそ三十分、周囲を浚って回収した銀粉は四袋。

 それなりの筋で換金すれば一袋でも十五万は固い。

 そろそろ引き上げるかと周囲を見回した三人は、突如海から浜辺に這い上がって来た影にびくりと体を硬直させた。


「……ありゃ、亀か?」

「ウミガメ、だな」


 アルカンシエルに見間違ったのも無理はない。

 その全身は銀粉にまみれており、生きているのが不思議なくらいだった。


「なぁ、ウミガメは結構な値段――」

「やめとけ。運ぶ余裕はねえ。それに罰が当たりそうだ」


 三人がウミガメに向かって両手を合わせた瞬間、亀の背中にこびり付いた銀糸が針のように伸びて三人の頭部を貫き、素早く海に引き摺り込んだ。


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