第28話 急場しのぎ

「で、この特別編成って事ね」


 部屋には渚を含めて四人が集められ、前方モニター越しに麻耶まやから作戦内容を聞いていた。

 この放送は四人の他、作戦に参加する全ての魔法師、魔法少女の元へ中継されている。

 初の水中戦闘。不安を抱えているのはどのチームも同じだろう。

 限られた戦力で、最大限の効果を得られる人選。

 必然的に日本各地の防衛に携わる者達にも召集が掛かっている。

 悠長に全員が揃うのを待って作戦会議をしている暇はない。


『参加チームは八組。其々が別々の方向から敵に接近。無力化、もしくは撃破出来れば作戦は成功です』


 モニター越しの麻耶の表情には明らかな疲れが見える。

 しかし、声は凛として聞き取りやすい。


『まずは敵に刺激を与えないよう、無人機に搭乗。超低空飛行で目標の沈没地点から三キロ地点まで移動します。装備はドロップ地点の百メートル手前で展開する事。目標地点到達後、速やかに着水。海底まで一直線に沈み、十分以内に敵の足元まで到達。そして、指定時刻に一斉に対象への攻撃を敢行、瞬時に爆発に必要なエネルギーを枯渇させて無力化します』

「考えうる限り最善、だけど最低の作戦ね」


 いや、作戦と呼ぶ事さえ怪しい代物だ。

 特防の用意する潜水装備の品質と安全面は確かだろうが、潜る人間はプロではない。

 銀糸によってあらゆる面が強化されていたとしても。


「……全滅もあり得ますね」


 虚ろな表情の浜野詩織はまの しおり自嘲的じちょうてきつぶやく。

 意外な事に彼女はなぎさのチームに編成されていた。

 前回の失態で本来ならば拘留される身の上だが、今の特防に彼女を遊ばせておく余裕はないらしい。


「うーん、ちょっと怖いねぇ」


 同意、なのだろうか。間延びした相槌を打ったのは渚の命の恩人、矢所一紀やどころ いつきだった。

 渚は改めて年下の皆を見回す。

 燐火りんか詩織しおり一紀いつき

 良く言えば同じクラスのメンバーを固めたチームワーク重視の構成だが、悪く言えば実践経験はおろか訓練不足も甚だしい初心者部隊だ。


「それじゃ、分担の確認からしようか」


 渚は重苦しい空気を断ち切るように手を叩き、皆の視線を集める。


「まず、敵への接近で最も重要なのがルート。作戦決行は夜。敵に察知される恐れのあるライトやソナーの類は使えない。視界最悪の状態で迷わず敵まで辿り着くには――」

「僕の力の出番、って事だよね?」

「そう。一紀は予知に似た力が使えるんだよね?」

「うん。上手く気付かれずに敵の近くまで行く自信だけはあるよ」

「出来れば攻撃にも参加してほしいけどね。次に、それを補う目と防御を担当するのが燐火と詩織」

「はい」

「……はい」

「燐火は状況に応じた柔軟な対応が出来る。反面、今回は戦闘で活躍の場面は少ないと思う。作戦の失敗を感じたら第一に離脱ルートを確保して」

「わかった。頑張る」

「次に詩織は索敵が出来るって聞いたんだけど」

「はい、可能です。ソナーとは原理が違うので、相手に察知もされないと思います」


 伏し目気味に、「その程度しか出来ないですけど」と己を卑下ひげする詩織。

 前回の失敗がかなり大きな尾を引いているのは明らか。

 この落ち込みようは当然と言えば当然なのだが、今から命を懸けた作戦に臨むにあたってその精神状況はいただけない。


「拡散弾は水中でも有効らしいから、作戦失敗の際は私達の生命線になる。浜野さんにしか出来ない重要な役割だよ」


 更に重荷に感じてしまうだろうか。

 不安とは裏腹に、詩織は「頑張ります」と力強く頷いて見せた。


「肝心の敵に対する攻撃は自分、効果が薄かった場合の追撃は一紀が担当。先に謝っておくけど、私は繊細な索敵や防御はまるっきり出来ない。敵の傍に近寄るまではおんぶに抱っこのお荷物。その代わりに大型のアルカンシエルに対する攻撃、特大の一撃には少し自信があるから」


 無言で頷く三人。

 一紀は渚の正体を知らない筈なので、説明を素直に信じたのだろう。

 その一紀が手をあげる。


「僕の一撃はそんなに強くないからぁ、大型だと外皮で止められちゃうと思う」

「分かった。となると攻撃は私一人ね。責任重大だ」


 攻撃が届きませんでした、では済まされない。


「お姉ちゃんならできるよ」

「ありがとう、燐火」


 役割分担を明確にしてみると意外とバランスの良い構成――な訳がないよねと、渚は心の中で毒づく。

 この班構成には、作戦遂行上で必要無いメンバーが混じっている。

 何を隠そうパートナーである燐火だ。

 今回の彼女の役割は渚へのエネルギー供給。

 他に方法が無いとはいえ、こうも早く燐火を電池のように使う局面が来るとは。

 局長、麻耶にとってはこの作戦が成功すれば計画の進展が見込める絶好の機会だ。

 他のメンバーが手出しできない状況で、渚がおいしい所を持って行くのだから。

 この一回を凌ぐだけ。こんな戦い方は一回だけだと自分の心に強く言い聞かせる。


「お姉ちゃん、元気出して?」


 燐火が心配そうに顔を覗き込んできていた。

 どうやら渚が緊張していると勘違いしたようだ。

 こんなにも彼女は真っすぐで優しい。

 だから後ろめたくて直視できない。


「及ばずながら、私達も全力でサポートします」

「そうそぅー、何とかなるよ、多分」


 自然と皆で輪になり、中心で右手を重ねて行く。


「そうだね。必ず皆で成功させよう。帰ってきたら、美味しいモノでも食べよっか。私の奢りで」

「はい」

「やったー」

「おー、やる気が出て来たかもー」


 突発的な思い付きの円陣だったが、全員の気持ちが一つになったような気がした。

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