第25話 撤退と袋の鼠
「意外と頑丈」
崩落に飲まれながら冷静にそう分析していた。
今の一撃で屋上階を丸ごと崩すつもりだったのだが、建物にも不活性銀糸が練りこまれていたらしい。
崩落に巻き込まれていた敵をハンマーで弾き飛ばしながら下の階に着地。
ワンテンポ遅れて
彼女も着地までに四体の敵を切り刻んでいた。
「ナイス、燐花」
「幾らなんでも無茶苦茶だよ!」
「でも逃げ道は出来たでしょ。行くよ」
言葉を交わしながらも、避難路に向かって走り出す。
ハンマーは先の一撃で潰れてしまったので、これが最後の一本だ。
「どうするの。このまま逃げても防壁を破られちゃうよ!」
燐花の言う通り、天井に空けた穴から次々と敵が降り注ぎ、
いくら特防とはいえ、これだけの小型が湧くことは想定していない。
下手に奴らを呼び込めばシェルター内は地獄絵図と化すだろう。
「まるでゾンビ映画みたいだね。それで私達はどうすればいいんでしょう、
『迎撃は出来ないの?』
「できれば逃げてない、って。生憎、武器のストックは今持ってる一本きり。燐花は――」
「あと二本だよ」
『最悪ね。どうにか時間を稼いで』
「時間を稼ぐって、真っ向から当たれる相手じゃないし」
もはや逃げ回る以外に手はないかと思われたその時、予想外の所から声が上がる。
「私に、考えが……あります」
渚に抱えられた
「下の階の訓練所に」
「そこなら安全なの?」
「ダメだよ、すぐに突破されちゃうと思う」
詩織は燐花の言う通りだと頷いたが、「でも」と強い眼差しで見詰め返してくる。
どうやら、策があるらしい。
「……ほかに方法は無いし。ダメ元で行ってみますか」
「わかった。私も詩織ちゃんを信じる」
決断と同時に右へ七十度方向変換して非常階段へ。
「そういう訳だから、出来る限り早く応援を」
『わかってる。絶対に死ぬんじゃないわよ!』
階段の折り返しまで全段飛ばしで跳躍し、奥の壁を蹴って百八十度方向転換。
およそ五秒で下の階に到達する。
「燐花ちゃん、どっち?」
「こっちだよ。ついてきて!」
燐花に先導される形で施設の奥へ。
振り返らずとも、あらゆる障害をなぎ倒し、
訓練施設の特に訓練室は特に頑丈に作られている。
特殊な作りゆえに、非常口の類はない。
自ら袋小路に追い詰められる格好だ。
「早く、もうすぐ後ろまで来てるっ!」
先に入口まで辿り着いた燐花が重厚な扉に手をかけ、渚が滑り込んで来るタイミングを今か今かと待ち構えている。
「燐花、今っ!」
最後の力を振り絞り、スライディングで扉の中に飛び込んだ。
絶妙なタイミングで燐花が扉を閉めるのと同時に、爆発が起きたのかと疑うほどの凄まじい衝撃が加わり、十数センチはある扉が目に見えて内向きに撓んだ。
「流石、
何とか最初の一撃には耐えたが、すぐさま敵の連打が始まる。
「……いや、一分かな?」
「早く、制御盤の方へ!」
詩織に急かされ、妙に大きな機械の前に走る。
「これをどうするの?」
「私が。もう動けます」
痺れから回復した詩織が手を伸ばして制御盤を操作する。
回復したといっても、まだその手は微かに震えていた。
操作が完了すると、訓練所の最奥の区画にアルカンシエルのホログラムが立ち上がった。
偽物と分かっていても、この
「早く、あそこまで走って下さい!」
「わかった」
最奥までは二百メートル強。
意味も分からないまま走り出すが、半分ほど過ぎた辺りでようやく詩織の狙いに気付く。
アルカンシエルのホログラムは、奥の壁いっぱいを埋める巨大なタイプに設定されていた。
それも奥の壁に投影されているのではなく、より立体的な空間投影法で壁の手前に立ち上がっている。
その立体映像にダイブすると、渚達の姿は完全に飲み込まれて見えなくなった。
「……後は、これで敵の目が
体を地面に
間もなく扉が完全に破壊され、敵がわらわらと雪崩れ込んで来る。
壮絶な光景だが、ホログラム内部にいる渚達には薄っすらとしかその光景を視認できなかった。
敵が見た目通り頭部の巨大な単眼で物を識別しているのなら、渚達を見つけるのは困難なはず。
逆に、大型や中型のように外部刺激や空気の振動等、多種多様な方法による感知に頼っているとすれば敵に丸見えだ。
敵が次々と雪崩込み、部屋をじわりじわりと埋めていく。
渚達との距離、およそ百五十メートル。
そもそも、ここは閉鎖空間なので相手が諦める以外に
地下に敵を呼び込むよりかは数段マシな選択だが、状況を受け入れられるかは別。
敵の歩みは止まらない。残りは、およそ百メートル。
――やっぱり、効かない?
諦めかけたその時だった。
「あっ、動きが止まった」
成功、というべきだろうか。
此方へと向かってきていた敵の脚がピタリと止まる。それも一斉に。
「いい。そのまま、そのまま」
全ての目玉が、巨大なホログラムを見上げている。
何を考えているのかはわからない。そもそも、思考しているのかさえも。
ホログラムを異物と認識しているのか、はたまた仲間の姿だと理解しているのか。
警戒しているのか、混乱しているのか。
ただ沈黙だけがそこにあり、渚達はその後に起こるアクションが撤退であることを祈ることしか出来ない。
時間にして十八秒の沈黙は渚達にとって永遠にも感じられた。
そして敵の次なる行動は――、
「やっぱり来るよね」
前進だった。
当然といえば当然。
まだ此方には気づいていないようだが、着実に押し寄せて来る。
まるで此方の状況を知っていて、じわりじわりと精神的に追い詰めようとしているように感じられた。
退路は無く援軍も望めない。腹を括るしかない。
決心して立ち上がろうとしたその時、詩織に服の裾を掴まれた。
「お願い、私に力を貸してください。もう、この状態じゃ一人で撃てないから」
詩織はいつの間にか、最後のホルダーから銃を生成して構えの準備を終えていた。
――本当の狙いはこれだったのね。
合点するも、彼女は上半身の防御衣装を消失している。
この状態で武器を使えば、代償として腕が吹き飛ぶ事になるだろう。
「……わかった。どうすればいい?」
「燐花、も手伝ってくれる?」
「うん。勿論」
敵との距離、七十メートル。
詩織に指示される通りの配置につく。
詩織の姿勢は、地面に寝そべり、前方に銃を構えたオーソドックスな狙撃の姿勢。
ただ、彼女が触れているのは銃のトリガーだけ。
銃身は左右に分かれて伏せている渚と燐花で固定していた。
「任せたよ」
衝撃が絶対に詩織へ伝わらないようしっかりと握り、全神経を彼女の指先へと集中する。
残り、五十メートル。
「行きますっ!」
彼女が合図を出すよりもわずかに早く、敵が此方を視認。
怒涛の加速で間合いを一気に十五メートルラインまで縮める。
しかし、進撃はそこまで。
圧倒的な質量の光が銃口から放たれて拡散し、部屋全体を面で貫いた。
敵を纏めて一掃するほどの強力な一撃。
何とか射出の衝撃を殺し切った渚達だったが、部屋の奥まで到達した反射の爆風までは耐え切れずに後方へと吹き飛ぶ。
間一髪、渚は空中で瓦礫と敵の残骸を蹴って詩織の体を抱き込んだが、そのまま壁に背中を強く打ち付けた。
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