第24話 ヒーローは遅れてやって来る

 錯覚でも、割れて崩れたのでも……ない。


「嘘、でしょ?」


 飛散した殻の内側。そこには、虹色に光るどろりとした塊がこびり付いていた。

 身動きの取れない詩織しおり他所よそに、それは粘土をねるようにゆっくりと人の形を模倣もほうし、自分達を運んだ殻を丁度いいサイズに分解し、籠手こてのように両腕に装着する。

 そう、自分〝達〟だ。

 詩織の視界に入る幾つかの建物の屋上だけでも十数体。

 すべての殻に潜んでいたわけではないようだが、彼女を絶望させるには十分すぎる数だった。


「ゃ、嫌っ!」


 もはや戦意は完全に失っていたが、本能的に己の腰へと視線を落とす。

 頼みの綱の武器のストックは、不幸中の幸いか衝撃に耐えて残っていた。

 しかし、それも一つ限り。

 見えない範囲を含めて数十の敵を倒すのは不可能。

 人型のアルカンシエルが単眼を頭部に出現させ、ぎょろりと周囲を見回す。

 迷っている暇はない。

 詩織は武器を取ろうとして、今度こそ絶望する。


「腕が……」


 先ほどの衝撃でやられた腕が、思い通りに動かない。

 まるで水を吸ったスポンジが肩から垂れ下がっているような、その程度の感覚しかなかった。

 敵の単眼が、次々に詩織へと注がれる。

 一つ一つが意思を持った生き物というよりも、それらすべてが一つにつながり、情報を共有しているような獲物の定め方だった。


 ――ああ、私ここで死ぬ。


 意外にも、それを自覚した瞬間に何故か震えが収まった。

 アルカンシエル達が一斉に地面を蹴る。


 ……確か、魔法少女で最後の犠牲者が出たのは一年と八か月前だったっけ。


 優等生が一転、独断行動の末に不名誉な記録を更新なんて笑えない。

 人型が両手と同化した巨大な殻の鈍器を振り被る。

 やられるなら、出来るだけ痛くない方がいいと、頭を差し出すようにうつむく。

 これで最初の一撃は――、


「詩織ちゃん!」


 叫びは半ば、複数の金属音に掻き消された。

 聞き慣れた声に、ハッと顔を上げる。

 そこには二つのクレールを交差させ、敵をはら燐花りんかの姿があった。



 ◆◆◆



「見つけた。早く、安全な所へ!」


 屋上に出たなぎさは初めて見る大量の小型アルカンシエルに一瞬怯んだが、すぐさま詩織の元へ駆け寄った。


「燐花、出来るだけ時間を稼いで」

「うん、詩織ちゃんをお願い!」


 これは、酷いな。

 詩織の状態と周囲の状況に、おおよそ何が起こったのかを理解する。

 しかし、今は彼女を責めている暇はない。

 敵の数は膨大で、燐花も猛攻から二人を守るので精一杯だ。

 早く詩織を安全な所に移し、戦いやすい状況を作らなければ。


「私、あのっ」

「後悔は後で聞いてあげる。今はここから離脱することを考えて。立てる?」


 首を振る詩織。


「背中につかまれる?」

「腕が」

「なら、抱えて走るから。文句ないよね?」

「はっ、はい!」

「よし。私が良いって言うまで目を閉じてて。絶対!」


 予想外の指示に、きょとんとする詩織。

 この状況を変身せずに乗り切るのは不可能だが、自分の正体を知られるのも避けたい。


「早く! 私の戦闘スタイルは少し特殊なの。光で目が潰れるかもしれない」

「はっ、え?」


 答えを聞くより早く、詩織をお姫様抱っこの要領で抱え上げる。

 咄嗟とっさの嘘にしては上出来だと、ほんの一秒だけ心の中で自画自賛する。


「出来る限り、変身も維持して。その姿でも、生身よりマシだから」


 そして彼女が目を閉じたのを確認してから、予め拝借していた予備の銀糸を身に纏う。

 訓練で力を使いすぎたか、生成できた武器のストックは二本。

 衣装のアシストを得たことで詩織を片手で抱き直し、空いた右手にハンマーを生成する。


「やり辛いし……」


 ひとまず、屋上の出入口まで戻れれば急場はしのげるだろうか。

 扉までの距離は五十メートルとないが、詩織に衝撃が及ばないように守りながら敵の包囲網を突破しなければならない。


「難易度高いなぁ、もう」

『詩織は見つかったんでしょうね?』

「無事回収。今から逃げるとこ。こんな大量の小型見た事無いんだけど」

『イレギュラーな事態よ』


 ハンマーで迫りくる敵を蹴散らし、時に攻撃をかわしながら「いつもの事でしょ」と愚痴る。

 面倒なことに、敵が両腕に武器兼盾としてまとった灰色の殻が予想以上に固い。

 訓練用の不活性銀糸を殴っているような手応え。

 事実、貫通させるつもりで放った一撃は敵本体に届かず、よくて殻にひびを入れる程度だ。

 衝撃で吹き飛ばすことは可能なので逃げるのには困らないが、嫌な感じだ。


「これ全部殲滅せんめつするとなると、かなり骨が折れそう」


 この前の目玉人形が可愛く思える耐久度だ。

 まるで前回の失敗を生かして強化してきたようにすら思えた。


「お姉ちゃん、危ない!」


 背後に迫っていた敵を、燐花が素早く間合いを詰めて両断する。

 スピードと小回りで敵を圧倒する彼女にとって、分厚い殻は無いのと同じ。

 むしろ殻の分だけ敵の動きが鈍いのでやりやすそうだ。


「ありがとう」


 敵はまるで此方の目的を見透かしているように、進路を塞ぐように立ちはだかる。

 手数も次第に増え始め、遂に足が止まり、そして一歩押し返された。

 出入口まではあと十メートル弱。強行突破には少し厳しい距離と敵の量だ。

 屋上から飛び降りて別のルートを探す手もあるが、下が安全とも限らない。

 こいつらは何の躊躇もなく追ってくるだろうし、他の仲間が待ち構えている可能性が高い。


「万事休す、ってやつかな?」


 敵の攻撃をさばきながら、胸に抱いた詩織を見下ろす。

 すると、薄らと目をあけている彼女と目があった。


「目をつぶってて、って言ったのに」


 ――まぁ、守るわけないか。


 燐花に続いて、詩織にまで恥ずかしい姿を見られてしまった。

 察しのいい彼女の事、恐らくこの服装の意味を理解している筈だ。


「怒られるかな。不可抗力だけど」


 どちらにせよ、この状況を打破しなければ麻耶に怒られることも出来なくなる。

 そしてある意味で肩の荷が一つ降りた。今からはもう少し本気でやれる。


「燐花、ちょっといい?」

「ッ、何っ、ちょっと忙しいかも!?」

「出口を作る。上手く避けてね」


 返事は待たなかった。

 燐花なら声をかける必要すらないだろうと確信していたからだ。

 最大の力を籠め、手にした武器を床に向かって叩きつける。

 全身を震わせる爆音。

 ハンマーを中心として十メートルの範囲が瞬く間に崩落を始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る