第23話 予測不能の事態
渚が詩織の目的に気付くおよそ三分前――。
「絶好のポイント。これなら、やれる」
蒼のスーツに身を包んだ
距離、およそ一キロ半。
十分過ぎるほど有効射程範囲内で、おまけに敵は出現位置からまだ動く気配はない。
二つを結ぶ直線の間に遮蔽物はなし。
詩織は腰のポーチに手を触れて武器を生成しながら腰を落とし、狙撃の態勢に入る。
射撃体勢は人其々だが、詩織が得意とするのは片膝立ちによるアップローチだ。
「あの大きさだと、貫通させるだけじゃ効果は薄い、
誰に問うでもない呟きは不安の表れだろうか。
すぅ――っと、息を吸い込んで銃に力を込める。
すると銃口の先端部分の形状が変化し、三十の
レーザー掃射モード。
一撃で瞬間的な大ダメージを与える通常射撃モードと違い、トリガーを引いている間は絶えずエネルギーを放出し続け、レーザーカッターのように敵を切り刻むことが出来る。
「
これが成功すれば、たとえ命令違反でも晴れてアルカンシエルの討伐実績がつく。
避難指示を出した大人たちも、その判断が間違いだったと気付く筈。
「私が、一番なんだから」
ようやく巡って来たチャンス。絶対に失敗は許されない。
照準を敵に合わせ、普段の練習よりもさらに念を入れて風の動きを見極める。
訓練では大型の台風に匹敵する悪条件設定の中、およそ五キロ先にあると設定された米粒程度の目標を打ち抜いた事もある。
それに比べれば何のことは無い、目を
覚悟を決めてから、銃口を絞るまでは早かった。
引き金を絞る瞬間は、ほぼ無心。
静かに、そして鮮やかな青白いレーザー閃光が空を走り、巨大な塊に直撃する。
着弾から三秒間は、相手に反応らしい反応はなかった。
しかし、詩織が敵を切り刻むべく銃口の先をミリ単位で動かした瞬間。
敵の腕にも見える部分が膨れ上がったかと思うと、そのまま地面を叩いて真上に数十メートル跳ねた。
本来なら、攻撃に対応する為の行動だったのかもしれない。
だが、ワープの捻じれで分断されたパーツの一部しかないそれは、本当にその場で跳ねただけで同じ場所へと落下する。
「
意味のない行動だったが、しかし大きさが大きさなので衝撃は施設全体を、そして詩織が土台とする十七号棟の床も大きく揺らした。
大人でも立っていられないほどの
しかし、彼女は数ミリ足の位置を調節しただけで決してレーザーを敵から外さなかった。
すべての揺れを足の重心移動だけで凌ぎ、今度こそ敵の巨体を縦横無尽にレーザーで切り刻む。
「……少し浅い」
一丁目の銃がエネルギー切れで解けた後、詩織は視線を怪物から外さず、次の銃を生成しながら先制攻撃の成果を見極める。
敵の白い巨体にはミミズがのたうった様な赤黒い傷が刻まれていたが、傷口はせいぜい深さ十五メートルで怪物の半分にも届いていない。
誤差を修正すべく銃を構え直すと、銃身が先ほどよりも五センチ近く広がった。
調整完了と同時に引き金を絞る。
先ほどの三倍の太さの光線が敵を貫いた。
純粋なダメージは三倍以上だが、当然、先ほどよりも燃費は悪い。
――でも、これなら確実に。
読み通り、今度こそレーザーは僅か五秒の一転掃射で敵の体を貫通。
腕を振り回すことしかできないアルカンシエルは
この光景を見るものが居れば、明らかにこれは詩織のボーナスゲームだと感じただろう。
だが、当の詩織は焦っていた。
二丁目の耐久が尽き、三丁目をリロードする。
そこで初めて彼女は視線を怪物から外して腰の残り弾数を確認。
「残り三つ。……お願い」
ダメージは着実に与えている。
しかし、とどめを刺すよりも先に此方がガス欠を起こしそうだった。
レーザーカッターのような使い方は応用であって、本来の使い方ではない。
そして何より大きな失敗が一つ。
「やっぱり、正規品じゃないと……」
詩織は自分の足取りを気取られぬよう、訓練用の銀糸を持ち出していた。
正規品は施設のいたる所に備え付けられているが、それを拝借しようものならすぐに本部へ情報が行く。
それを嫌っての行動だったが、当然訓練用は伝達率が悪く最大出力も低い。
――行動はバレるけど、今からでも正規品を取りに行くべき?
その葛藤のせいで、敵の変化を見逃した。
アルカンシエルの体が撓み、瞬時に表面から色彩が消失する。
まるでカビの生えた餅のように灰色にひび割れたそれは、僅か二秒の間を置いて
――何の前触れもなく爆ぜた。
衝撃波が起こるほどの破裂音と共に、厚さ数メートルもある割れた外皮が全方位へと飛散する。
中でも狙いすましたように飛散が集中したのが、攻撃を仕掛けた詩織の居る方角だった。
「くっ……」
すさまじい勢いで飛来する、無数の巨大な殻。
一つ一つの大きさは小型車ほどもあり、直撃すれば無事では済まない。
詩織は動揺しつつも、行動は迅速かつ適切だった。
即座に銃をやや上向きに構え直し、銃の形状を変化させる。
縦長の狙撃銃の銃口が四方にざっくりと開花しながら口を大きく広げ、銃本体も収縮、拡声器に似た姿に変わる。
変化までは一秒に満たなかったが、敵の散弾は百メートルに満たない所にまで迫っていた。
祈るようにトリガーを絞る詩織。
銃口に光が収縮、振動波のような『面』の光が複数の層を形成して打ち出される。
ギッ、ギギギィン。
打ち出したレーザーが敵の殻と衝突。
金属同士がぶつかり合うような不快な高音と共に衝撃波が発生し、詩織は踏み留まれず後方へと吹き飛ぶ。
殻の幾つかはレーザーの網を次々と破り、彼女に肉薄。
その距離、僅か二メートル弱。
詩織は転がりながらも次の銃を生成、狙いを定めると同時に射出。
「きゃッ……」
そして再び、互いの衝突する衝撃波で吹き飛ばされた。
超至近距離での衝撃に、手にしていた武器はおろか、戦闘服の上半身部分の殆どが消失。
下に着ていたインナーがもろに露出する。
接近タイプとは違い、遠距離特化の詩織は武器にステータスの殆どを割り振っている。
燐花ならば凌げただろうが、詩織にとっては十分すぎるダメージ。
だが、凌ぎ切った。
激しい両腕の痺れに襲われながらも、辛うじて体を起こす。
「ひっ……」
眼前の光景に思わず悲鳴が零れる。
斜め右方向、一メートルにも満たない地点に巨大な灰色の塊が突き刺さっていた。
助かった、と認識した瞬間、ガタガタと全身が震え始める。
震えの原因は安堵だけではない。
自分の失態に心が潰されそうになったからだ。
「ちがっ、私のせいじゃない。あんなの習ってない!」
あの規模の巨大なアルカンシエルが自爆を選ぶというのは例のないことだった。
ただ、例がないだけで可能性が無かったわけではない。
だからこそ、レーザーカッターという燃費の悪い方法を取ったというのに。
結果は、予想を大きく裏切った。
そして、無数に突き刺さった灰色の嵐による爪痕が全てだった。
山の中腹を占領していた巨体はクレーターを残してきれいさっぱり吹き飛んでいる。
「でっ……でもっ、倒した。私が、倒し――」
『キィ……』
その言葉を否定するように、灰色の殻の一つが不自然に動いた。
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