第22話 独断専行
「通路には一定間隔で、銀糸のトランクが用意されてるの」
そう言いながら、目印を探す燐花。
それから間もなく、通路の壁面に溶け込むように設置された押しボタン式のハッチを見つけ、全身を使って力いっぱい押し込んだ。
電気供給が切れた事も考慮しているのだろう。
バチン、と金具が外れる大きな音が通路に響き、厚さ十センチ、高さ一メートル、幅四十センチ弱の扉が開く。
中を覗き込むと、銀色のトランクケースが奥に向かって縦に三つ収められていた。
「今更だけど、勝手に出していいの?」
「緊急時だから……多分、大丈夫」
頼りない声色とは裏腹に燐花は一気にケースを引き出し、迷いなくトランクのハッチを解放、変身を完了させる。
「さっ、お姉ちゃん!」
地面にしゃがみ、おんぶの姿勢を作る燐花。
その小さな背中におぶさるのは抵抗があったが、迷っている暇はないと覚悟を決めて彼女の背中に体を預け、出来る限り背中を丸めて小さくなる。
「しっかりつかまっててね」
まずは静かに二歩、そこから一気に加速する。
覚悟していたよりも大きな圧力に腕が振り解かれそうになり、慌ててきつくしがみ付き直す。
『ちょっと、二人とも何してるの!』
燐花の変身を感知した
「丁度よかった。普通に連絡しても出ないからさ」
『何が丁度良かった、よ。私の話を聞いてたの!?』
「戦うつもりはないから安心して。燐花の同級生の
通信越しの僅かな沈黙。
麻耶の方でもようやく状況を把握したらしく、重く詰まった息遣いが聞こえてきた。
「無事ならそれに越したことは無いけど、最後に反応があった付近、五号シェルターに向かうから」
『……わかった。でも、それ以外の事は絶対にしないで』
「わかってる。約束は守るって」
『燐花もよ』
「うん。絶対」
かかって来た時と同様、唐突に通信が切れた。
流石は燐花というべきか、それから三分と待たず目的地に到着。
五号シェルターに入って呼びかけるが、やはり居ない。
周囲に彼女を見たか尋ねても、満足する答えは得られなかった。
「同じ訓練所に居た奴も見てない……」
「仕方ないよ。十七号棟の訓練所は一人一人の能力に応じて練習の部屋が違うの」
「なら訓練所まで行こう。流石に監視カメラのログは残ってる筈。案内してくれる?」
「う、うん。でも麻耶局長が外に出ちゃダメだって」
「建物の中だから外じゃないよ。浜野さんが心配。急ごう」
自分に都合のいい屁理屈を口にして、再び彼女の背に乗って訓練所へ。
今度は二十秒足らずで訓練所への階段に到着。しかし既に隔壁が閉じた後だった。
隔壁が閉じているという事は、この建物にはもう人は居ないという事だ。
すぐさま端末で麻耶を呼び出し、隔壁を上げるよう要求する。
よほど本部は混乱しているのだろう。
大声で呼びかける事、三回目。
『勝手なことしないで。……でも今回だけ、貴方に権限を付与するわ。詩織を見つけ次第すぐに離脱して頂戴。いいわね』
――と一言怒鳴られ、再び回線が切れた。
代わりに、端末の表記が一部切り替わる。
端末を隔壁の制御パネルに近づけると、扉はあっさりと上に向かって半分だけ持ち上がった。
『この扉は三十秒で再閉鎖されます。ご注意ください』
警告を背中で聞きながら階段を駆け上がり施設の中へ。
「詩織ちゃんが練習してたのは……こっち!」
燐花の指示に従って、非常灯の灯りだけの薄暗い施設を走る。
一般の建物より頑丈な筈だが、時折衝撃のような音と揺れが響く。
音から判断すると、そう近い位置での衝突ではないが、
「……もう始まってる」
「お姉ちゃん、ここ!」
分厚い扉を三つ潜った先に、詩織が普段使っているという射撃演習室はあった。
他の施設に比べて、明らかに横方向に長い。演習場というよりも射撃場だ。
射撃ポイントは入ってすぐの南側に幾つか設けられており、北の方角に的が出現する仕組みらしい。
部屋の最奥までの距離は、ざっと見積もって二百メートルほどだろうか。
射撃位置は其々、平地や段差ありの構造物など様々なシチュエーションを想定した足場が組まれている。
「詩織ちゃん、何処に居るの!?」
指示するまでもなく、燐花が射撃ポイントを確認。しかし、詩織の姿はない。
「ダメ、居ない。どこ行っちゃったの?」
渚はその間、端末で十七号棟に設置された防犯カメラの映像を浚っていた。
彼女が映っているであろうカメラを絞り込み、二倍速で映像を辿りながら姿を探す。
「居た。やっぱり、ここからは出てる」
怪物が出現したあの時間。彼女は間違いなくこの部屋で訓練を行い、警報を聞いて部屋から出ていた。
ならば、その後にどこに消えてしまったのか。
別のカメラの映像を呼び出す。今度は訓練所の廊下の映像だ。
そこにも彼女の
だが、次に通過するはずのポイントに、いつまで経っても彼女は現れなかった。
いくら緊急時とはいえ、彼女がパニックで道に迷うとは考え辛い。
一体、どこに消えてしまったのか。
――何か、引っかかる。
映像を巻き戻してもう一度確認するが、違和感の正体が掴めない。
カメラの映像を再び訓練所内部へと戻し、画像を出来る限り拡大する。
詩織の纏う戦闘服は燐花のものとは対照的に、遠距離狙撃に特化した装飾の少ない蒼色。
腰の左右には二本ずつ計四本の携帯ホルダーに似た出っ張りがあり、それが武器のストックだと分かった。
銀糸を孕んだ長い髪は紺色に輝き、後頭部で束ねられてアップに固定されている。
武器は青と白で構成された、近未来的な流線型が美しい長距離銃。
実戦向きに装飾を極限までそぎ落とした、お手本のような出で立ちだった。
「燐花、一つ聞いていい?」
「なに?」
「練習服の解除に何秒かかる?」
「五秒もあれば十分だと思うけど。どうしてそんなこと聞くの?」
「悪いけど、もう一つ。一度解除した衣装を再構成する事は出来る?」
「出来るよ。時間は普通の変身よりも少しかかると思うけど」
疑念が確信へと変わる。
引っかかっていたのは、監視カメラの
彼女が訓練所を出てから、次の映像に登場するまでの時間はおよそ六分。
通路の長さ、戦闘服の着脱を考慮しても長すぎる。
目を凝らし、通路を歩く彼女の映像に神経を集中する。
制服の背中が、少し膨らんでいるように見えた。
「詩織の行き先が分かった」
「本当!?」
「屋上。……一人でアルカンシエルを倒すつもりね」
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