第21話 災禍の種
『転移の直前、空間の捻じれと共に転移位置が四か所に分裂しました。内、一体は施設の南西一キロの地点です』
「何もない山の中にお出ましなんて、心入れ替えてピクニックでもするつもり?」
切羽詰まった表情の
――居た。
居たというよりも、そこに落ちていた、というべきか。
そこにあったのは見慣れた形状のそれではなく、まるでパズルのピースの断片のような、巨大な足と捻じれた胴体のような何かだった。
「お姉ちゃん、あれって?」
「巨大な一体が、転送中の時空の歪みで四つにねじ切られた……んだと思う」
普通のアルカンシエルならば転移した瞬間から周囲の破壊活動を開始するが、視界に映るそれはもがき苦しむように
『一体は東京湾数キロの地点に水没、旧墨田区は初期予測座標こそ三キロずれましたが誤差範囲です。問題は大田区。居住密集区画から五百メートルと離れていません』
「かなりピンチだけど、そんな報告が淡々と出来るんだから、いい報告もあるんでしょうね?」
『はい。大田区には
「自衛隊に連絡して、減衰弾は全弾、大田区の奴にぶち込んでもらって。一番近いのは彼女達に任せるけど、保険であと一組は回して」
『パトロール中の二組を向かわせます。一番近い組が四キロ』
「気に食わないけど、民間の奴らが出張ってくるのを期待するしかないかしら」
『特防の本部はどうします? 旧墨田区の方に戦力を集中させていますし。防衛設備で凌ぎますか?』
ほんの一瞬、沈黙する麻耶。
そこにすかさず渚達が名乗りを上げる。
「麻耶さん、私たちなら行ける」
「うん。訓練の後だけど、戦えるよ!」
何を迷う必要があるだろう。彼女の言っていた絶好の機会がやってきたのだ。
答えは当然――、
「ダメよ。貴方たちは地下シェルターに避難。ほかのメンバーをピックアップするから」
「何で、どうして!?」
「幾らなんでも早すぎる。今はその時じゃない」
「さっきと言ってる事が違う!」
麻耶が止める理由が分からず、渚は声を荒げる。
ここで成果を出しさえすれば。
「敵は絶対弱ってる。私達で――」
「ダメよ。誰かに見られる可能性だってある」
「こんなところで出くわすのなんて職員しかいない」
「その職員に見られるのが不味いって言ってるのよ!」
『局長、指示を』
「……ごめん、今取り込み中。メンバーはそっちに一任するから。宜しく」
「麻耶さんッ!」
麻耶は乱暴に通信を切った後、おもむろに渚の胸倉を掴んで顔を寄せる。
「今あなたの素性が内外共に知られると困る。だから出撃はさせられない。理由は以上よ!」
「納得できるわけない。散々、正体をばらすみたいな脅し方したくせに」
「ハッタリに決まってるでしょ。貴方は全世界的に人類を救って死んだ英雄ってことになってる。それが実は嘘でした、なんて世間に知れたらどうなるかしら。私達は今の地位を維持するために大嘘をついた集団だって一斉に叩き出すでしょうね」
「けど、敵は目と鼻の先に!」
「指示に従いなさい。全戦力が出払ってる訳じゃない。これは命令よ。燐花もいいわね?」
これ以上の問答をしている余裕はないと、踵を返す麻耶。
「ああもうっ! 燐花、行こう」
渚と麻耶を交互に見つめる燐花の手を手繰り、地下シェルターに続く地下への階段に向かって走り出す。
「……お姉ちゃん」
呼びかけに振り返らずに廊下を二つ曲がり、非常灯が赤く点滅する地下への階段を駆け下りる。
どれだけ麻耶から離れても、苛立ちは収まりそうもなかった。
彼女の言った事に納得できないわけではないが、理屈では抑えられない感情が溢れて止まらなかった。
施設の地下には網の目のように避難経路が設けられ、シェルターは大小含めて七か所存在する。
通路の中継地点には隔壁と外の様子が確認出来る小型モニターが複数設置され、逐次状況を確認できるようになっていた。
その他、シェルター及び通路内は手持ちの端末が自動的に独自回線に接続され、文字情報でも外の状況を知ることも可能だ。
しかしその代わりに地下では地上と回線が混線しないよう、専用回線以外の全ての電波がカットされる。
『避難指示に従って、速やかに最寄りのシェルターに避難してください』
シェルターは地下四十メートルに位置し、一つにつき五百人を収容できる広さと三日分の物資、水、毛布に椅子が用意されている。緊急時は街の人々も収容する為だ。
渚達の向かった二号シェルターは既に三百人近い生徒や職員が集まり、静かに外の情報収集に努めていた。
渚達は空いている席を見つけて座り、端末を取り出して外の状況を確認する。
まずは怪物の迎撃状況。施設の防衛に動いているのは現在二名。
共に研修課程を終えたばかりの中等部二年で、実践二度目の男性と女性のコンビだ。
実績は悪くないが、あのサイズを相手に初心者二人は心もとない。
他の人員の状況を確認すると、主力となる魔法師と魔法少女はほぼ全員が旧墨田区の方面へと駆り出されていた。被害規模を考えての采配だろう。
「みんなは、大丈夫かな?」
「大丈夫。敵の出現位置も少し離れてるし、まだあの場所から動いてない。余裕で避難できる」
「出撃する、とか?」
「初等部の出撃は絶対にないよ。そんな無茶するぐらいなら、最初から私達がやってた」
燐花の不安を更に和らげるべく、念押しで彼女の同級生の位置情報を検索する。
学年を入力すると直ちに燐花を含めた六人の名前が画面にポップアップし、其々の位置情報が表示された。
当然、燐花の位置表示は二号シェルター。
「安心して。他の子も他のシェルターに向かって地下通路を移動中……ん?」
六人の中で一つだけ『座標不明』の表記が一つ。
対応する名前は『
あの絵にかいたような優等生なら誰より早く避難を完了していて不思議ではない。
何か避難し辛い場所にいたのだろうかと考え、しかし即座に否定する。
特防内の建物には最低でも二か所の避難経路が用意されているので、逃げ遅れるにしても限度がある。
「渚お姉ちゃん、もっと詳しく調べられないの?」
端末を覗き込む燐花が心配そうに渚の服の裾を握る。
「今やってる。でも、権限があるかどうか」
半ばダメだろうと思いながら操作すると、予想外に彼女の今日の足取りが目録として表示された。
これも緊急時の情報開示措置だろうか。
「本館で座学の後、食堂、訓練で十七号棟の訓練室へ移動して……それからのデータが無い。燐花、そこって逃げ辛い場所だったりする?」
「ううん。敵が出てきた所と逆だし、避難所もしっかりあるもん」
「位置情報を反映する端末が壊れただけならいいんだけど」
できればそうであってほしい。
「燐花、そこから非難するとしたら、何号シェルター?」
「えっと、えーっと……どこだっけ」
「落ち着いて。ゆっくり思い出して」
彼女をなだめながら、端末の地図を開いて自力で避難先を割り出す。
「五号シェルター!」
「オッケー。五号ね」
すぐさまシェルターの収容状況を調べる。
五号シェルターは収容可能人数二百人。そして現在の収容状況は五十七人。
避難者のリストを呼び出し、必死に名前を探すが見当たらない。
端末が壊れていた場合は避難していてもデータに反映されないが、収容数はカウント方法が別なのでリストの人数と食い違う筈。
しかし、数は三度確認しても正常だった。
「一体、どこに?」
焦りと嫌な予感ばかりが募る。
「麻耶さんに連絡する」
専用回線でコールするもワンコールで自動的に切断されてしまった。
「ダメ。繋がらない」
「お姉ちゃん」
今から移動するか――と考えるが、下手に動けば不要な混乱を生むだろう。
しかし、詩織にもしもの事があったら。助けを求めていたとしたら。
「地下から出なきゃ、いいよね……。燐花、私は今から五号シェルターまで確認しに行く」
「行くって、ここから結構遠いよ!?」
その通り、シェルターは敵の襲撃に備えて広域に散らされている。
幾ら避難経路が網の目のように張り巡らされているとはいえ、全力で走っても二十分は掛かる距離だ。
それも全隔壁が上がっている場合で、場所によっては隔壁が下りて更に時間が掛かる可能性もある。
「私も行く!」
「燐花はここにいて。私だけでいい」
「嫌。だって、お姉ちゃんと私はパートナーでしょ?」
「今はそういう場合じゃ――」
「詩織ちゃんが無事か確かめたいの。それに、私が魔法を使って運べばすぐだよ」
「肝心の銀糸が無いでしょ?」
「あるよ。緊急用の!」
そこまで言い切られて、断る事は出来なかった。
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