第18話 久々の訓練 その3

「ちょっとだけしか傷つかなかった」


 これが燐火りんかの全力だとするなら、まず彼女の武器保有上限は六つ。

 マトに対して傷を付ける事は出来ているので、攻撃力は申し分ない。

 スピードは言わずもがなだ。

 正に理想的なバランス――と言いたい所だが。


「六つ。……あの強度を考えると、微妙か」


 問題は武器のもろさ。怪物との戦闘の際、燐花の武器はかなりのペースで折れた。

 武器の規模と大きさを考えれば仕方ない話だが、その分多くのストックを用意しているものだと思い込んでいた。


「お姉ちゃん、どうだった?」

「よかったよ。最初にしては凄く。いい意味で予想外」

「やった!」


 連続で相手に出来るのは、精々中型二体。大型は一体すら満足に削れないかもしれない。

 もっとも、大型は出現頻度が減っている。心配するだけ無駄だろうか。

 現状で出現するのは大きくても中型。そして先日見た中型から分離する小型。

 一般的な定規で計るのならば、彼女の能力は十分過ぎるのだが。


 ――引っかかるんだよね。


 わざわざ麻耶まやなぎさを呼び戻した理由。

 それは果たして、この新兵器の安定運用だけが目的なのだろうか。


「それじゃ、次は私の番」

「頑張って!」


 それも腕輪の力を見極める事で、おのずと明らかになるだろう。

 本当に普通の魔法師・魔法少女と同じレベルの力を行使できるというのなら、その時は長い戦いの歴史の転機となるかもしれない。

 ハンマーをしっかりと握り、精神を集中する。

 かつて、夢子ゆめこと呼ばれていた頃の武器ストックは五つ。


「はぁッ!」


 動きも、力の入れ方も、全て体が覚えている。

 五年という歳月が過ぎても錆つく事の無い、滑らかな足捌きからの最高加速、打点。

 腹に響く重低音が室内に木霊こだまする。

 少しでも集中力を欠いていれば、あるいは余裕があれば。

 燐花が尊敬とは別の純粋な感嘆の吐息を漏らしたのを感じ取れただろう。

 確かな手ごたえと共に打撃個所が微かに凹む。


 ――浅い。


 直ぐに武器を手放す。燐花の武器と違って渚のハンマーは耐久性能に優れている。

 ハンマーはマトとの接地箇所が数センチ分欠けた程度。無理をすればもう一度振れただろうが、今は威力と耐久度を確認できただけで十分。


 ――次。


 星形のボタンに触れると、力が通う確かな感触があった。


「……いける」


 続いて、軽いステップを踏みながら生成完了のタイミングを計り、上段打ち下ろしを繰り出す。

 先ほどよりも強く勢いの乗った攻撃に、ズンッ、と体の芯が震える。


 ――次!


 新たなハンマーを生成し、左から右への腰を使った捻り打ち込み。


 ――次!


「……っと」


 ここで完全に手ごたえが消えた為、動きを止める。


「三つ……微妙ね」


 体感で全盛期の半分。勘を取り戻せばもう少し使えるようになるだろうが、ここから武器の形状を変化させるとなると、さらに能力が落ちる。

 武器の形状変化は当面見送った方がいいかもしれない。


「いいなぁ、私もハンマーがいい」

「燐花にはその形が一番合ってる。ハンマー型だと折角の機動力が落ちるから」

「でも、ほかのみんなと比べると地味なんだよね」

「周りと比べる必要なんてない。自分の才能を磨くことが大事なんだよ」


 と、今から己の才能を捻じ曲げようとしている人間が言えた義理ではないが。


「それじゃ、ここからは普段の練習内容を聞きながら、少し組み手でもしてみようか」

「本当に!? わわっ、頑張ります!」

「……お手柔らかに。正直、本気でやると怪我しそうだし」


 ぶんぶんと首を縦に振る燐花。本当に分かっているのだろうかと不安になる。

 仮にも武器はすべて使い切らせたので、そう悪い結果にはならないだろう――。

 渚と燐火は十五メートルの距離を置いて向かい合った。



   ◆◆◆



「ごめんね、お姉ちゃん。そんなに強くするつもりなかったんだけど」


 この言葉、つい先日も聞いたっけ。


「大丈夫。完全に私が悪かった」


 まさか初日から医務室で世話になることになろうとは。

 燐花が必要以上に力が入っていた事も一因ではあるが、それよりも渚が彼女の動きについて行けなかったことに加えて、想定以上に衣装の耐久度が低く銀糸を解除した瞬間にぶっ倒れてしまったのだ。


「このままじゃ、ダメだなぁ」


 攻撃を受けても衣装がえぐれることはなかったが、その分生身にダメージが通るのでは本末転倒。

 いきなりの組手ではなく、恥を忍んで、従来通りの方法で今の限界値を図るべきだった。

 後悔の代償は、体中の青痣として渚を苛んでいる。

 そこに意地悪な麻耶の笑みがおまけされていた。泣きっ面にハチとはこのことか。


「派手にやられたわね? ふふんっ、チョコ食べる?」

「遠慮します。あと『予想通り』、みたいな薄ら笑いはやめて」

「予想通り、だから止めない。まったく何のために人のいない練習場を使わせたと思ってるの?」


 麻耶は小粒のチョコレートを口に放り込みながら、にっと笑った。


「それは――」

「いいから、いいから。別に本気で責めてるわけじゃない。ただし、この程度で明日は休みますとかは無し。大丈夫よね?」

「気合で何とか」

「よろしい。燐花も気にせず、一生懸命練習に励んでね。はい、これチョコレート。残り全部あげるわね」

「ありがとうっ!」


 麻耶は言いたい事だけ言って、ひらひらと手を振りながら医務室を後にする。

 僅か二分に満たないお見舞い。


「……冷やかしか」


 渚は悪態をついたが、図星を突く檄に気持ちが少し軽くなった。

 三年という期間は渚自身が思っていたよりも様々なものを錆びつかせ、欠落させている。


「これで明日にでも出撃とか言われたら、死ぬ」

「お姉ちゃん?」

「なんでもない。ちょっと明日の訓練メニュー考えてただけだから」


 技量が上がったのは他人を煙に巻く技術ぐらいか。

 辛うじて起き上れるようになるまでには、それから二時間ほど必要とした。


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