第17話 久々の訓練 その2
武器を再度ボタンへと戻し、
「よーい、どんっ!」
かわいらしい掛け声と共にスタート。
走り出しはまずまずだが、燐花に比べるとやはり遅い。
全盛期の頃でも純粋な走りでは勝てなかっただろうが、ベストに近い状態でなければ彼女と協力して敵を倒すなど不可能だ。
力を振り絞っての全力疾走。果たして結果は――、
「えっと、四分九秒」
「全然、駄目だな」
たった三周で息も絶え絶えな挙句、燐花とは倍以上の時間差。
過去の栄光など微塵も感じない無様な結果が横たわっていた。
全盛期ならば後一分は縮められた筈。
その状態に戻すには、まずは基礎体力を磨き直さないと。
「失望させた?」
「私は全然。仕方ないよ。少し休憩する?」
「いや、大丈夫。時間も勿体ない」
年下に気を使われるのは複雑な気分だ。
なんにせよ、このままでは腕輪の効果範囲から一瞬から外れてしまう。
燐火が渚との距離を気にして立ち回ろうとすれば、長所である機動性を完全に殺す結果になる。それだけは、絶対に避けないといけない。
「次は武器の扱い方。よければ、実演と武器の特製の説明をして貰えるかな」
「うん。私の武器は、ナイフ形のクレール。服のリボンがストックなの」
燐花はそう言って、両手で其々別のリボンにタッチする。
するとリボンは発光と共に解け、ナイフへと姿を変えた。
クレール、という呼び方は彼女がイメージを固定する為の愛称なのだろう。
衣裳も武器もイメージが重要なのだが、感覚としてそれが出来ない適性者も少なからずいる。そのイメージ不足を補う方法の一つとして、武器に愛称を設定して呼ぶ事で生成のきっかけを作るのだ。
「武器の射程は、このナイフの部分だけ。でも、武器を振ると――」
燐花は広く場所を確保し、素早くナイフを平行に振り抜いた。
風を切り裂く心地よい音と共に、鮮やかなナイフの軌跡が空間を滑る。
「ん……?」
しかし、その軌跡が妙な事に渚は気付いた。
燐花は一呼吸置いた後、立て続けに二度、ナイフを振り抜く。
小気味いい風切音が二つ。
今度こそはっきりと違和感の正体を突き止める。
「振る瞬間に、射程が伸びてる?」
「うん。振り抜く速さに応じて、刃先が伸びるの。最大で一メートルだったかな」
この前の実戦、刃先に対してアルカンシエルの傷口がやけに大きいと感じたが、そんなカラクリがあったとは。
一メートルとなれば、もはやナイフというより刀に近い。
それを両手で振りまわせるのだから、思っていた以上の殺傷力。
完全な近距離タイプかと思いきや、武器は特殊系の要素を含んでいる。
「どうかな?」
「始めて見るタイプだけど、中々応用が効きそうだね。敵へのダメージが十分なのはこの前の戦いで見せて貰ったし」
褒められた事で、燐花の表情が見る見るうちに
「だからって油断しない事」
「はーい」
少し褒めすぎただろうか。こういう事は初めてなので要領が分からない。
「一応、威力を確かめとこうか。私も含めて」
練習場を使うに当たり、渚には職員と同等の権限が与えられている。
練習場の壁に設置された端末を操作すると、部屋の中心付近にサンドバッグに似た高さ三メートル、胴周り二メートル強のマトが八つ競り上がって来た。
「随分とボロボロになって……」
「これも、初めて見るかも」
「今はどんなのを使ってるの?」
「……ホログラム?」
「先進的。私との練習ではアナログな奴で許して」
燐花を連れて広場の中央へ。
アルカンシエルに比べれば遥かに小さく、その場から動きもしないただの案山子。
だが、近寄ってみると妙な懐かしさと感慨が湧いてきた。
「私を含めて何十人もの魔法少女が、何百発と攻撃を叩き込んで来た先輩だよ。あっ、手は触れないように」
「うん。へぇ、凄いんだねコレ」
「この傷は私がつけた奴かな」
マトの一つの側面、地上から一メートル五十センチの辺りに、ソフトボール大の円系で三ミリ近い深さの凹みがあった。
「まだ同じのが現役なのね。複雑な気分」
「あのハンマーで殴ってこれだけ?」
「そう、全力で殴ってこれ」
燐花はどうにも納得できない表情で首を捻る。
「人形は全部銀糸の合金で出来てる。銀糸関連の攻撃を当てると、力を全部吸収して外に逃がす作りなの」
「銀糸なのに?」
「私達が普段使ってる銀糸は力を最大限引き出せるように調合した合金。それ以外になると、極端に伝達率が下がって逆に吸収してしまうんだって。それを利用したのがこれ」
「そうなんだ……」
「減衰弾も同じような原理だよ。アルカンシエルに直接干渉して力を発散させる」
この説明に、ようやく燐花は納得したと頷いた。
「そう言う訳で、こんなに丈夫なの。傷が付いたりするのは、吸収以上の力が加わった時だけ」
「それじゃやっぱり、傷をつけたお姉ちゃんは凄かったんだ?」
「うーん、一概には言えないかな。銀糸に関係なく強い力が加われば傷も付くし。燐花ちゃんのスピードと武器なら、多分できるよ」
「そうかなぁ?」
「あと忠告。説明した通り、これは銀糸の力を吸収するから、普通は一回か二回攻撃すると触れた武器は分解されて使えなくなる。素手で触ると、服も解除されかねないから絶対に触らないように。遠距離系なら気にしなくて良いんだけど」
「はーい。なんだか、ちょっと面倒臭いね」
「これの問題はそこ。攻撃する度に武器が使えなくなるから、直ぐに練習が中断になって。だから、明日以降は殆ど使わないかな」
「そっかぁ。それで、私はどうすればいいの?」
「手持ちの武器を全部、全力で打ち込んで。方法も七つの内のどれに攻撃するかも自由。同じ標的に全部攻撃しても良いし、別々の人形に連続で打ち込んでくれても構わない」
「わかった。それじゃ、やってみるね」
「何か違和感や疲労感があればストップしてくれていい。無理だけはしないように」
もう少し注意を加えようかと口を開きかけ、しかしその必要はないと悟って口を噤む。
頷いた後の、燐花から滲む気迫が目に見えて変化していた。
怪物と対峙した際に垣間見えた、ずば抜けた集中力。
そしてまたしても、彼女の初動を見逃した。
――ギィン。
動いたと気付いたのは、燐花がマトの一つに攻撃を当てた音を聞いた時。
ようやく姿を捕捉し直した時には既に、燐花は服のリボンに触れて三本目、四本目のクレールを生成するところだった。
それもすぐさま目標に対して右、左の順で
金属を殴るような鈍い音が連続して二つ。
そして更に加速する。
燐花は右斜め後ろへステップを踏みながら、武器を破棄しつつ五・六本目の刃を生成。
二つ隣のマトに対してクレールを突き刺す様に叩き込んだ。
金属の擦れる甲高い音がほぼ同時に二つ。
「……ふぅ」
燐花がそのままの姿勢で息を吐きだした事で、これが最後の一撃だったのだと分かった。
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