第16話 久々の訓練 その1
訓練初日――。
朝は七時に起床。身だしなみを整えて、八時前には
とはいえ、専門知識の授業は厳しい。
特防の職員として働く為に、施設を全て丸暗記するのは当然として、オペレーターとしての技術や発声法の他、非常時の電源やライフラインの確保、避難誘導から各種ハッチの開閉方法等、課題は山積みだ。
クラスの人数は、一般の職員候補という事もあり二十一名と比較的多い。
これでも春先は四十名が在籍していたらしいが、脱落者が一人、また一人と出て今の人数に落ち着いているという。
男女比は男子二に対して女子一の割合。
男子はほぼ体育会系の風貌だが、女性は文科系と半々だ。
季節外れの編入生にクラスは多少ざわついたが、しかし流石は職員候補。
下世話な詮索や疎外感は全く感じず、雰囲気も引き締まっていて心地いい。
作戦は
そもそも、
もう少し上手い逃げ道を考える必要があるだろう。
「
この質問が飛んで来るのも想定済み。
同じ朝宮である事を認めつつ、自分は出来の悪い妹だという立場を貫くと同時に、「出来る限り死んだ姉の話題は辛いから振らないで欲しい」と、迫真の演技で釘を刺しておいた。
なんにせよ、滑り出しは上々。後は上手く馴染むのを待てばいいだろう。
午前の授業が終わった後、昼食の為に食堂へ。
クラスの女子に誘われて親睦を深めるチャンスだったが、今は
駆けて来た燐花と合流する。
「今日から、いよいよだね。どんな訓練かなぁ!」
「あんまり期待しないでね。それと、はしゃぎ過ぎて怪我したりばてたりしないように」
「はーい。ああっ、でも夢みたい」
「人が居る所で、あの名前は絶対に出さないで」
口を滑らせる前に念を押す。
「はーい、気を付けます」
いい返事を返す燐花。
信用していない訳ではないが、相手はまだ十二歳そこそこ。
どこで口を滑らせるか気が気ではない。
問題はそれだけではない。この先、燐花と共闘して戦うのなら衣裳は勿論、武器も何とか改変していかなければならない。
そうでなければ、どうぞ気付いて下さいと言っているようなものだ。
魔法師、魔法少女の持つ武器、纏う衣装は本人の意思と想像力、素質に大きく影響される。麻耶が言ったように、本人が強い意思とイメージを持てば、形状を変える事も可能。
しかし、元が最も自然に全力を引き出せる最高の形状なのだから、下手な改変は自身の才能を自ら縛り、力を発揮出来なくなる。
「ぼちぼち始めますかね」
十二号棟、訓練所。麻耶も最初にしては中々
ここは渚の現役時代、最も訓練に時間を費やした場所だ。
「何にも変わってないな。貸し切り……当然か」
かつては最大八人で同時に訓練を行った施設。
地下二階から地上二階にかけての吹き抜け構造で、広さは縦横百メートル、高さ十五メートルが確保されている。
地面は砂と砂利が敷き固められた起伏の無い平坦な作りだ。
四方の壁と天井は衝撃吸収に優れた特殊仕様で、銀糸を使った攻撃にも耐えられる。
耐えられるが壊れないわけではないので、至る所に修復と補強の跡があった。
「私、ここに来るの初めて。お姉ちゃんはここで練習してたんだよね?」
「そうだよ。今はどこで練習してるの?」
「二十号棟の新しい訓練所。でも、ここよりずっと狭いと思う」
動き易い体操着に着替えを済ませた燐花が、カラコロとキャリーケースを押して来る。
ケースには『練習用』と大きな刻印。ケースの中には出力伝達がわざと落とされた、純度の低い銀糸が収められている。
「最近は、其々の能力に合わせた練習をしてるんでしょ?」
配布されたマニュアルを思い出す。
昔は設備の数の問題で、近接、中距離、遠距離型の全員がここに押し込まれての合同訓練だった。
しかし今は、其々の特性に特化した訓練所が作られているらしい。
彼女が言う二十号棟は恐らく、近接に特化した施設なのだろう。
「こっちの準備もオッケー。始めよう」
渚も腕輪の調整と銀糸の用意を済ませ、訓練所奥の壁、天井付近にある電子時計を睨んだ。
「それじゃ、変身から。まず燐花の実力を見せて」
麻耶から訓練データ一式は貰っているが、実際に見るのとでは印象や理解度が全く違う。
「それじゃ、変身するね?」
燐花がキャリーケースを開くと、中から銀糸が溢れだし、一秒足らずで変身が完了。
昔はもう少し時間が掛かったような気がするが、これも科学の進歩か。
練習用の銀糸なので、衣裳は二日前に見たものよりも
「まずはスピード。燐花、疲れない程度でいいから、ここを五周」
「五周でいいの?」
言うが早いか上半身を倒してクラウチングスタートの体勢を取る。
渚は懐からストップウォッチを取り出し、合図を送る。
「よーい、スタート!」
目を凝らしていたのに、走り出して一秒で軽く視界から振り切られた。
――やっぱり速いなぁ。
施設規模から算出して、五周でおよそ二千メートル。
年齢を度外視した女子の日本記録は六分を切るが、
「……一分二十八秒。凄いね」
「角を曲がるのが大変」
一般的なグラウンドと違い、直角の角を曲がる為にはどうしても減速しなければならない。それでも一周がおよそ十八秒。時速換算で百六十四キロものスピードで走り抜けた事になる。
それでいて本人は殆ど息が上がっていない。
銀糸のアシストがあるとはいえ、驚異的な早さだった。
「私もちょっと走ってみようかな。燐花、計ってくれる?」
「う、うん」
燐花にストップウォッチを渡し、簡単に使い方を手解きした後、流石に生身では話にならないので銀糸を展開する為に集中する。
イメージは腕輪を通して全身に力を行き渡らせる事。
ケースを開くと同時に、銀糸が体を包み込む懐かしい感触を覚えた。
およそ六秒で装着が完了。最初にしては上出来な早さだろう。
「ああこの形状、懐かしい」
現れたのは、ビジネススーツとライダースーツを足して二で割ったような、無個性を極めた真紅の衣装だった。
これは渚が銀糸の適性を得て初めて身に纏った衣装のデザインと酷似している。
変に真新しいイメージで衣装を構築するより、装着した事のあるモノの方がいい。
「確かにこの格好じゃ、英雄には程遠いかな」
後の肉付けは自身の能力とイメージ次第。
見た目の調整は何度か繰り返せば上手く行きそうだ。行かなければ困る。
「昔のままでよかったのに」
燐花が非常に残念そうな表情で呟く。
「流石にそれは不味いって。後は武器」
スーツの前面についた、星形のカフスボタンに手を触れる。
それは輝きと共に銀糸へと解け、渚の手に武器として生成される。
「……こっちは難しいか」
生成されたのは、一昨日と同様の両手持ちハンマー。
遠くない武器として釘打ち機を強くイメージしてみたものの完全に失敗。
「やっぱり、武器はそれが一番いいんだよ」
「今後の課題だね」
己の適正と
正体を隠す為だけに、アルカンシエルへ与えるダメージが減っては本末転倒だ。
長丁場になりそうだが、この件は追々。
今は燐花と自分自身の能力限界を掴む事に集中しなければ。
五年近いブランク。一体、どれだけ体が鈍っているか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます